第十二回:教会初訪問
悠介自身は無宗教の立場をとってはいるが、宗教を完全に否定しているわけではない。むしろ、資本主義第一ともいえる今の日本社会の在り方について疑問を感じているのだ。
人生のあらゆる場面において、そのときどきの都合に応じて、巧みに様々な宗教を使い分ける日本人。死んだらほぼ自動的に仏教式に葬られるが、生前に仏教の真髄というものを知った上でのこと、であるとでもいうのか。神社参りに関してもそうである。キリスト教に関してもあくまで商業主義的な意味でクリスマスを歓迎し、その日を利用しているだけではないだろうか。形だけでもハイカラに見せようと結婚式をチャペルで挙げて、ヴァージンでもないくせに「愛の誓い」を「ヴァージンロード」の上で行うというなどというのについても然りである。
そのような風潮からクリスマスは「性夜」だという残念な認識が世間に生み出されたのではないだろうか、と。世間知らずであるはずの悠介、頭の中で日本人ってなんとも残念な民族だな、という認識を抱いてしまっていた。
そんな現代の日本社会へのアンチテーゼ的な意味も込めて、「本当のキリスト教」について少しでも知っておいても損はないのでは。そう思った悠介は、十一月の第二週の日曜日、ツイッターアカウント「こひつじちゃん」を運営しているという「世田谷小羊キリスト教会」を訪れることにした。
調べてみると、そこは悠介の家から自転車で二十分ほどの距離、つまりはわりと近場にあることがわかった。せっかくのわりあいご近所にある教会なのだから、試しに行ってみるのもよいではあろう、と。毎日のように面白い投稿をツイッターに上げている「黒羊」と「白羊」という「中の人」の素性も確認してはおきたいとも思ったのだ。
二十一歳の悠介が初めて教会を訪れた十一月の第二週の日曜日。礼拝は午前十時半からとのことだが、更にそれに余裕を持って九時過ぎには家を出た悠介。初めての訪問なので、牧師さんや教会員の人に挨拶などもしなければならないと思ったのもあって、である。
もう一ヶ月半もすれば今年もクリスマス本番である。それに向けて街は少しずつ華やいでくる、そんな時期である。悠介が商店街に沿ってまっすぐに自転車を走らせている、その脇に見られる商店などにも、クリスマスツリーやリースなどを掲げている店が多く見られた。
「世田谷小羊キリスト教会」まで自転車を走らせること約二十分。事前にウェブサイトで所在地の情報は調べておいて、さらに地図をプリンタで印刷して持っていったので、迷うこともとくに無く教会に着くことが出来た。
さて、教会であるが。悠介がイメージしていたような図とは大きく異なるものだった。
教会といえば西洋風の建築に三角屋根のてっぺんに十字架が付いているような建物を思い浮かべてしまうものだが、この教会は人通りのやや多い街道に面したごく普通の雑居ビル風の五階建ての建物に入居しているのであった。一階に「ベーカリー・マナ」というパン屋さんが入居していて、二階と三階に「世田谷小羊キリスト教会」が入居しているという。そして、四階は英会話教室、五階は企業のオフィスになっているらしい。二階の窓には十字架をモチーフにしたウィンドウサインが貼ってはあったが。
そのビルには駐車場こそはないが、駐輪用スペースならあった。悠介はそこに自転車を停める。ビルのエレベータ前には「教会にお越しの方は二階へどうぞ」と案内が書いてある。それに従って二階へ上がる悠介。
筆者である私がキリスト教会を初めて訪れたのも二十一歳になった年の十一月の第二日曜日でした。クリスマスを前に、というわけで。訪れようと思ったきっかけまでもが悠介に反映されています。