第二十四回:両親同伴
それからさらに一週間経った十二月最初の日曜日の朝。恵介の「調査」の結果、「世田谷小羊キリスト教会」はカルト集団ではないだろうという結論に至ったので、今日は相川家の親子三人で「世田谷小羊キリスト教会」へ向かうことになる。
まだ四回目だが「いつも」の道を、今日は恵介の車で教会へ。助手席に座った悠介は運転する恵介のナビ係になる。優子は後部座席へ。
車の中で優子が話し出す。
「教会なんて何年、いや何十年ぶりかしら。私も小学生の頃、一年ほどの間だけど教会に英語を習いに行っていたんだよ。そのときに聖書やキリストについてのお話も聞いてきたのよ」
それに代わって恵介が。
「まぁ、定期的に外出する習慣は悪くはない。うち、というか俺は一応は仏教徒ではあるけど、悠介にとってはキリスト教会に通うことは悪いことではないだろう。あくまで遊びに行く程度であったとしても、どこかに定期的に通うこと、それを続けることは大事なことだ」
「お父さんも実は子どもの頃キリスト教系の幼稚園に通っていたらしいの。まぁ、今の悠介にとっても教会でためになるお話などを聞いて、生きていく上での心掛けを変えようと努力するのも悪くはないわね」
「ああ、お昼の弁当の時間の前には必ず、天のお父様云々……、そしてアーメンと唱えさせられていたのは今でも覚えている」
それを聞いて、悠介はいつぞやにこっそりと覗いた父親のクローゼットの奥にあった本棚にすっかり古びた聖書があったのを思い出す。「相川恵介君 卒園記念」と裏に書かれた聖書を。
最寄りの有料駐車場に車を停めてそこから降り、教会のほうへ向かって親子三人で数分のあいだ歩いて教会に向かった。
悠介が両親同伴で教会を訪れた、更に翌週の日曜日もまた悠介は教会を訪れていた。
十二月も第二日曜日になり、いよいよクリスマスが迫ってきた。悠介の「教会初訪問」からもひと月である。
この週は第二日曜日であるので青年会のときがもたれた。翌々週の第四日曜日はいよいよクリスマス直前の日曜日、クリスマス礼拝である。そのときの青年会の出し物であるコーラスの練習も大詰めだ。伴奏者の胎内さん曰く、毎週毎週の練習ごとに皆、目を見張るように上達しているとのこと。
お昼十二時前に礼拝が終わって、午後一時からの青年会が始まるまでの「お昼休み」の時間。悠介は第二研修室で、母・優子の作ってくれたお弁当を食べながら、胎内さんや見附さん、柏崎さんらを含む青年会のメンバーらと時間を過ごしていた。
「相川君、お母さんが作ってくれたお弁当かい?」
悠介の食べていた手作り弁当のほうを見ながら見附さんが言った。炊き込みご飯とカツレツに玉子焼き、そしてミニトマトにほうれん草のごま和えなど栄養バランスも悪くない。
「はい、今週からお昼が必要なときは弁当を作ってくれるということになったので」
「いいねぇ、俺なんか今日はコンビニのサンドイッチと野菜ジュースだぜ。これでも結構高いんだよなぁ」
わずか一週間の工場勤務のときもそうだったが、悠介が高校生だった頃も優子が毎日のお弁当を作ってくれていた。だが、かの「万引き事件」が過ぎて更にしばらく経った、一年生の終わり頃、正月が明けた頃から悠介はそんな優子への反発心だったのだろうか。お弁当を作ってもらうことを拒否するようになった。弁当を作らなくていいから、その代わり毎日昼食代としてお小遣いをくれ、と。購買のパンとかで済ませたいから、と。
万引き事件のほとぼりも落ち着きつつあったその頃だったが、優子は心配ではありながらも弁当の代わりに毎日五百円の昼食代を悠介に渡すようになっていた。一方の悠介から見れば、この母親の手作り弁当から卒業したいという気持ちは思春期特有というものであろうか、「親離れ的な何かをしたい」という気持ちから、というのではあった。
「先週、相川さんのご両親にもお会いしましたけれど、お二人ともとても優しくて理解のあるご両親だな、と思いました」
「そうそう、義理堅いというか、礼儀正しい方だったし。こう言うのもなんだけど、やっぱり悠介君のようないい子のご両親だけあるよね」
ここで胎内さんと柏崎さんが口々に言った。
こういった思春期だからこその反発、私にもありましたっけ。ただ二十一歳にもなれば、それから少しは「成長」しているはずですが。




