幕間・彼女の独り言
時間軸は『山中捜索』直後、つまりルイが気絶した後になります。
ルイを吹き飛ばして気絶させた女の子視点のお話しです。
「きゃあああっ!」
思わず考えなしの杖なしで魔法を放って男の子を吹き飛ばしたけど何事!?なんでここに人が来たの!?……っていうかピクリとも動かないけど、し、死んでないよね……?
私は慌てて男の子のそばにかけよると脈を取った。
「……取り敢えず大丈夫みたいね」
どうやら気絶しているだけみたい。大きく息を吐いて脱力すると、ちょっと冷静になった。そしてまだ自分が裸なことに思い至ると、彼をその場に置いて服を取りに行った。それで服を着て杖を握ると段々と心が落ち着いてきた。
「あの子、エリナって……」
そう、たしかにそう言った。久しぶりに聞く名前。……懐かしい名前。迷い込んできたあの子が何者なのかまだわからないけれど、話を聞いてみたい、と思った。何故ここへ来たのか、どうしてその名前で呼んだのか……それとも全部ただの偶然の一致なのかしら?とにかく彼の荷物検査、荷物検査……っと。
杖を構えておっかなびっくり戻ってもまだ気絶していてくれたから安心した。
「よーしよしよし……」
さーて、ではちょっと失礼して、荷物検査といきますか。荷と言っても大層なものはなさそうだけど。
「げ、杖持ちか」
荷の中でまず目についたのは杖だった。私の中で彼に対する警戒度がグンと上がるのを感じる。結構使い込まれている感じのする杖を散らかり放題の台所に投げ込み、私自身の杖を振って少しばかり食器類の位置を動かすと、彼の杖はどこにあるのかぱっと見にはわからなくなった。
「さて、次に取り出したりますは……」
ナイフ。うん危ない。私はそれも台所に投げ込んだ。あとは別に目を引くようなものはない。……終わり。これだけ?思わず荷を逆さにしバサバサと振ってみるとキラリと光るものが落ちた。金属音を立てて床に落ちてきたのは──。
「ん?コイン?」
拾ってみるまでもなかった。そのコインにはでかでかとミラリウの家紋が刻まれている。カタカタと震えて床に落ち着いたコインに私の警戒心は最大級に引き上げられていた。
「この男、何者?」
可能性として考えられるのは、この男がミラリウ家の者だということ。──いやいや、それはない。身なりや持ち物がこの男は貴族でないことを証明している。腕も怪我しているようだし、私の油断を誘うためにみすぼらしい格好をしているのだとしても貴族自身がこの役をやる理由がわからない。だとすると関係者か。もう一つ可能性として考えられるのは、このコインの紋様がミラリウ家の家紋によく似ているだけの偽物ということだけれど──。
よく確認しようと手にとった瞬間に、このコインがただのコインでないことを悟った。
「……追跡用の魔導具だわ」
同種のもの二つを対とすることで、片方がもう片方の位置を探知できるようになる追跡魔法。その追跡魔法がこのコインには細工されている。しかも追跡魔法がかけられているのを隠すために、魔力の痕跡を隠匿する魔法で上書きして。その仕上がり振りをみるに、かなり腕のいい魔法使いによる仕事だった。さすがミラリウ家といったところかしら。腕利きの魔法使いを抱えているわけね。
それにしても哀れなのはこの男。知ってか知らずか自分の位置を常にミラリウ家に知らせているこの男……。狗を使って狩りでもしてる心持ちなのかしらねミラリウの人間は。ああ、つくづく貴族って人種が嫌になる。きっと今頃片割れのコインを片手に葉巻でもくゆらせてニヤついているんでしょうね。
「ていっ」
若干の怒りもこめて杖でコインを小突いて追跡魔法を解除すると、ちょっとだけスッキリした。
彼がこの空間に侵入してきた時点で、おそらく向こうはテオ山から急に遠方へ瞬間移動したように捉えるはず。だからもう追跡魔法は用をなさなくなっていると思うけど、しかし貴族が、しかも「大」がつくほどの貴族であるミラリウ家がテオ山に興味を示すのは非常にまずい。「何かある」と確信を持って一斉捜索でもされたんじゃ、絶対に見つからないとは言い切れなくなる。一応非常手段もありはするけれど──。
「はぁ……」
黄昏を待つだけの平穏な日常に厄介事を抱えて飛び込んできた男の頬を私は杖の先で突いた。
「さてどうしてくれようか」