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次の日も、その次の日も視線を感じる。
もう限界だ。振り返り叫ぶ。
「そうなの。わかったわ。そっちがその気なら」
私は今来た道を引き返した。
前ではなく、左右に気を配りながら。
電柱の影は特に。
そして見つけた。
数百メートル先の店を案内する看板。
その影に男がいたのだ。
「あなたは……」
たしか須崎。
うちの取引先の営業だ。
私の担当ではないので会ったのは一度だけだが、たまたま二人きりになった時、声をかけられた。
「ねえねえ、今度いっしょに食事に行かない。いい店を知ってるんだ」
もう三十代のはずなのに、まるで中学生のようなしゃべり方で私を誘ってきたのだ。
会ったばかりで話もあいさつ程度しかしていない取引先の女性社員に。
もちろん断った。
顔も声もにやついた笑いも嫌だった。
断ると、須崎は言った。
「せっかくこの俺が誘ってやったと言うのに。ブスのくせにお高くとまりやがって。鏡見てこい!」
とても会社員が取引先の人間に言う言葉とは思えない。
言っている顔も、小学生がふてくされているような顔だった。
そんなことを思い起こしながら、須崎の顔を見ていた。
須崎は黙っていたが、やがて言った。
「おいおいおい。この俺がお近づきになろうってんだ。ありがたく思いやがれ」
「その自信はどこから来ているの。あんたこそ、鏡を見た方がいいんじゃないの」
「なんだと」
須崎は私の左手をつかんで引っ張った。
強い力だ。痛い。
でも私は右手をバックの中に入れた。
すると音がした。
大きくてかん高い機械音。
私のバックの中の防犯ブザーが鳴ったのだ。
毎日のように誰かにつけられている私が、なに一つ対策しないなんてことはない。
須崎が明らかにひるみ、手を離した。
「なんだあ」
「防犯ブザーじゃないのか」
離れたところから声がして、やがて二人の男が小走りで姿を現した。
それを見た須崎は、走って逃げた。
「どうかしましたか」
「大丈夫ですか」
男たちに声をかけられて、私はもう大丈夫と言った。
二人の男はそれでも気にしていたようだが、大丈夫と連呼して、帰ってもらった。
次の日、出社した私はすぐさま課長のところに行き、これまでのこと、そして夕べあったことを告げた。
「本当か。それは大変だ」
でもこれから大変なのは、須崎とむこうの会社だ。
取引先だが、うちの会社の方がお客様なのだから。