第二十一回:アイドルって
さらに翌週。十一月の第四週。悠介が教会に通い始めて三度目の日曜日。今日もまた胎内さんや見附さん、柏崎さんら青年会員をはじめとする教会の皆に温かく迎えられた悠介。
そして、今日の礼拝、牧師先生の説教内容は「アイドルについて」だった。
「えー、皆さん。人間誰しも、とくに若い頃には情欲というものがみなぎるものでして。その抑えられない情欲をいわゆるアイドルというものに注ぎ込んでしまうということも多いようです……。さて、アイドル、といえば、そうですね。女性アイドルならば、最近の人気はAKB48とか、ですか。あと、乃木坂46なんてのも聞きますが、私はあいにくその辺は疎いものでして。少し前はモーニング娘。とかが人気だったようですが……。私らの若い頃にもピンク・レディーとかキャンディーズとかいましたね……。イヤハヤ……」
博子先生はそこで、壇上で説教をしている夫の修牧師の方に向かってちょっと睨みをきかせるような素振りを見せたのだった。
「まぁ、時代は変われど、アイドルというものが世間の人気を集めるのは必然的な現象であるのかもしれません。しかしですね、『アイドル』という言葉のそもそもの語源は何か、皆さんご存知でしょうか」
「名門高校」を一応は出ている悠介ならその答えはなんとなくわかった。英語の先生である柏崎さんもご存知だろう。
「ズバリ、『偶像』ですね。発音は似ていますが『アイドリングストップ』とかの『アイドル』というのとは綴りが違うようですね。この辺については私も柏崎君からご指摘いただいたりいたしました……。
アイドル。発音は日本人にはなかなか区別が付かないくらいまで似ていますが、柏崎君からのご教授によりますと、IDOLとIDLEというふたつの違ったスペルの単語で違うものを指すようです……。いわゆる『人気者』――正確には『偶像』という意味ですが、こちらはIDOL。IDLEのほうは『アイドリング』とかの『アイドル』で、こちらは『使用されていない』『仕事をしていない』『遊んでいる』というような意味合いを持つようです。車の『アイドリング』は停車していて、エンジンが空回りしている、まさに仕事をしていない状態のことですから……」
「仕事をしていない」という言葉。それはただそれだけで妙に今の悠介の心に突き刺さるところのものとなってしまった。別に、牧師先生はニートの状態にある悠介を茶化して、そのことを言われたわけではないはずなのではあるが。
そこで今、名前の出た柏崎さんの方向にも目をやる悠介。柏崎さんは牧師先生の方から目をそらしがちに複雑な表情をしている。海外生活が長い割には、なんだかいかにも日本人らしい柏崎さんのそのリアクションが、悠介には滑稽に思えてしまった。
「ええ、さて……」
ここで修牧師は声色を少し変え、内容を強調するかのように続けての言葉を発する。
「聖書ではもちろん偶像礼拝ということは禁止されています」
修牧師は続けていく。
「偶像といいますと、皆様のなかには、はにわとかトーテムポールのようなものを最初に思い浮かべる方が多いかもしれません。仏教においては仏像だとかそういうものでしょうか。多くのいわゆる宗教というものにおいては、礼拝対象として偶像というものが設定されているようです……。
しかし、我々はそのようなものを具体的なかたちとして、持っていませんね。ただ、命をお捨てになられたほど、我々を愛してくださったイエスさまの愛。それを確信し、イエスさまを信仰し、イエスさまに依り頼むこと。これこそが我々にとって何よりも大切なことであります」
「確かに、いわゆるアイドルという存在というのは我々の目には魅力的に映るかもしれません。しかし、彼女ら彼らも我々と同じ人間であります。アイドルは偶像だ、などというと、それらの言葉の一般的な定義に当てはめれば、若干の違和感を感じられるかもしれません。まぁ、好きな芸能人という存在がいることに関して。またそれがある意味心の支えとなることに関しては、私は否定しませんし、私自身にも……、まぁ妻も居る前でこう告白するのもなんですが、私個人的に今でも良いなと思う芸能人は何人かいます……」
この台詞の途中で、博子先生にまたもや睨みをきかされたのに気がついた修先生は、更に慎重に残りの台詞を続ける。
「情欲をもって異性を見ることもまた聖書では禁止されていますが、何せ人間というのは弱いものですよね。ただ、アイドルというものを私財を投げ打ってまで、などと過度にあがめるほどに熱をあげるのは、クリスチャン生活としてはどうなのだろう、と私は思います。我々が本当にあがめるべき存在はただひとつ。救い主として来られ、磔になって愛を示された、イエスさまだけです、ね……」
真面目に説教を聴いていた「教会三回目」の悠介。修牧師に対しての疑問も二、三、彼の中で生まれてきたようだ。
「ですから、皆さん。とくにお若い青年会の皆さん。世の中のアイドルなんぞに熱をあげることで、信仰心のアイドリングをしていてはいけませんよ。まぁ、かくいう私も若い頃はと申しますと……、イヤハヤ。まぁ、そういう経験ゆえにのアドバイス、であります……」
修牧師のその台詞に対して会場内から地味ながらも笑い声が上がった。
そこで悠介は思う。「アイドルに熱をあげる」かぁ。悠介は悠介で実在のアイドルには、そこまで興味があるわけではないが、アニメのキャラクターに時々「萌え感情」を抱くこともある。そういうのもキリスト教では「いけないこと」なのだろうか。お金のない悠介はアニメなどのキャラクターを好きにはなったとしても、それに熱をあげるというほどの余裕なんてものはないのだが。
「IDOL」と「IDLE」の違いも、この部分を書いているときに、調べて発見したことのひとつです。私もまだまだいろいろと勉強不足だなぁ。




