第十九回:いい声の持ち主
そこで、悠介にも胎内さんからのお誘いの言葉がかかる。
「相川さんも、是非コーラスに参加してくれると助かります」
その次の瞬間、悠介の反応を待たずして、自然と残りの青年会員から拍手がわき起こる。これは「はい」と答えざるを得ない状況であろうか。
胎内さんが研修室にあったシンセサイザーの前に座る。胎内さんが伴奏者となり、他の皆で声を出して歌うということになる。曲目などを確認されたあと、さっそく今回の練習の時間に入ることになる。賛美歌の歌詞の書かれたプリントが全員に配られる。教会に通いなれた人にとってはおなじみの賛美歌なのかもしれないが、悠介は初めて耳にするようなものである。「もろびとこぞりて」などは有名だから聴いたことはあるけれど。
なかなか皆とハーモニーを合わせつつ、というのが出来ていないのかなぁと、歌いながら自分の濁声を恥じながらも、なんとかついて行こうとする悠介である。
選ばれた曲目を全てひととおり練習したあと、胎内さんから講評が掛かる。
「皆さん、いい声をお持ちですね。この調子だと思います。では、もう一度歌い合わせをしましょうか」
もう一度全ての曲目を皆で歌う。こうやって男女の集団でコーラスの練習をするというのも中学校の卒業の頃以来六年ぶりか。高校は男子校だったこともあり、コーラスなんてしなかった記憶がある。
「初めての方もいらっしゃる中で、皆さん上出来です。もちろん、いくつか気になる箇所はありましたが……。また来週からも練習に参加してくださいね」
胎内さんからそう声が掛かった。三十分余りコーラスの練習をしていたようである。時刻は一時半を少し過ぎていた。
胎内さんが司会を続ける。
「さっそくコーラス練習に入りましたが、今日も新しい方がお三方見えたということで。皆さん各自で簡単に自己紹介をしてもらいたいと思います」
他の人の自己紹介を聞きながら、悠介も簡単に身の上のことなどを自己紹介として話す。初めて会う人たちの前で、自分が二十一歳の引きこもりの、いわゆる「ニート」であることを公言するのも、なぜかこの場所ではためらうことも特になく自然に出来た。そして、他の人たちもそのことで悠介を莫迦にしたり、責めたりするようなことはせず、親切に聞いてくれているようだった。
「先程のコーラスの練習でも思いましたが、相川さんはとてもいい声をお持ちだと思いました。私たちには、相川さんの声が必要なのかなと思いましたよ」
悠介の自己紹介に胎内さんが微笑みつつ、そうコメントしてくれた。自分の声が必要だと言ってくれる人なんて悠介の人生で初めて現れたのではないだろうか。自分の声は濁声だ、そう思っていた悠介は驚きつつも、素直にうれしいと感じた。コーラスの練習はちょっと大変だけれど、自分の声が必要ならば、と。悠介は胎内さんの言葉をまさに文字通りに、だが好意的に受け取っていた。
各々が自己紹介をし終わったその後、毎回「ほぼ恒例」だというらしい聖書についての勉強会が軽く行われ、それが終わると時刻は二時半を少し回る頃になっていた。時間が過ぎたので、今回の青年会はこれにて解散となる。
悠介はとくに胎内さんと見附さんに対して感謝の言葉を述べる。
「今日はどうもありがとうございました」
胎内さんと見附さんがそれぞれ答える。
「また来週からも顔を見せてくださいね。待っていますので」
「うん、俺たちまた相川君を待ってるからね。なんなら友達を連れて来てもいいよ」
今の悠介には、友達らしき友達なんていうのも居ないのかもしれない。だけれど、この教会に通い続けていれば、教会で「友達」を作ることもできるのかな。ここには「青年会」というものも存在するのだし。
そんなことを考えつつ、また自転車にまたがって帰途に着く悠介であった。
おだてられただけなのか、本心からなのかはわかりません。しかし、私もコーラスに参加した際、悠介と同じく声をほめられました。もうかれこれ約二十年前のハナシになるのですが。