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第二回:アパシー

 中学校までは「優等生」であった悠介は、高校への進学の際、東京都内でも名高い私立の男子進学校のQ学園に進んだ。その学校は本来中高一貫校であるが、悠介は高等部への編入試験に合格し、高校一年次より編入することになった。

 そんなわけで、めでたく進学校の生徒になった悠介であったが、編入早々挫折を味わうことになる。周りの生徒は中学一年次よりこの学校独自のカリキュラム、いわば英才教育を受けており、世間の一般的な生徒より一年ばかり進んだ学習内容を学んでいた。この差につまずくことになったのである。そういったこれまでのハンデに加えて、満員電車を乗り継いで都心へと毎日通わなければならない通学の忙しさ、更に思春期特有ともいえる無気力症候群に陥ってしまった悠介は成績を落としゆくことになる。高校一年生の最初の定期試験から、悠介は学年で下から数えて十指に入る成績を取ってしまった。


 そのことで悠介は両親から強い叱責を受けることになる。父親の恵介からは「お前には俺の息子である資格はもうない」と、母親の優子からも「もうお父さんみたいな立派な大人になれっこないわね」と強烈な言葉を喰らった。これらは親としても若干配慮に欠けている「言葉の暴力」に近いものかもしれないが、相川家では教育に関してそれほど厳しかったということである。


 両親から強烈な叱責を喰らった日から数日後に実施された、初夏のレクリエーションの日。学年全体で上野の博物館巡りをした。国立科学博物館、東京国立博物館、国立西洋美術館。

 博物館の展示物を眺めていると時をも忘れそうだ。社会科の教科書を通してでしか知らなかった歴史の遺物が、レプリカかもしれないけれど目の前にあるのだ。何百年ものときを経てきて、なお現代に残る歴史的遺産の数々。展示物のひとつひとつから、悠久の歴史のロマンを感じずにはいられない。こういうところの学芸員さんにでもなれたらなぁ、と悠介は思う。

 皆のうち多くが数人ずつのグループを作りながら博物館を回る中、悠介は終始ひとりで回っていた。そのように展示物を眺めていたほうが他の者に気を遣わなくて済むし、マイペースで観られて楽しいのだ。「劣等生」となってしまった悠介は既にクラスでも孤立してしまっているので、ひとりで巡る以外の選択肢はないからでもあるのだが。


 集合時間が迫る。何百年もの歴史を経てきた数多くの展示物も、たったの数時間で俯瞰してしまわなければならない。こんな日に限って時間の過ぎるのが非常に憎い。普段の授業中は一分一秒でも早く終業時間にならないか、時よ早く進めと思いつつ教室の時計とにらめっこしているというのに。

 西郷さんの像の近くに集合することになっている。博物館を出て集合場所に向かう途中、ホームレスを何人も見かける。草むらの上に毛布一枚も敷かずに寝転がったり、その辺を宛もなく風呂敷一枚を背負ってうろうろしたりと。鼻につく異臭を放ちながらホームレスが移動していく。俺も勉強しないままでいると、無気力なままでいると、いずれはこうなるのかな、と悠介は思ってしまった。彼らだってできれば風雨を凌げる暖かいお家が欲しいだろうに。せめてお風呂に入って、まともなご飯を食べたいだろうに。



 夏休み、といってもお盆の一週間ほどの期間を除いて名目上「任意出席」の補講が平日のほぼ毎日学校であったが、悠介は「任意出席」の補講には一日も出席しなかった。名目上は任意とはいえどほとんどの生徒が出席しているというのに。ここで更に他の生徒と差がついてしまうことになる。

 補講の形式は普段のクラス別ではなく、各科目それぞれ習熟度別に開講されていて、各生徒の希望で講座を選ぶことが出来た。その中には悠介のように高等部から編入した生徒、或いは最近成績を落としてしまった生徒向けに授業を行っている講座も存在した。「劣等生」の汚名を返上するには、夏休みの習熟度別の補講はまたとないチャンスでもあったわけだ。


 その期間も過ぎ、九月になり二学期が開始された。同時にクラス編成も普段のものに戻った。夏休みに補講に出席しなかった悠介にとって更に頭を抱え込まなければならない日々が始まった。もう学校なんて辞めてしまいたい、だけれど自主退学するなんて言ったら親はどんな顔をして、なんと言うだろう。

 「優等生」だったはずが、いざ進学するとアパシーに。これも「進学校」(「自称」が付くところも含む)あるある、ではないでしょうかね。悠介のお気に入りの博物館は私にとってもお気に入りです。また私の「かつて」を悠介に反映させたのでした。

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