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「今度は肉じゃがを、ちょっと作りすぎてしまいました」
佐竹さんが言う。
ちょっとと言う量ではなかったが、私は快く受け取った。
こんなに癒される笑顔の人は、そうそういない。
二十歳くらい年上だと言うのに。
私の父親でもおかしくない年齢だと言うのに。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、作りすぎたんで、こちらこそ助かります。鍋は明日取りに来ますから」
「はい、わかりました。いつでもいらしてくださいね」
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
満面の笑みのまま、佐竹さんは帰って行った。
その肉じゃがもとても美味しかった。
佐竹さんは料理がかなり上手だ。
その時思った。
佐竹さんはなにか困ったことはないかと言っていた。
私は会社の帰りに感じる視線について話をしてみようかと思った。
が、やめた。
私は視線を感じただけだ。
それを理由に第三者に相談するのは難しいだろう。
それに佐竹さんに余計な心配をかけたくなかった。
巻き込みたくなかった。
私は視線のことは黙っていることにした。
この日も視線を感じた。
気のせいなんかではない。
誰かが私を見ているのだ。
それもなんとなくではない。
その感情はわからないが、強い意志を持って凝視しているのだ。
振り返るとやはりいない。
どれだけ隠れるのが上手いのか。
「そこにいるんでしょ。わかっているわよ。出てきなさい」
本当に出てきたらどうしようと思いながら、私は言った。
しかし誰も姿を現さなかった。
佐竹さんが鍋を取りに来た。
「ありがとうございます。何度も。肉じゃが美味しかったですよ」
「いや喜んでもらえると、作った甲斐があります」
「いや本当に美味しかったです。料理、お上手ですね」
「まあ、一人暮らしが長いものですから」
私は思った。
佐竹さんはなぜ一人暮らしなのだろうか。
奥さんや子供がいてもおかしくない年齢だが。
気になったが、もちろんそんなことは聞けない。
「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
今日も視線を感じる。
いったいどうしようか。
イライラする。
同時に気味が悪い。
嫌悪感すら覚える。
色々まじり、最終的に残った感情は怒りだった。
私は振り返って言った。
「いい加減にしなさい。しつこいわよ」
何の反応もない。ただ静かだ。
私はとりあえずマンションに帰った。