第二十六回:失恋?
そして、バレンタインデーから更にひと月が経った。三月半ば、ホワイトデーの時期になっていた。厳しかった寒さもようやく緩み、桜のつぼみもほころび始め、春本番ももうそこまで来ている時期である。
ホワイトデーの週の日曜日。悠介は胎内さん宛に今の自分の「想い」を書いた手紙をカバンに入れて自転車で教会に向かった。悠介自身の「想い」、つまりは好意を示していますということを伝える手紙である。とはいうものの、求愛というよりは、まずはお友達として今よりも仲良くして欲しいという、いうならば「段階」をも想定しての内容の手紙である。こういう手紙を書くこと自体悠介の人生では初めてなのだから、うまく書けてはいるかとか、そもそもこの手紙は胎内さんにどう思われるか、とか心配事も尽きない。しかし、その心配事の裏にももちろん一縷の希望はある。義理チョコのお返しというにはふさわしくはないであろう悠介からの「アタック」ともいえるこの手紙。それを送ろうというのも「清水の舞台」ならぬ「大聖堂の祭壇」から飛び降りるくらいの覚悟からの決断からである。
皮肉なことに、悠介の大決断は胎内さんからの返事を待たぬうちに失望に終わることになってしまった。悠介は胎内さんに手紙を渡すこともできなかったのだ。悠介は、その日の礼拝が終わった後の青年会。それが終わったあとに胎内さんを呼び止めて手紙を渡すつもりでいた。
その週の礼拝、もう少しで礼拝が終わるというとき、例によって報告がある。そこでなんと、胎内さんの婚約が成立したということが伝えられたのだ。相手は魚沼信也という東京都職員で、新宿にある教会の信徒。胎内さんより六歳上の二十七歳だとのことだ。この六月には結婚することになるらしい。胎内真理奈さんは魚沼真理奈さんになってしまう。
悠介は今までの人生では経験もないような動揺を味わってしまう。高校時代に劣等生に落ちぶれたときとも、「万引き作戦」のときとも違った別の種類の大きな衝撃。それでもなんとか、かたちだけ胎内さんに「ご婚約、おめでとうございます」とだけは告げたが、青年会はパスして教会を後にする。手紙は渡さずに持ち帰り、家に帰ってからすぐに自室のゴミ箱に捨てた。
相川悠介、二十一歳。人生で初めて味わう「失恋」であった。手紙を渡す前に婚約の報告があってまだよかったのかもしれない。仮に手紙が渡っていようものなら、胎内さん、というかこれから苗字が変わる真理奈さんにも余計な気をつかわせてしまうだろうから。
そんなことがあった翌朝。悠介は真理奈さんを夢の中で見てしまった。
限りなく闇に近い、暗い暗い道を歩いている悠介。どこまで行っても暗いまま。そこで光を放つ雲のようなものが悠介の目の前に現れる。悠介のほうも思わずその光の雲に近寄る。光の雲と悠介の距離が手が届くくらいにまで狭まったとき、雲が晴れ、そこから現れたのは全裸の女性、それも真理奈さんだった。悠介が何も手出しできずに、その場に立ち尽くしていると、真理奈さんのほうから悠介に近づいてきた。そして、悠介は真理奈さんにやさしく抱擁されようとする、そのところで目が覚めた。
悠介の「想い」。おみごと玉砕ですね。これも筋違いの「恋」だったのかな。そういうわけで、このお話もそろそろ「変曲点」に向かい始めます。乞うご期待。




