泡沫
2作品目です
目を覚ますと、そこは無限に広がる砂漠だった。
深い翡翠色をした水の塊の上に白波が立ち、心地よいリズムで打ち寄せる。なるほどこれが海か、と彼女は思った。地平線――正しくは水平線だが――まで続く海に終わりはあるのだろうか。内陸国で育った彼女は生まれてこの方、海というものを見たことがなかった。彼女のプルシアンブルーの瞳に好奇心の光が鎌首を擡げる。
気づけば、足を踏み出していた。くっきりとした小さな足跡を砂浜に残し、彼女は海の方へと歩む。打ち寄せた波に恐る恐る足を伸ばし、海の冷たさに驚く。彼女は自分が泳げないことを思い出した。だが好奇心には勝てない。彼女は水平線の方へと進む術を欲しながら足を進める。驚くべきことに、彼女は海の上を歩いていた。彼女の歩みは速度を上げ、遂には彼女は走り出した。プラチナブロンドの美しい長髪がたなびき、一人の少女が海上を駆ける。
走っても走っても終わりのない海に、彼女は興奮していた。そして彼女の好奇心は足元、海の中へと向けられる。この下に何があるのか、彼女は知りたくなった。刹那、足元の感覚が消え去り、彼女は海へと落ちた。泳ぎ方を知らない彼女はなされるがまま沈んでいったが、恐怖は覚えなかった。水面から取り込まれた光が、魚群に反射して煌めく。彼女もまた、光に照らされながら深く潜ってゆく。
彼女の頭上を、巨大な黒い影が横切る。鯨だ。力強く泳ぐその姿に、彼女は感動した。やがて生命の数は減ってゆき、光も少なくなってゆく。だが彼女は、不思議とまだものを見ることができた。好奇心の光は、遍く全てを照らしていたのだろう。
どれほどの時間が経ったのだろうか。彼女は海底を視認した。海に底があったことを知った彼女は、その好奇心をフェードアウトさせていった。連動するように、彼女の意識もまた深く沈んでゆく。
彼女はまだ気づいていない。海底が終わりなのではなく、始まりであることを。彼女の頭上に広がる無限に。
少女は眠る。生命の母胎の中で。すべての生命を産み落としたゆりかごの中で、彼女はまだ、目を覚まさない。