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第三十回:牧師先生との面談

 翌週の水曜日が来た。午後から牧師先生との面談を控えている。また引きこもりがちに戻ってしまった悠介。久しぶりの外出である。


 世間様では来週の週末から、いわゆるゴールデンウィークが始まる。風薫る五月も迫るこの時期、春というよりは既に初夏の到来さえ感じられる過ごしやすい好天が続く時期だ。姉の玲奈とその彼氏というか婚約者が、実家訪問に来ることも決まっている。五月三日の午前中のうちに東京に来て、その日は相川家に泊まるとのことで、双方の実家の両親の承諾も得たらしい。翌日四日はホテルを予約してあり、東京観光などをして、五日の夕方に帰るということだ。ほんの一泊だけなのだが、悠介にとっては「姉夫婦」……いや、まだ夫婦にはなっていないけれど……何せ、玲奈と顔を合わせるのが憂鬱ではある。

 そして、胎内真理奈さんのことも。あの人の婚約発表からひと月あまり。六月に予定しているという結婚式に向けて準備でお忙しい頃だろうか。そもそも、無職引きこもりという立場にある悠介がなぜ真理奈さんを好きになって、そしていくらダメ元とはいえど告白までしそうになったのだろうか。あのとき婚約の告知があってよかった。そうでなければ……などと、ここ数日いろいろとおもいを巡らせていた悠介。昼前に家を出て自転車を飛ばす。幸い天気も悪くなく、よかったと思う悠介。自転車に乗るのですら久しぶりなのだ。


 この日、悠介のお昼は久々の外食。教会近くの例の鶴角製麺で済ませた。今日は平日なのでお客さんの中でもサラリーマンっぽい人の割合が多い。今の悠介は実家で両親に寄生している身分。お小遣いとして家事の手間賃をときどきもらうくらいだ。そういうわけで、鶴角製麺ですら「たまの贅沢」ではあるのだ。

 たまの贅沢な昼食を終えた悠介が教会の入居しているビルの前に着いたのは十二時四十分、約束の時間の二十分前だった。ちょっと早かったかな、と思いつつエレベータで二階に上がる。二階に着いたエレベータを降りる悠介、教会のその空気自体に懐かしさを感じてしまった。ひと月余りぶりに来る教会、しかも平日に来るのは初めてである。


 日曜日であれば教会員の持ち回りで受付をしている長机。悠介はそれに置かれている呼び鈴を鳴らす。しばらくすると牧師夫人の博子先生が出てきて、続いて牧師の修先生が出てくる。

「あぁ、どうも。相川君。いらっしゃい」

「あ、こんにちは……。お久しぶりです。お邪魔します……」

 牧師先生が三階の第二研修室、いつもは青年会を行っている部屋へ悠介を案内し、修先生と悠介研修室の机に向かい対面で座る。そして、そこへ博子先生がクッキーとお茶を持ってきてくださった。


「さて、何か悩み事がおありとのことですが、ズバリ話してもらえますかね」

「いえ、まぁ、漫然とでよければ。あれですけど……」

「いや、できればズバっと話してもらいたい。その方が聞く方としても、こういっちゃなんですがラクですからね。それに神さまにとってみれば相川君の心の中の思いはすべて筒抜けなんですよ」

 神さまは人の心の中まで監視しているとでも言うのか。いやぁ、それなら自分なんて天罰を喰らうのではないかなぁ、とちょっと恐ろしくなる悠介。

 でもどうせこの部屋には修牧師と自分しかいないのだからということで。悠介は思い切って自分の胸の内を「牧師先生に告白」することにした。

「じ、実は、胎内さんのこと好きになってしまって……」

「あぁ、そういうことですか。確かに彼女にならね、教会の人みんな好意抱いていますよ。人当たりもよろし、器量よろしで。何せ若い女性となれば必然的に、ですね。相川君だけじゃないですよ」

「好きになると言っても……、恋心なんです。実はこないだ、最後に礼拝に出たときには、ラブレター書いて持ってきたのですが、渡す直前に婚約が決まったと発表されて……。そこで失恋というかなんというか、その……」

 もじもじしながら答えた悠介。修牧師はちょっと驚いた顔を見せつつも。

「そうだったのですか、それはお気の毒に……。まぁ、相川君は胎内さんと同世代ですからね」

「……僕と同い年とのことです」

「まぁ、人間関係いろいろありますから、相川君はまだ若いしこれから良いこと、人生にまだたくさん待ち受けていますよ」

「で、罪の告白もしたいんですけど」

「罪、ですか。『合わせる顔がない』とか仰っていたのは、それに関することなんですか」

 ここはちょっと「告白」するのに勇気がいるけれど。悠介はおそるおそる言う。

「ええ、やっぱり女の人、ましてや婚約まで決まっている女性でマスターベーションしたりするのってよくないですよね……」

「相川君……。君はじつに人間らしいお方ですね。そういうことは、ただ私だけに話すだけでもかなり勇気が要ったと思います。話してくれてありがとう。でも、みんな日々の生活をおくる上でそれと同じような背徳感は抱えているはずですよ。それを罪だと認識さえしないだけで」

 ニコニコしながらそう答えた修牧師。その表情を伺って少しだけ安心する悠介。

「なんか旧約聖書のオナンの話とか思い出しちゃって」

「お? こりゃまた、たまげましたね。まだ教会に初めて来られて半年経たない方にしては、よく聖書を勉強なさっておられるんですね」

「もともと勉強は好き……いや、苦にならないほうなので……。それに有名じゃないですか。『オナニー』という言葉の語源ともなってるくらいですから」

「そういえば、相川君はQ高校出身でしたね。なるほど、なるほど……」

 自分がもし「牧師さん」という立場だったら、こんなふうに答えるかな。私はまだキリスト教の何もわかってはいない者ですけれども。

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