第八回:欠勤
ところが悠介は酷い頭痛を感じ、吐き気まで催してきていた。昨夜、謎の悪夢と金縛りに悩まされた後遺症であろうか。とても工場で作業をできるような体調ではないと悠介は思った。そこで母親の優子の「悠介、起きているかしら?」という声が階下から聞こえる。階下に降りて、体調不良を優子に告げると、とりあえず熱を測りなさいと体温計を渡される。三十七度五分、微熱である。優子は悠介に言う。
「今日はお仕事お休みするつもりなの?」
「う、うん。頭痛に吐き気、それに熱もあるから体調悪いの証明できるし」
「あら、せっかく決まったお仕事なのに? こないだも遅刻してしまったばかりでしょう」
「でも、ここまで体調が悪いと仕事なんてできないよ」
悠介は口答えをするかのごとくそう主張した。
そこで、ネクタイを締めて出勤しようとする父親の恵介から、なんだ、お前は工場のパートすらろくに勤まらないのか、と釘を刺される。それを聞いて悠介は悔しさと情けなさ、申し訳無さが入り混じったなんとも言えない気分になる。とても父親のような「立派な社会人」にはなれないんだよな、俺は。そうとすら思う悠介であった。
悠介は自分の携帯電話で工場に電話して、体調不良なので休みたいと伝えようとする。電話口には早番として既に出勤していた、初日に挨拶の手土産の蟻退治を手伝ってくれた事務員さんが出た。
「あら、相川君、おはようございます。どうしましたか?」
「おはようございます。実は今日は体調が優れなくて、熱もあるのでお休みさせてもらえないかと……」
「あら、まぁ、それは大変ね。慣れない作業続きで身体が疲れてしまったのかしら。とりあえず今日はお休みしたいのね?」
「はい、入社早々、大変申し訳ありませんが……」
「体調管理も社会人として大事なことですからね。今日はゆっくりお休みなさいな。電話口からも体調が優れないのが伝わってくるから。このことは私から専務さんたちに伝えておきますので。明日はきちんと出勤できるようにしましょうね」
「はい、ありがとうございます」
電話が終わる。今日のところはお休みすることを許可してもらえた。
自室のベッドの上にごろんと寝転ぶ悠介。体調不良なら養生第一だろう。
そこへ優子が様子を伺いに来る。
「悠介、具合はどう? 体調悪くても何か食べないと駄目ですよ。回復しませんよ。お雑炊でも作ってあげようかしら?」
「うん、玉子雑炊が食べたい」
「はいはい、わかりましたよ。お部屋で食べるの? 台所まで来る?」
もう十八歳、まだ十八歳。今年で十九歳になる悠介。まだまだ親に甘えられる、甘えてもいい、むしろ甘えられるときには甘えるべき年頃であろう。
枕元の時計を見る悠介。時刻はちょうど八時三十分、工場での始業時刻である。まぁ、仕事のほうはまた明日からがんばればいいか。例のサンドラももう布教とかして来ないだろう。ああ、こんなことを思い巡らすのは、早朝に見た夢を反芻するようなことじゃないか。余計に気分が悪くなりかねない。悠介が再び寝返りを打ったとき、優子が悠介の部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
体調不良のときは休むに限ります。無理したってろくなことはありません。