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Ep.6 ガクタイサイ 


 六限目の終わりを告げる、どこか物寂しいような終鈴が校舎に響き渡る。その音を合図に、まるで堰を切ったように教室は生徒たちのざわめきで満ち始めた。解放感と安堵、そしてこれから始まる放課後の期待が入り混じった喧騒だ。


「さて、委員会ザンギョー頑張ろうか」


 背後から、明るくもどこか含みのある声が飛んできた。振り返ると、飯澤がにやりと笑っている。彼女の独特な表現に、思わず苦笑いが漏れた。


「残業って……」


 言い得て妙とはまさにこのことだろう。重い腰を上げ、立ち上がると、椅子の軋む音が教室の喧騒に紛れた。昼休みに彼女から聞いた話では、学体委員会の最初の活動は、新年度のメンバーが顔を合わせる顔合わせ会だという。一体どんな顔ぶれなのだろうか。少しばかりの不安と、ほんの少しの期待が胸の奥で交錯する。


「ところでさ、学体委員って具体的に何するの?」


 くじ引きという、ある意味安直すぎる流れで決まってしまった学体委員。正直なところ、その行事自体についてあまりよく理解していなかった。体育祭という言葉の響きからは、運動系のイベントであることは想像できるが、具体的な活動内容までは皆目見当がつかない。


「それは体育祭がある一日目の運営とか、具体的にって言われると、メインはやっぱり二日目の文化祭でやるダンスライブじゃない? 去年も凄かったよね。あれに参加したくてうちの高校に決める人もいるらしいよ」


 飯澤の言葉を聞いて、そういえば去年もそんな噂を耳にしたような気がしてきた。進路説明会で、在校生が熱っぽく語っていたような……。


「そうなんだ。俺は去年参加してなかったから、見てないな」


 昨年の学体祭当日、渚は高熱にうなされていた。運悪く、季節の変わり目に流行り始めたインフルエンザに感染し、無念の欠席を余儀なくされたのだ。教室の熱狂を想像するだけで、どこか置いてきぼりにされたような寂しさを感じたのを覚えている。


「あ、そうだったね。渚くんは見れなかったけど、去年の三年生のダンスが凄かったんだよ。鳥肌が立つくらい、みんなの一体感がすごくて……」


 飯澤は一瞬、何かを思い出したかのように言葉を詰まらせ、妙な表情を浮かべた。しかし、すぐにいつもの明るい調子に戻り、話を続けた。


「今年は絶対休まないでよ? 私一人だと仕事も増えるだろうし、大変になっちゃうんだから」


 彼女の言葉には、冗談めかしながらも、ほんの少しの切実さが滲んでいるように感じた。頼りにされている、という事だろうか。その言葉が、胸の奥をじんわりと温かくした。


「気を付けます」


 渚はそう答えると、小さく息を吐いた。今年は、皆と一緒に学体祭を楽しみたい。そして、飯澤の負担を少しでも減らせるように、自分にできることを精一杯やろうと心に誓った。



「……ずっと委員の仕事ってわけじゃないだろうし、二日目の文化祭さ……、もし、時間があったら一緒に見てまわろうよ」


 飯澤は少しだけ顔を赤らめ、早足で前に出ると、後ろ向きのままそう言った。


「え? ああ、そうだね」


 特に深く考えず、当たり障りのない返事をした。彼女は一瞬、何か言いたげな表情を浮かべた気がしたが、すぐにいつもの微笑みに戻って頷いたのだった。





 

 渡り廊下の窓から差し込む午後の陽だまりが、少しだけ眠気を誘う。コンクリートの床を踏みしめる足音だけが、静かな空間に響いていた。別棟の三階へ続く階段を一段一段上がり、少し息を切らしながら廊下を進む。目的の部屋、委員会多目的室のプレートが目に飛び込んできた。無機質な文字の羅列に、これから始まるであろう話し合いへの緊張感がじわりと湧き上がる。


 扉に手を掛け、ゆっくりと開けると、既に数名の生徒たちが集まっているのが見えた。それぞれの表情は真剣そのもので、何やら熱心に話し込んでいるようだ。


「失礼します、二年五組です」


 少し遠慮がちに声をかけると、コの字に並べられた二列の長机の中央で、何やら書類を配っている男子生徒が顔を上げた。明るい陽光を浴びた横顔を見て、どこか親近感を覚える。彼は、こちらに気づくと、曇りのない爽やかな笑顔で応えてくれた。


「二年五組……、ええっと、あ、伊沢君と飯澤さんね。はい、これが今日の資料。席はあそこに座って」


 手際よくプリント用紙を重ねた薄い冊子を二人に手渡すと、部屋の隅の空いた席を指し示した。ぺこりと会釈をして、促されたパイプ椅子に腰を下ろす。ひんやりとした金属の感触が、少しだけ背筋を伸ばさせた。


 隣に座った飯澤に、先ほどの男子生徒について小声で尋ねる。


「ねぇ、さっきの人って三年?」


 すると、彼女は信じられないといった表情で眉をひそめた。


「そんなの当たり前でしょ? 生徒会長の藤本先輩じゃない……、え、もしかして渚くん、生徒会長も知らなかったの?」


 彼女の呆れた声に、内心冷や汗をかきながら、僕は曖昧な笑みを浮かべて適当に誤魔化した。まさか、生徒会長を知らないとは……。これから始まる委員会活動、少し不安がよぎる。



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