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母と父

会合が終わり、家に帰ってきた。



「つむぐ君のお母さん、まだ退院できないんだって?」

「うん。菜穂ちゃんからメッセージ届いた」

「やっぱり、心労がすごいのよ」



一ヶ月前、SNSを通して菜穂ちゃんからお母さんが倒れましたとメッセージが届いた。

それは、つむぐの月命日の前日で。

俺は、花を買って会いに行くつもりだった。

倒れた原因は、いまだにいる野次馬。




「Leetubeってやつにのせるのに、結構な野次馬が増えたとかって聞いたわよ。パート先の人が、つむぐ君ちの近所だから、教えてくれたのよ」

「菜穂ちゃんから聞いたけど、ふみチャンで見た人達が、大型連休使ってやってきたみたいだね」

「削除依頼出しても、出しても無駄なんでしょ?」

「そうだったみたいだね」

「つむぐ君は、被害者であって加害者じゃないのにね」

「うん」

「それに、警察でもないのに被害者の家の前に張り付いたって真実なんか何もわからないわよ」

「そうだね」



母は、プンプンと怒りながら父の食事の支度を始める。

ふみチャンから集まった野次馬は、つむぐの家に行って何を知りたかったのだろうか?

今時の若者だから、殺されて当然と言いたいのだろうか?



「ただいま」

「お帰りなさい」

「今日は、何かな?」

「あなたの好きな鱈の西京焼きよ」

「おお、いいね。で、会合はどうだった?」



帰宅した父は、真っ先に母の元に行き、会合について尋ねた。



「私ね、引っ越す事にしたから」

「えっ?」

「だって、ここの人達は誰一人として未来がないのよ」

「未来がないって、前と同じだったのか?」

「そうよ。口を開いたら、年金暮らしとか先がないとかいつまでいるかとかの話ばっかりよ」

「またか」



一度目の会合に参加していた父は、変わらないのかと呆れてため息をつく。



「そしたら、航大が代わりに死んでくれよーーって叫んで。ヒヤヒヤしたけど、私、少し嬉しかったの」

「それは、私も何だか嬉しいな。成長したんだな航大は」




キッチンから聞こえてくる言葉に泣きそうになるから、スマホゲームをしているふりをする。



「あの人達に若者を代表して、ガツンと言えるって凄い事よ」

「そうだな、凄いよ」

「そしたら、葉宮さんのご主人もガツンと言ってくれてね。友人を亡くしたみたいなのよ」

「それじゃあ、聞いてて特に腹立たしかっただろうね」

「そうなのよ。当たり前のように、若いから未来があるって、信じてる人は多いじゃない。だけど、未来なんて確約していないのよ。だから、今回の道路を渡す事だって、地震が起きたらって話だから。確約してない未来よ。だけど、今なら最小限の費用で押さえられるのよ。何で、あの人達は何もわからないのかしらね」

「最近は、確約してない未来にお金を払うのが嫌な大人が多いよな。だから、子供達の未来にもお金を出さない、それが今のこの場所の老人だ。まあ、老害って言われても仕方ないよな」



父は、冷蔵庫からビールを取り出す。



「あんな大人になりたくない。今の若者の気持ち、私もわかるわ」

「私も母さんの意見に賛成だな。今の若者に未来を見せられる大人にならなきゃ駄目だな」

「そうよ!だから、この場所を出るの!あなたが嫌だって言っても、私は航大を連れて出て行くわよ」

「おいおい。失礼だな。私だって、出て行くよ」



父の言葉を聞いて俺は叫んでしまっていた。


「だけど、ここはじいちゃんのくれた土地だよ」

「じいちゃんの土地だな、確かに。でもな、航大。土地が何をしてくれる?家が何をしてくれる?何もしてくれないだろう。土地も家も、航大に未来を見せてくれるわけじゃない。だから、この街から離れよう」

「父さん」



父は、ビールを持って俺に近づいてくる。



「航大には、つむぐ君の分も未来を生きて欲しいと父さんは思うんだ。その為の未来をこの街じゃ見れない。それなら、別の街に行けばいい。航大に未来を見せてくれる街が見つかるまで、何度でも引っ越せばいい」

「だけど、父さんの仕事場が」

「遠くなるって気にしてるのか?そんなの全然大丈夫だ。いざとなったら、新幹線や飛行機で通えばいいさ、ハハハ」



今、目の前にいる父と母は、俺に、未来を見せようとしてくれてる。

だったら……俺も。




「父さん」

「何だ?」

「父さんは、つむぐを殺した犯人の加害者遺族をどう思う?」

「どう思うか……。許せないけど、家族も被害者なんだろうな」

「被害者?」

「ああ。家族も被害者。だけど、加害者でもある。もし、航大が誰かを殺してしまったら……。父さんは、被害者であっても、航大の罪を一緒に背負って償っていかなければならない。だから、その償いはする。でも、少しぐらいは人して生きていく権利は奪わないで欲しい。そう思ってしまうのは、わがままかも知れないな」

「つむぐの生きる権利を奪っておいて、自分の生きる権利は奪わないでくれ……か……」

「気に入らないか?」

「気に入らないよ」



俺の言葉に父は苦笑いを浮かべて、ビールのプルタブを開けてグラスに注ぐ。



「本当は気になってるんだろ?航大」

「えっ……」

「加害者の妹は、航大と同じ学校の生徒だってのは父さんでも知ってる」

「うん……」

「その子は、今でも学校に来てるんだってな」

「うん、父さんが、言った権利を主張してるんだろ」

「父さんだったら学校に何か行けないよ。でも、その子は来てる。自分の未来なんてないに等しいのに……。いろんな人にいじめられ、いろんな人に自分を晒されて。それでも、逃げないって凄い事だよ」

「ちょっとおかしいんだよ、きっと、犯人の妹だし」

「航大、それは偏見だ。家族だからって考えも同じだとは限らない。おかしいとか同じだって思うなら、話してみればいい」



父の言葉に俺は何も言えない。



「加害者だって、今日の航大みたいに未来を潰された若者じゃないかって考えたんじゃないのか?」



俺は、ゆっくり頷いた。

父は、俺の肩を優しく叩く。



「だったら、その子が犯罪者にならないように、航大が未来を見せてあげればいいんじゃないか?父さんなら、そうする」



父の言葉に俺は……。

向き合いたいと思った。



なぜ、つむぐが殺されたのか?


なぜ、彼女のお兄さんは、犯罪者になったのか?


それを知っているのは、絶対に彼女だ。


そして、彼女を犯罪者にしない為に俺が出来る事があるとするなら。

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