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また視線を感じた。
今回は足音は聞こえなかったが。
少し離れたところを慎重に歩けば、足音は聞こえないのではないのか。
考えながら振り返る。誰もいない。
再び前を向くと前方から若い女が歩いてきた。
派手な服装の女だ。
女とすれ違った後、私は歩き出した。
後ろを気にしたが、もう視線は感じなくなっていた。
佐竹さんが鍋を取りに来た。
「ありがとうございます。シチュー、とってもおいしかったです」
「いえいえ。喜んでもらえてよかったです。どころで、何か困ったこととかありませんか」
「困ったことですか」
「ええ、仕事かプライベートなこととか、なんでもいいですが」
「いえ、なにもありませんが」
「そうですか。何か困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
少年のような笑顔を見せたのち、佐竹さんは帰って行った。
会社の帰りに、また視線を感じる。
無視をしていたが、どうにも気味が悪い。
立ち止まり振り返る。
誰もいないが、人ひとり隠れられそうなところはいくつかある。
もし私が振り返るのを感じて隠れたとしたら、かなり素早い。
周りを見わたした後に言った。
「誰かいるの。誰かいるんでしょ。隠れてもばれてるわよ。出てきたらどう」
なんの反応もない。
しばらく見ていたが、私は諦めてそのまま帰った。
数日後、佐竹さんが訪ねてきた。いつもの笑顔で。
「田舎から送って来たんですよ」
かごに入った柿が十数個ほど。
「まあ、ありがとうございます」
「いえいえ、私一人では食べきれないんで。礼にはおよびませんよ。ところで」
「はい」
「なにか困ったことはありませんか。あれば遠慮なく言ってください」
「いえ、なにも困ったことはありません」
「そうですか。もう遅い時間ですね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
食べた柿は、今まで食べた柿の中で一番おいしかった。
やはり視線を感じる。帰り道。
ほぼ毎日のように。
視線が私の後ろ髪にまとわりつくような感覚だ。
だが振り返ると誰もいないのだ。
気味が悪すぎる。
私は何事もなかったかのように、再び歩き出した。
佐竹さんがかごを取りに来た。
満面の笑顔で。
佐竹さんの笑みを見るだけで、私の心は癒された。
今日も視線を感じる。
会社の帰り道。
背中がぞわぞわする。
私は無視した。
マンションの近くで視線は消えた。