毒を以て毒を制す
この身体に流れる毒物。
あらゆる毒を有する。
無味無臭の毒による殺人は朝飯前。
レストランに忍び込み、ターゲットが注文した料理に毒を仕込む。それだけで奴はもがき苦しみ死んでいく。
時には医者になりすまし、注射器に仕込んだ遅効性の毒で殺す。
体そのものが毒なのだ。
鞄や懐にブツを隠し持って侵入する必要は全くない。
「……さて」
今回のターゲットは十五の少女だ。
家督相続にあたり、遺言では『この家で一番の才能ある者に』とのこと。
彼女は若くして陛下から褒美をもらっている。謁見して、直接陛下から褒美をもらうことは最上の名誉であり、国の発展に尽くしたその才能は認められたも同然。
三大名家と呼ばれる貴族の出身。
その少女はまさに天才だった。
故に彼女を狙う人間は少なくない。
暗殺の噂が絶えない彼女。誘拐や誘致もまた。
けれど彼女は生きている。
正直気の進まない依頼ではあったが、報酬があまりに大きかった。金だけでなく領地まで与えられるという。それほど、彼女は目の敵にされているのだ。
執事に扮し俺は屋敷へと忍び込んだ。
執事やメイド、家族の動向まで。
情報源は身内。信憑性のある情報だ。
「さて……」
初めて入る屋敷内を、自分の屋敷同然のようにサクサクと進み、標的のいる研究室へと到着した。
地下だ。
周囲が土魔法によって固められ、明かりは雷魔法によって照らされている。
あらゆる機材が広げられ、研究素材にも事欠かない。
流石名家なだけある。
奥の方で作業をする標的。
研究に没頭しており、こちらに気づいていない。
勿論気配を消している俺に気づくはずもない――。
「だれ」
近づいていた足が止まった。
周囲に人は俺以外いない。
気配を消した俺に気づいている。そう思っていい。
簡単な仕事ではないと思ってはいたが、まさかここまでとは。
振り返る少女。
俺はその前に姿を現し、頭を下げる。
「お嬢様、そろそろお食事のお時間です」
「あら、もうそんな時間?」
機材を操作して時間を確認する。
時刻はお昼前。
「お昼はいつも通り持ってきておいて」
「かしこまりました」
そう言って、私は再度頭を下げる。
そして彼女の後ろにつく。
「どうしたの?」
「無礼を承知の上なのですが、お嬢様はいつもどのような研究を成されているのですか?」
「……今は、強力な魔法を封じ込めて持ち運べる宝玉を作っているところよ」
「宝玉、ですか」
「ええ、他国へのけん制のため、この国には大きな力が必要なの。この国には化け物みたいな魔法士がいる。けれど彼女は一人、向かえる戦場も一つ。なら彼女の魔法を封じ込める宝玉を作り、誰もが極大魔法を使える代物を作り上げれば、彼女と同様の戦果を作り上げることができる。だから作るの。この国の発展のために」
作業に取り掛かり続ける彼女。
たしかに彼女は天才だ。強大な魔法を持ち歩く。他国が彼女を警戒するわけだ。
見たこともない素材や機材を使って、彼女は宝玉を作り上げている。素体は完成しているらしく、中に魔法を仕込んでいる作業をしていた。
「試作第五号の完成ね」
彼女は宝玉を手に取ると、別の部屋へと移っていった。
付いて行くと、そこは巨大な部屋。周囲を防御魔法で塗り固められた頑強な作りになっていた。
「封じ込めたのは爆発魔法よ」
彼女は小型の杖を取り出し、強化魔法と防御魔法を展開した。
俺のことも覆ってくれた。
「『解放』」
すると途端に宝玉が光り輝き始める。
彼女はそれを遠投。
強化魔法によって、彼女はそれを遥か遠くへと投げ飛ばした。
そして。
轟音を響かせて大爆発が引き起こされる。
遠く投げたはずの宝玉。その距離を容易く縮めて、俺たちに爆炎と爆風が到達した。
「すごい……」
この国には天才が七人いる。
そのうちの一人が今目の前だ。
開発だけでなく、魔法もまた才があるというか。
「うん、爆発するまでのスパンが短すぎる。安全面を考える必要があるわね」
頷きながら、空中に浮かばせた魔法板に何かを書き込んでいく少女。
彼女は今、研究に夢中だ。
俺に対してもそこまでの警戒心を抱いていない。
機会はまさに目前だ。
彼女の後ろに付き。
「お嬢様」
「話しかけないで」
「左様で」
その首筋に、尖らせた爪を突き立てた。
「いたっ」
首元を抑えて、彼女は俺に振り返った。
その目線、まさに鬼才に相応しい。
「あなた、何する、の……」
身体をフラフラさせる少女。
体勢を崩し、その場に膝をついた。
「な、何を……」
そして倒れる。
彼女に撃ち込んだ致死性の毒。
彼女が死んだあと、毒は気化して証拠は消える。実験中の急死もしくは事故死として片づけられるだろう。
力尽き、彼女は完全に床に転がった。
物言わぬ躯と化して、ピクリとも動かなくなる。
「任務完了だ」
彼女の生死を確認して、完全に死んだことを知る。
魔法を使って写真を取り、踵を返した。
実験室を出て、部屋にある資料や研究内容を見る。
「ここにある物を外国に売ればどれだけの金になるか」
宝の山とはまさにこのこと。
けれど欲はかかない。
必要以上の物は欲しない。
生きる上での鉄則だ。
「さて、帰るか」
部屋への出口を見据え、そちらへ向かう。
仕事の達成感に胸を満たしながら、俺は帰路に就く。
「はあ、油断した」
「……!?」
振り返る。
そこには、殺したはずの少女が実験室から出てくるところだった。
「な、何故……?」
急に身体中に痛みが走った。
身体に力が入らなくなり、その場に倒れる。
「な、何が……」
彼女が近づいてくる。そして覗き込んでくる。
「なるほど、毒ね」
彼女は俺に息を吹きかけた。
それだけで身体によりすさまじい痛みが走る。
「き、貴様……ッ!」
「私のスキルはね。『模倣』なの」
「も、模倣……まさか……」
「ええ、私は天才なんかなんじゃない。すべて模倣した結果による略奪ね」
「だ、だが、俺に毒は効かないはず……」
「模倣した頭脳を駆使すれば、毒をより強力にすることくらい朝飯前よ」
「な……な……」
絶句だった。
「毒系のスキルは初めてなの。ありがとう、私に素敵な贈り物をしてくれて」
俺の脚を掴んで、彼女は俺を実験室へと運んだ。
「私ね、他にも、死者を生き返らそうとする実験をしているの」
彼女が魔法板を操作すると、実験室の扉が開いて、中からグールが歩き出てくる。
「死んでも大丈夫。私があなたを生き返らせてあげるから」
「よ、よせっ」
俺を投げ入れ扉を閉める彼女。その窓から彼女は笑顔で俺を見ていた。
「ふ、ふざけ」
だが体は動かない。徐々に近づいてくるグールども。毒の力も使えない。
「ち、ちくしょ」
脚を、腕を、腹を。
俺の身体が食われていく。
「はあ、良かった良かった」
相手に攻撃されることによって模倣が完成するスキル。
神様によって啓示された最高のスキル。
これで私は世界に名高い最高の一人になれた。
「ふふっ、私の人生はまだまだこれからよ」
血だまりに沈んでいく男の死体を見ながら、私は自身の未来に想い馳せる。
全てが予定調和なのだ。
私が神に成るその瞬間まで、私は努力を怠らない。
「ああ、愉しみだわ」
ニヤリと笑って踵を返す。
私の実験はまだまだこれからなのだ。
愉しみで楽しみで仕方がなかった。
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【集】我が家の隣には神様が居る
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