話をしよう
昨日は、あのまま寝落ちしてしまいスマホの充電は、20%だった。
「おはよう」
「おはよう、朝御飯は?」
「あーー、急がなきゃ」
「じゃあ、パンかじったら?」
「ありがとう、父さんは?」
「今日は、早かったから、もう行ったわよ」
「そっか、わかった。じゃあ、俺ももう行くね」
「行ってらっしゃい、気をつけてね。あっ、パン食べてから」
「うん」
バターロールを手渡されて、俺はそれを頬張りながら家を出る。
つむぐがなぜ殺されなければならなかったのか……。
どうして、彼女の兄は殺人犯になったのか……。
聞かなくちゃ。
ちゃんと、話さなくちゃ。
半年前、彼女と出会った三日月橋にやってきた。
何となく、ここなら会える気がしていた。
やっぱり、彼女はそこにいた。
「お、おはよう」
「あっ」
心臓がドキドキする。
彼女は、俺を見て逃げようとしているみたいだ。
「ま、待って」
「な、何ですか?」
「話をしよう」
「話って……」
「お、俺は、上山航大、岬つむぐの親友」
「知ってます」
「えっ、あっ、そっか。君は?」
「大河内由梨絵です。兄は、殺人犯です」
彼女は、俺と目を合わせないように言う。
俺の事を彼女が知っていて少し驚いた。
やっぱり、つむぐと犯人には共通点があったのか?
「あ、あの」
「はい」
「聞かせてくれないか?君、あっ、大河内さんのお兄さんが、どうして、つむぐを知っているのか?なぜ、つむぐだったのか……俺は知りたいんだ」
彼女は、俺の言葉に驚いた顔をする。
「私達、加害者の家族にたいして知りたいなんて話す人、初めてです」
「そうなんだね」
「はい。みんな、兄がなぜ岬先輩を殺したか知ったつもりで記事を書いてる人ばかりですから。それを鵜呑みにして、学校でも嫌がらせを受けてます」
「どうして、大河内さんは学校を休んだり、辞めたりしないの?」
「この高校に入る事は、物心ついた時から決めていたんです。それで、まだ、父が生きている時からずっとその事を話していました」
「お父さんは、亡くなってたんだね」
「はい。兄の家族は、もう私しかいないんです。だから、私が我慢すればすむんです」
「お母さんは?」
「母は、兄が事件を起こす一週間前に亡くなりました」
「それじゃあ、大河内さんは一人になったって事?」
「はい。なりました。親戚はいるので、兄を何故とめなかったのか、責められました。まだ、未成年という扱いを受けてしまっているせいで、私は、今、施設から学校に通っています」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。普通に話してくれたらいいよ」
「何か、すみません」
犯人の妹だからと決めつけていた俺の心は、彼女と話す事で解れていく。
「大河内さんは、お父さんとの約束の為に高校に通ってるって事だよね?」
「はい。でも、それだけじゃないです。昔、この学校の人に助けてもらって。私も、あの人みたいになりたいって思ったんです」
「素敵な人に出会ったんだね。だけど、辛くない?学校に通いつづけるの」
「そんな事を思う権利は、私にはありませんから」
人として生きる権利を彼女は諦めているのがわかる。
「兄がした事は許されません。だから、私も許されなくていいと思っています」
「でも、それじゃあ、人としての尊厳や自由も……」
「剥奪されて当然だと思っています。兄は、人の命を奪ったんです。そんな兄の妹である私が、人間として生きていてはいけないんです。この先、どこにいっても、誰かが私を探してきて晒すでしょう。それなら、今いる場所を逃げても仕方ないじゃないですか……。有難い事に、学校の先生達が、守ってくれています。だから、私は学校に通えています。それだけで、充分なんです」
歪んだ正義で奪われた未来が、この先も一生続くのだと彼女は思っているのがわかる。
「充分って。そんな風に諦めなくていいんじゃないかな。大河内さんには、未来があるんだから」
「未来……ですか?」
「うん」
「上山先輩は、面白い事を言いますね」
「面白い?」
「はい。私に、未来なんてあるわけないじゃないですか」
「そんな事は……ないよ」
「ありますよ。さっきも言いましたが、兄は岬先輩の人生を奪ったんです。兄の妹である私に、夢や未来をみる権利も資格もありません。私の人間として生きる権利は剥奪されて当然なのです」
「それを誰かが大河内さんに植え付けたの?それとも、自分で考えたの?」
犯人の妹だから、剥奪されて当然だと俺も思っていた。
だけど、彼女の口から当然だって言葉を聞くと何か熱くなってしまった。
きっと、つむぐなら怒るのがわかる。
だから、自然と大声になっていた。
「上山先輩が、怒る必要はないんですよ。家族が人の未来を奪っておきながら、自分の未来はあるなんて思う方が間違っています」
「大河内さんがつむぐを殺したんじゃないでしょ?」
「家族なんですから、同罪ですよ」
「そんな事ないでしょ!大河内さんは、大河内さんで、お兄さんはお兄さんだ。家族であっても、別の人間なんだから」
って、何でこんなに俺は熱くなってるんだ。
俺は、彼女を憎んでいた。
なのに、何で、こんなに必死に彼女に未来を見せてあげようとしているんだ。
「そんな風に言ってくれた人は、上山先輩が初めてです。だけど、大丈夫です。私は、兄の罪を一緒に償っていくつもりですから。兄が、何故岬先輩を殺したのか……ハッキリした事はわかりませんが。私達の話をさせてもらってもいいですか?」
「もちろん、聞かせて欲しくて大河内さんに声をかけたんだ」
「今から、兄の話をさせてもらいます」
「少し場所を移動しようか?立ちっぱなしってのもね」
「三日月公園に行きますか?」
「そうだね」
彼女と並んで歩く。
犯罪者になってしまった兄を持っている事ぐらいで。
彼女と俺には何の違いもない。
彼女の事を知らない人からすれば、二人で一緒に学校をサボっている、ただの高校生だ。
でも、彼女の肩にはただの高校生ではない重い重い罪がのっかっている。
「そこのベンチに座ろうか」
「はい」
「大河内さんの話を聞かせて」
「わかりました。まずは、私達の家族についてお話しします」
彼女とベンチに並んで座る。
彼女から話を聞いていくうちに、俺は気づいてしまう。
憎んでいた犯人は、俺達と変わらないただの人間だという事に……。