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第三十六回:タラント

 母の日の日曜日。その日の青年会。

 サンドラ一人が加わっただけで、これまでの二倍、三倍賑やかなものとなったのかな、と感じる悠介。

 賑やかなシーンというのを、普段はどうも苦手としている悠介ではあるが、この場所であればそう苦痛も感じない。むしろなんだか楽しいのだ。


 その日、悠介は教会の帰りにカーネーションを母親の優子のために買って帰った。もちろん束で買うとなると悠介には高すぎるので、ほんと一輪だけ、ではあるが。こういうものは気持ちだけ伝わればいいのだからと心の中で言い訳をする悠介。

 悠介の帰宅後、それを受け取った優子は驚きはしたが、笑顔を見せて「悠介、ほんとうにありがとう」と言ってくれた。一輪の花とはいえどいわゆる「サプライズ」。そんな一輪の花の「贈呈シーン」、それを恵介もにこやかに見守っていた。恵介は「じゃあ、来月の父の日には。そうだな。ビールでも、一缶買ってきてもらおうか……」と冗談めかしつつ言った。



 それからの悠介、ほぼ毎週のように教会でサンドラと顔を合わせることになる。サンドラには、たまに日曜日も仕事があるということで、青年会のために午後から来たり、逆に午前中の礼拝が終わると帰ったり、また全く顔を見せなかったりということなどはあったものの。


 六月になり、悠介は自分の誕生日を迎えて二十二歳になった。その頃のある日曜日、教会での礼拝後の報告のとき、胎内改め魚沼真理奈さんの結婚式も前日の土曜日に無事行われたということを悠介も聞いた。それまでは悠介の中で、まだ少し複雑な感情が入り交じってはいたが、元々「叶わぬ恋」ではあったのだと思うと、その複雑な感情もなんとか吹っ切れるものではある。その週は「新婚旅行」のため真理奈さんはいなかったが、翌週の日曜日に真理奈さんと顔を合わせたときに、悠介は改めて「おめでとうございます」のひと言を掛けることができた。


 さて、六月を過ぎれば、もうすぐ今年一年も折り返し。クリスマスまでもあと半年、つまりは、クリスマスとクリスマスの中間点でもある。

 それからさらに時が過ぎる。梅雨が明けて、蒸し暑い盛夏がやってくる。子どもたちにとっては夏休みの時期だ。教会の「こどもチャーチ」でも夏期キャンプなどのイベントがあった。あいにく、悠介は「年中夏休み」みたいなものとはいえど「大人」なので参加するわけにはいかないが、真理奈さんなどは先生役として同行したようだ。今年もまた例年並みかそれ以上に暑かった夏。それも峠を越え、次第に秋が近づいていく。子どもたちの夏休みも終わり、学校が再開する。

 そんな時間の流れの中でも、毎日「暇」なはずの悠介は、日々ふと思い出したように聖書を読んで、そして日曜日は教会に通うというルーチンを再開し、それを続けていた。たまに身体がだるかったり、天候が悪いためなどで礼拝に欠席することはあったものの。


 しかし、聖書を読んでいると、疑問が次から次へと生まれては積もっていき、それが山のようになっていくものではある。

 とくに最近、悠介が気になっているのは「タラントの話」という新約聖書の「マタイの福音書」という部分に出てくる「神の国」についての例え話のひとつとして語られているところだ。ちなみに「タラント」というのは紀元前後に使われていた黄金の価値や財産を表す単位で、いうならば「生涯賃金」にも相当するくらいの大きな額ということではある。これは「タレント」――日本では「芸能人」を意味することが多いが――「才能」という意味をもった英語の語源となっているらしい。

 聖書で語られているエピソード。主人が三人のしもべにそれぞれ五タラント、二タラント、一タラントを預けて旅に出かけた。しばらくの年月ののち主人が帰ってくると、五タラント預かった者はそれを元手に商売を始めて、さらに五タラント儲けていた。つまり財産を二倍にしていた。同様に二タラント預かった者もさらに二タラント儲けたと。しかし、一タラントしか預からなかった者は、どうせ少ししか預からなかったのだから、商売をして儲けを得ても、どうせ主人に返さなければいけないから、と預かった一タラントをそのままにしておいたという。帰って来た主人は、五タラントと二タラントを儲けたしもべを大いに褒めた。だが、一タラントをそのままにしておいたしもべに対しては、大変な怒りを表したという。


 だが悠介の主観で言うならば。「そりゃ、少ししか預からせてもらえなかったのだから、ひねくれるのも無理はないんじゃないかな。そもそも、なぜ主人はあえて三人のしもべに対し、自分の財産を預ける量をそれぞれ差別したのだろうか」と。

 それとも、やはり主人はしもべを「差別」した理由は彼らの能力や今までの実績に応じてだということなのか。それならまだ納得はいきそうである。一タラントしか預けなかったしもべのことは最初からそう信用していなかったということになるのだから。


 今の悠介、自分に対して働きもしていない、才能のない人間だと思いこんでいる。それだけに尚更に、引っ掛かるところではである。

 進学校であるQ学園を出ているからといって、高卒は高卒。大学には入ったことさえないのだ。そして、無職は無職。それ以上のなんだというのか。悠介はまるで戒めるかのように自分にそう投げていた。

 「タラントの例え」。この辺は私自身も感じていた疑問ではあります。

 聖書には「例え話」が満載ですが、ときには、というかしょっちゅう解釈に困ってしまいますね。

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