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幕間・宿屋の二人

時間は少し戻って、ルイが宿屋を飛び出して行ったあとに残された、レオハルトと宿屋の主人ダモのお話しです。

 「──行っちゃいましたね」


「ああ」


 ルイが飛び出していった談話室の入り口を見つめながら宿屋の主人ダモはため息をついた。


「宿代は払ってもらっていたのに。……どうしましょう」


 隣でグラスの酒を飲み干したレオハルトは笑って応えた。


「山に誰も居ないと分かればすぐに帰ってくるだろう。その時、無料(ただ)で泊めてやればいい」


「怪我などせず、無事に帰ってきてくれればいいんですが」


「北の方のどこから来たか知らんが、ここまで一人で来たんだ。二、三日山をさまようことになってもどうってことないだろう」


 そう言うとレオハルトはあーあ、と伸びをした。きっといないであろう魔法使いを探しに、夜にも関わらず飛び出す少年の行動力が少し羨ましくもあった。


「魔法、魔法ね……」


 何より、彼の魔法に対する情熱がレオハルトにとって眩しいほどに羨ましく、また、学園に入った当初の自分を見るような懐かしさを感じるものだった。少し、妬ましい。空になったグラスの向こうにあの頃の自分がいるような気さえした。


 ──そんなに睨むなよ。


 心の中で呟く声は己にしか聴こえない。優秀な兄・姉に囲まれていつも劣等感に包まれていたのも自分。なんとか学園に入学できたものの、優秀な周囲との差に苦しみすぐに魔法への情熱を失いそこから逃げ出したのも自分。それから誰の力でもない自分自身の力で今の地位にいるのも自分。


 ──思わずルイに杖を託したのは、俺自身の魔法への未練だったのかもな。あいつが、俺の、あの杖で魔法を奮う姿を……。


「……もう一杯頼む」


 ダモは頷くと空いたグラスを持って談話室から出た。だが彼はまっすぐに酒を取りには行かず、なんとなく外の様子を窺いたくなって、宿の入口へと向かった。そこから一歩を踏み出しちょっと外に出てみると、彼の顔をそよと吹く春の夜風が撫でた。夜空にまたたく星々は直進と反射と屈折を繰り返しやがて減衰していく光を放ち、黙念と地上の人々を見下ろしている。


 不意に彼はルイに置いていかれたような、どこかちょっと寂しい気持ちを抱いた。ほんの僅かな時間しかいなかったのに不思議な子だなという思いを抱き、しばし夜風に当たってルイが向かった山の方を眺めていた。


 やがてダモは、そっとドアを閉めると仕事に戻ったのだった。


 「おまたせしました」


 談話室に戻ってきたダモの手にはよく冷えた酒瓶が一本とグラスが二つ。不思議に思ったレオハルトがダモを見ると、彼は眉を片方持ち上げながら、


「その、もしよろしければ……私も一杯、共に飲んでも?」 


 と申し出た。貴族であるレオハルトにそのような申し出をする大胆さにダモ自身驚くと同時に後悔の念が湧き上がっていた。


 ──あ、やってしまったかな。怒鳴られるだけで済めばいいが……


 だがレオハルトは破顔してダモからグラスを一つ受け取ると、彼の心配をよそに上機嫌で応えた。


「ああ、一杯飲もうぜ」


 この夜、宿屋の二人の男たちは、まだ先行きもわからぬ一人の少年の未来に幸多からんことを願い、杯を上げた。

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