表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/50

第四十六回:ダブルショック

 さて、茹でタコになった悠介が木陰で休んでいる間、ずっと真理奈さんはそばに寄り添ってくれていた。

 熱中症になってしまったというほどではなかったのだが、「なりかけ」にはなっていたのかもしれない。

 それは容赦ない真夏の日差しのせいだけではなく、十日町の軽いからかいのせいでもあるのだろうか。


 悠介が真理奈さんと一緒にバーベキューの準備をしている教会の皆のところにやってくる。

 サンドラと見附さん、十日町も待っていた。

「あ、タコユウスケ、戻ってきた!」

「おいおい、サンドラ。あんまり悠介君のことからかっちゃダメだぞー」

「ははっ、サンドラちゃんと相川君ってやっぱ仲良さそうだね」

 今日は子どもたちもワラワラと。幼児から高校生まで二十人近くだ。それと大人を合わせて五十人ほどの参加である。


 十日町はバーベキューの準備では活躍であったとのことだ。さすが、バーベキューのベテランである。そんな十日町は悠介に近づいてささやくように言う。

「相川君と一緒にいたあの女の人が同世代の新婚さんって人か?」

 真理奈さんのことだ。悠介は真理奈さんに「惚れた過去」のことを悟られまいといわんばかり慎重に話す。

「……うん、そうだね。あの人は保育士さんなんだけど、新婚さんというか、結婚されたのもう去年かな」

「そうなんだ。旦那さんも教会に通っているのかな」

「新宿にある教会の人で、東京都の公務員だって聞いてるけど、実際に会ったことは……」


 そこで、マイクを持った牧師先生からポータブルスピーカー越しに声が掛かる。バックグラウンドには蝉の大合唱が響いている。牧師先生は白地に「Jesus is LOVE」と筆文字風に書かれたTシャツに赤いショートパンツ、帽子にサングラスと、普段の礼拝のときには見せないようなアウトドア仕様の服装をしている。

「えー、そろそろ準備がなんとか整いましたね。そろそろ開式といたしましょうか。皆さん、今日はとくに暑い日となりましたが、ようこそお集まりくださいました」

 そこで「鶴の一声」といわんばかりに、子どもたちもいる中ではあったが、さっきまでのざわめきも十秒か二十秒で収束した。続けて牧師先生が。

「さて、バーベキューを始める前のお祈りの前にですね。皆さんにご紹介したい方が幾名か、いらっしゃいます。まずは、魚沼真理奈さんの旦那さんですね。魚沼信也さんです」

 牧師先生から魚沼信也と呼ばれた男性にマイクがわたる。

「どうも、皆さま、はじめまして、ですかね。真理奈の夫の魚沼信也と申します。世田谷小羊キリスト教会の集まりには初めての参加です」


 魚沼信也さん。ある意味、悠介にとっては真理奈さんを巡っての「恋敵」という関係にあったといえるのかもしれない。いや、同じ土俵に立っていたわけではなく、そもそも向こうは気づいてさえもいないのだけれど。真理奈さんにすら悠介のラブレターは届くことがなかったのだから。

 信也さんは中肉中背で、落ち着いた穏やかな声の持ち主である。今日こそはTシャツにジーパン、帽子姿の信也さん。誠実そうな印象は確かに受ける。真理奈さんのお相手としてふさわしい方だなと悠介は思う、というか思うしかなかった。

「実は本日はちょっとご報告がありまして。この十月からですね、妻の真理奈も僕と同じ新宿の教会のほうに移籍することになりまして……やはり、夫婦ですから同じ教会に通うべきと我々の牧師先生からも言われたものでして……」


 ここで真理奈さんにマイクがわたる。暑い中だが薄手の白いワンピース姿である。

「今、夫から報告のあった通りでございます。この教会には中学一年生の頃に導かれてから今年でちょうど十年になります。中学卒業時には洗礼を受けさせていただいた母教会でもあり、これまで大変お世話になってまいりました。ですから、移籍することは大変残念ではありますが……」

 悠介にとっては、またもやのショックである。なんと、十月から真理奈さんはこの「世田谷小羊キリスト教会」からいなくなってしまうのだ。続けて真理奈さんが。

「そして、もうひとつご報告が。このたび夫との間に新しい生命を授かりました。私も来年二月の予定で、母親という立場となることになりました」

 なんと、真理奈さんは妊娠中だと。悠介、ダブルショックといったところだろうか。

 周りも少しどよめきはじめている。何せ、教会学校の担い手としても要だった真理奈さんが移籍することになったのだから。


 しかし、それが自分にとって何だというのか、と悠介は再考してみる。真理奈さんは他人の妻であり、母親となることまでが決まった人なのだ。もちろん悠介なんかには移籍を遮る権利なんてあるわけがないのだし。

「ユウスケ、ダイジョウブか?」

 サンドラの声が飛んでくる。ふと、我に返る悠介。気がつくとちょうど十日町がマイクを持って、皆の前で自己紹介をしているところだった。

「僕は相川悠介君と同じ職場の先輩で……、というか相川君の友達の十日町颯って言います。バーベキュー大好き人間で、そのへんについては二十一歳にしてベテランっす。今日は相川君に誘われて来ました。よろしくお願いしやーす」

 更にそのあと祈りの時間が持たれた。今日のバーベキューが安全に進むことをはじめ、真理奈さんの移籍の件と妊娠中の母子の健康などについてをも含む祈りが。

 当然ながらではあるが、悠介には真理奈さんのことについてはどうすることもできない。ただ、みんなと一緒に溶け込んで祈るしかないのだ。


 そして、牧師先生の一言でバーベキューの火蓋が切らされる。

「というわけで、皆さん。今日は熱中症にはくれぐれも気をつけて、バーベキューを楽しみましょう! ハレルヤ!」

 真理奈さんは悠介、いや悠介のみならず教会員皆にとって「心のオアシス」的な存在ではありましたが、誰も彼女の移籍を止めることはできません。とくに悠介は真理奈さんに恋心を抱いていた時期もあっただけに妊娠をも含むこのたびのショックは大きいでしょう。それでも悠介は客観的に自分のことや現実を見つめることが前に比べてできるようになってきたのではないでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ