第四十八回:送別会
その年の夏も残暑厳しいものであったが、九月も下旬になれば、少ししのぎやすくなるものだ。
九月最後の日曜日。礼拝後には青年会主催で「真理奈さんの送別会」が開催された。
十月から夫の信也さんのいる新宿の教会に移籍する真理奈さん。この日で「世田谷小羊キリスト教会」の教会員として礼拝に出るのは最後となるからだ。
青年会のメンバーのみならず、教会全体に開かれるかたちで。そしていつもの青年会会場の第二研修室より一回り広めの第一研修室において、持ち寄りの愛餐会というかたちで、だ。
このときは十日町も礼拝後からだが、来てくれた。サンドラも午前中仕事ということだったが、昼からの送別会には参加した。もちろん悠介も礼拝から参加である。あいにく、真理奈さんの夫である信也さんは新宿の教会に居なければならないということで顔見せもできなかったのだが。
真理奈さんだが、やはり少し妊婦であることが傍目からもわかるくらいにはなってきた。来年の二月には生まれるのだから、もう九月の末となれば、だ。サンドラはじめ何人かの参加者は真理奈さんのお腹を彼女のワンピース越しにさすってあげたりしていたが、悠介にはちょっとそこまではできなかった。
「ダイジョウブ。生まれてくる子、神さまに愛されてる! ハレルヤ!」
サンドラはそんなふうに真理奈さんのお腹の子をさすりながら祝福した。まだ男の子か女の子かも非公表である。生まれてくるまで内緒だということだ。
「まだ生まれてもいませんが、主人はもうお腹の子にメロメロでして……。毎日夜になって仕事から帰ってきてからも聖書とにらめっこして。主人いわく名前を考えているとのことなのですよ。やっぱり、クリスチャン夫婦の子ですから聖書から名前をいただきたいとのことで。ああ、これがいい、あれもいい、とつぶやきながら熱心に聖書をめくっていますよ」
真理奈さんには他の教会員の人たちからも「赤ちゃん生まれたら是非、見せに来てね」「真理奈ちゃんの子だからきっとかわいいんだろうね、期待してるよ」などというような言葉が続々と掛かる。
また愛餐会も持ち寄りということで、いろいろな料理やお菓子が集まった。しかし、悠介はというと、料理ができるわけでもないし、経済的にも余裕があるわけでもないので、しかたなく個包装に分けてあるスナック菓子の大袋を二袋持っていっただけなのだが、やはり子どもたちには人気だった。
そして十日町はかぼちゃのパイを、サンドラは「フィリピン風タコ焼き」というのを持ってきた。
「なにこれ、タコ入ってないじゃん!」
「ワタシのクニのタコ焼きはちょっと違うの」
「それってタコ焼きって言っていいのか?」
「でも、これにはチーズ入ってるね」
「俺のにはエビが入ってた」
「次のには何が入ってるかな」
「なんか、ガチャ焼きって感じだよな」
「十日町君のかぼちゃパイも本格的だよね。自分で作ったのかな?」
「おうよ。まぁ、もうすぐハロウィンだしな。こう見えてもな、俺って料理が趣味なんだぜ」
「へぇ、そうなんだ。またなにかのときには頼んだよ」
「まぁ、任せてくれや」
そんなふうに悠介と十日町、サンドラで会話を交わしていた。
そんななか真理奈さんはまるで引っ張りだこ。タコ焼きのタコではないけれど。教会員だけではなく、悠介を含む求道者、また十日町のようにゲストも大勢集まる中なのだから。ましてや、今日が真理奈さんの教会員最後の日となれば、だ。
まぁ、教会学校の引き継ぎも無事終わっているとのことで、そこらへんは教会としても寂しいながらも安心なのかもしれない。
最後に、送別会の閉会にあたって真理奈さんから挨拶がある。
「皆さん、今日は私のためにこの会を開いてくださったことを感謝します……。この教会には中学生の頃から十年間ほんとうにお世話になってまいりました。来週から主人の教会に移籍することにはなりますが……、これからも私の母教会として掛け替えのない、世田谷小羊キリスト教会。その皆さまにはどんなに感謝しても足りないくらいです。そしてこの場に導いてくださった主にも感謝します……」
途中から、涙ながらになりつつある真理奈さん。スピーチの途中で言葉に詰まってしまったと思えば、なんと突然号泣し始める。会衆一同もざわざわし始める。当然ながら悠介も驚く。何かしてあげることはできるかなと思いつつも、何も思い浮かばない。
そこで、牧師先生が真理奈さんをたしなめようと、彼女の元に向かう。牧師夫人の博子先生もハンカチを持ってきて、もう大人であるはずの真理奈さんの頭を撫でる。
「真理奈ちゃんが初めて教会に来られたときのことを思い出しますわね……」
中学生の頃の真理奈さん、教会に来るのに先立って、何かあったのだろうか。もちろん「新参者」の悠介にはそれを知る由はない。
そこでサンドラの一言が飛んでくる。
「マリナさん、泣かないで! また会えるんだよ!」
「……サンドラちゃん、ありがとう。皆さん、この十年間の皆さんとの日々は私の人生の……宝物です……」
牧師夫妻らにたしなめられて少し落ち着いた、真理奈さんはそんな言葉を残した。
真理奈さんの中学生時代に何があったのかはわかりませんが、それからの十年間の数々の思い出。教会学校への奉仕だとか、いろいろな教会員とのであい――それにはもちろん悠介も含みますが――、そして様々なイベント。いろいろなおもいでが彼女の脳裏によみがえってきたのでしょう。しかしサンドラの言う通り、教会員という立場ではなくなっても「また会える」んですよね。生きている限りは。




