幕間・裏目のレオハルト
前回の幕間から引き続き、レオハルトの周囲のお話しになります。
レオハルトが宿場の主人と杯を重ねた夜、彼はそのままその宿に宿泊した。
その翌日のこと。日が高く登った空の下馬を飛ばし王都ガラリアへと戻ったレオハルトは王都防衛隊を統括するダグランド家当主に一通り報告を終えると溜まっていた事務作業に取り掛かった。
そして彼は夕刻になってもまだその作業に追われていた。
「ったく、なんでこうも書類溜まってるんだよ。俺が二、三日いないとすぐこうだ」
「……レオハルトさんがルイって奴の検分に出て行く前から溜まってましたよね」
そもそも定期的にレオハルトさんが処理しないから馬鹿みたく溜まるんです、とぼやきながら、そばの机で同じく作業をしていたディノがペンを走らせている手はそのままに、空いている手でメガネを押し上げた。
「隊長がいればこんなことには……」
智将と名高い二番隊隊長は現在王都にはおらず、一番隊とともに睨みを効かせるため敵国ネイリムとの国境付近の要所にいた。そのため面倒くさがって事務方をやらないレオハルトのせいで、隊の実質No.3であるディノにそのしわ寄せがきているのだった。
「はいはい。ディノくんは真面目だねぇ」
と、レオハルトは茶化すようにして紙をひらひらとさせる。そういえば、とディノは書類から顔を上げずに切り出した。
「流れてきたルイって奴の噂話のことなんですけど。結局、ほとんどがデタラメだったんですよね」
「ああ」
「一度なんでしたっけ、あの情報の部署の人に俺言っておきましょうか。『もっと上げてくるネタは精査しろ』って」
「『危急的事態情報管理局』な」
「それですそれ」
「いやいいよ、俺が行く。一応そこの局長と知り合いだしな」
「へえ、そうなんですか」
「ああ、ケイコって言ってな。そいつ、学園で教師やってるんだ。ほら、ネイリムの学生が追い出されたろう?それで学園の教師に余裕ができたもんだから、可哀想に、そいつ新設された部署の局長のイスを押し付けられたんだよ。午前は先生、午後は局長と毎日大忙し。俺なんかよりよっぽどできる人間だからそれをこなせるわけだが……あんまり強く言い過ぎるのは酷だ」
「なんすかそれ。俺が当たりキツイみたいな言い方じゃないですか」
一瞬、レオハルトの頭の中で何か違和感のようなものが駆け巡った。
「…………ん?」
「だーかーらー……」
四の五の言い出したディノを無視して、レオハルトは目を瞑って今自分の脳内に閃いた何かを捉えようとした。が、その閃きは一瞬のうちに霧散してしまったようだ。
「──レオハルトさん?」
「わりい、なんでもない」
わざとらしく肩で息を吐くと、ディノは話題をルイに戻した。
「それにしても、レオハルトさんが興味示したルイって奴。俺も会ってみたかったですよ。結構やるやつだったんでしょ」
「んーまあな。あの時は俺の下手な魔法に驚いてくれたから一方的にボコれたが……もうその手は通じないだろうし、単純な殴り合いならお前より強いかもな」
挑発するようにニヤリと笑ってレオハルトはディノを見た。だが彼はあっさりと受け流した。
「ふーん。そんな有望な奴だったんですか。別れちゃったの惜しかったっすね」
少々肩透かしを食う思いをしたが、レオハルトは鷹揚に応えた。
「いやあそれが会おうと思えば会えるんだよ。まあ、待つさ」
「は?『会おうと思えば会える』ってどういうことです?」
実はな、とレオハルトは前置きして書いていた手を止めた。
「追跡用の魔導具を渡してやった」
「はあ!?」
「夜の山の中に行くって言って聞かないもんだからな、一応念のために追跡魔法のかかったコインを渡してやった。それもケイコが作ってくれたんだぜ。万が一、噂の男が本当に危険人物だった場合は仲間のアジトや潜伏地点を割り出すのに便利だろうと思って持っていったんだが……違う方向性で役に立ったな。それでルイが今どこにいるのか確認したくもあって、元々明日にでもケイコに会うつもりだったのさ」
「いやいやいやいや。それルイくんは知ってるんすか」
「『ぼくちゃん、おじちゃんが陰ながら見守ってるから安心してね』なんて言ったらあいつが傷つくだけだろ。子ども扱いを一番嫌がる年頃だ」
「言い方ってもんがあるでしょうよ。……俺は副隊長が善意からそれを渡したってわかりますけど、本人の知らぬ間に追跡用の魔導具を持たされているな状況なんて、あなたの考えを知らない人からしたら悪意しか感じませんよ」
あーあーと、ディノは机に突っ伏した。
「大丈夫だろ。あいつ自身魔法の『ま』の字とも縁がない一人旅だ。そのうちひょっこりここに顔出すかもな。ま、その時にでもちゃんと説明してやるさ」
呑気にそういう上官にディノは心底呆れてため息をついた。
「本当に知りませんからね……」