Ep.15 ツナガル ①
月日はあっという間に流れ、七月上旬の期末テストは全ての日程が終わりを告げた。美波の心は、テストの微妙な手応えと、来週半ばに開催される球技大会への期待で、忙しなく揺れ動いていた。
(……渚くんはどうなんだろう?)
(……テスト、上手くいったのかな?)
(……球技大会も楽しみにしてるのかな?)
ぼんやりと、目の前にある彼の広い背中を見つめる。もしも、この胸の内の感情をほんの少しでも、彼と共有できたなら……。そんな淡い願いが、胸の奥で小さく揺れた。
次の瞬間、彼の背中がふいに動いた。立ち上がり、くるりと振り返った彼は、美波をじっと見つめる。その視線に、美波の心臓が小さく跳ねた。
「飯澤さん、委員会」
彼のまっすぐな声に、美波ははっと我に返る。
「あ……、ごめん、ぼーっとしてた」
木曜日の定例活動は、期末テスト終了と同時に開始される。あまりにも呆けた顔で彼を見ていたこと、気づかれていないだろうか。不安が胸をよぎるが、彼はそんなことには構う様子もなく、淡々と荷物をまとめている。その横顔は、いつもと変わらず無表情だ。
(……もともと渚くんは、そんなに乗り気じゃないもんね)
あの日、フットサル場で瀬戸くんから聞いた渚の過去。美波にはどうすることもできない彼の心の傷は、どう扱えばいいのか、未だにわからないまま、ずしりと美波の心に重くのしかかっていた。
(……でも、あの夜の渚くんは、本当に楽しそうな顔してた)
「飯澤さん……?」
不意に投げかけられた渚くんの声に、私の心臓は小さく跳ねた。彼の視線は真っ直ぐに私に向けられていて、それだけでなぜか胸の奥がざわつく。
「え、な、なに?!」
思わずどもってしまった私をよそに、渚くんはどこか楽しそうに口元を緩めた。
「海人からメッセージ来てさ、また暇な時、一緒にサッカーしようだってさ。アイツ、部活もやってるクセに大丈夫なのかよ……」
わざとらしく眉を寄せながらも、その声には隠しきれない喜びが滲んでいた。そんな彼を見ていると、ふと瀬戸くんの言葉が頭をよぎる。
「瀬戸くんが言ってたよ。渚くんはいつも周りを気にして損するから、たまには周りに甘えた方がいいって」
私の言葉に、渚くんは一瞬呆れたような顔をしたけれど、すぐにふっと笑みをこぼした。
「なんだよそれ……。まったく、保護者かよ」
その声色は、やはりどこか嬉しそうだった。彼が周りを避けているように見えるのは、本当は失うことを恐れているからなのではないだろうか? そんな考えが頭に浮かび、気づけば言葉が口を衝いて出ていた。
「瀬戸くんも、私も、渚くんの事を大切な友達だって思ってるからだよ。楽しいことも、辛いことも、分かち合えるようになりたいって思うのが友達だって私は思うから」
私の突然の告白に、渚くんは驚いたように目を丸くしていた。ほんの一瞬の沈黙が、永遠のように長く感じられる。この沈黙が、私にはたまらなく恥ずかしかった。顔が熱くなるのがわかる。
「あ、い、いや、今の、あの……」
しどろもどろになりながら弁解しようとする私を見て、彼はまた新しい表情を見せてくれた。それは、これまで見たことのないほど穏やかで、少し照れたような、それでいて深い感謝を湛えた表情だった。
「ありがとう……。俺もそんな関係になりたい、努力するよ」
その言葉が、私の心にじんわりと温かい光を灯す。
「う、うん!」
私の胸の奥は、彼の優しい笑顔で満たされていく。この表情を、この温かさを、私はずっと見ていたいと思った。願わくば、彼の隣で、ずっと――。
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三話を分割です。