第六回:神サマ信ジル?
翌日、工場勤務二日目の朝、悠介が起きると時刻は既に十時半になるところであった。もちろん工場勤務に完全に遅刻である。「しまったぁ!」と、頭を後ろからガンと殴られたような感覚を受けて、焦りつつある悠介。お母さん、どうして起こしてくれなかったの、と思ったのであった。実は優子までもが悠介が工場に勤めだしたことをうっかり忘れていたのであった。良妻賢母というべきか、しっかり者の優子であったが、実はうっかりとしてしまうこともよくあるのだった。
昨日、勤務初日の疲れが相当溜まっていたのであろう。悠介は慌てて工場に電話する。案の定、おい、二日目から何をやっているのだ、とりあえず早く出てこいと専務から怒号を喰らった悠介。優子は弁当をも用意していなかったので、家にあったカップ麺を一個カバンの中に入れ、自転車にまたがり急いで工場に向かう。
出勤して一時間経たないうちに、昼休憩の時間になる。従業員休憩室で持ってきた弁当のカップ麺にポットからお湯を注ぎ、三分待っている悠介。パートのおばちゃんのひとりから声が掛かる。
「重役出勤、お疲れさまです。さすがQ学園を出ているだけあってお偉い方なのね」
もちろん、これはあからさまな皮肉であるが、悠介はその言葉で自分の失態を尚更恥じることになった。
カップ麺をすすっている間、皮肉を言ったおばちゃんも加わった向こうの島で、自分についてのうわさ話をされているように悠介は感じていた。勉強ができる子なのになんでまたこの工場に来たのかしらね、だとか、勉強ができる割にはあんまり使えない子だわね、だとか。
さて、遅刻はしたけれど、二日目の勤務もなんとか終えて午後四時に退勤する悠介。明日からまた遅刻するなよ、と帰り際に専務に釘を刺された。
三日目。悠介は今日こそはまた朝起きることが出来て、優子もまた弁当を作ってくれた。とにかく今日もまた頑張るかと改めて決意する悠介。定時出勤するもタイムカードを押し忘れるなどの二、三の失態をやらかしたもののなんとか午後四時までの勤務をこなす。今日もまたサンドラとの二人三脚での箱詰め作業であった。専務からはそろそろスピードも上げてほしいなとは言われたものの。
初夏の太陽が傾きつつある中、自転車で家に帰ろうとする悠介。そこにサンドラが寄ってきて、彼女独特の訛りで悠介に話しかける。
「ユウスケ、お疲れさま!」
「サンドラさん、お疲れさまです」
悠介もねぎらいの挨拶を返した。そこでサンドラは再び口を開く。
「ユウスケ。ユウスケは神さま信じる?」
悠介は驚いてしまった。まさにガイジンの決まり文句のようなことを言われたからだ。サンドラは続けて言う。
「神さまユウスケのこと愛してくれてる。心配いらない」
「いえ、僕は無宗教ですので……」
「神さまは、弱い人こそ愛してくれる。ワタシ、ユウスケのこと祈ってる」
「いえ、あの……」
「イエスさまに祈れば、神さまなんでも聞いてくれるから」
サンドラは悠介に握手を求めようとするが、悠介は自分の手を出すのをためらう。握手してしまったら最後、自分までキリスト教徒になってしまいそうな気がして。それでもサンドラの目は輝いていた。
サンドラと別れた後、自転車にまたがり帰る悠介。しかし、悠介は先程のサンドラの「宗教の勧誘」らしきことでちょっと頭に来てしまった。工場の新人だからといって莫迦にしているのだろうか。仕事を手伝ってくれているサンドラに対してちょっとイラつきを感じてしまった悠介であった。何がイエスだ。イエスもノーもないだろう、と。やや荒げて自転車のペダルを漕いでいく悠介であった。
「神サマ信ジル?」とかいうの。まさに「ガイジンの決まり文句」ですかね。マンガとかの世界の「決まり文句」なのかもしれませんけれども。