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遁走

長らく更新を停止していて申し訳ありませんでした。

またぼちぼちと更新していきます。

 ファングに囲まれた俺たちはじりじりとその輪を狭められていた。一分の隙もなく俺たちを睨み獰猛な唸り声を上げているファングを牽制しつつ、ケイコ先生は「フィリスさん、これを」と持っていた角を背中を合わせている彼女に手渡した。


「ガリムゴートの角です。本来生徒に持たせてよい物ではないのですが……今は言っている場合ではありません」


 (ねじ)れているその角は見た目以上に重量があるらしく、渡されたフィリスは一瞬ビクリと腕を震わせた。


「『増魔の角アンプリファイ・ホーン』ですね」


「はい。その角は異名が示す通り、魔力を大幅に消費してあなたの使う魔法を強めます。どちらの効力もフィリスさんが想像している以上です。情けない話、わたしも少々張り切りすぎました。逃げることだけを考えて使ってくださいね」


「はい」


 フィリスは頷くと、もう片方の手に持った自身の杖を強く握りしめた。


「いつでもいけます」


「ではルイくんもいいですか」


「はい」


「今から、あの黒狼とは反対側のファングたちの囲いに穴を開けようと思います」


「俺も、他の何よりも優先してアレは回避すべきだと思います。ただ、それが上手くいくかどうかは……」


 黒狼を見据え続けている俺を、ケイコ先生はちらりと見た。


「自信がないのはわかります。でも、やるしかありませんよ。いいですか二人とも。わたしが合図をします。それを起点にルイくんが先になって、黒狼がいない方向へ全力で逃げてください。わたしが殿(しんがり)を務めます」


「先生、逃げると言ってもどこへ?」


 フィリスが角を強く握りしめながら不安そうにケイコ先生に尋ねた。


「街道に出て、王都へ」


「む、無理ですよ!? いくらなんでも距離がありすぎます!」


「しかしルーシュに逃げ込んでも黒狼(アレ)に対処できる人などいないでしょう。ルーシュの要請を受けた首都防衛隊が、既にこちらへ向かっている方に賭けます」


「街道まで出ればファングたちの縄張りから離れることにもなるから、追撃もされなくなる……かもしれない」


 願望だとはわかっている。それでも、確実に更なる惨禍を招く選択肢よりは希望的観測に(すが)らずにはいられなかった。フィリスも同じ気持ちなのか、腕まくりをして構えた。


「わかりました。やるしかないですね」


「繰り返し言いますが、その角の増幅する力と消費する力はフィリスさんが想像している以上に強力です。無茶だけは決してしないでください」


「はい。……先生もですよ。逃げるのは三人みんなで、ですからね。あたしたちのために一人で残ろうだなんて、絶対にしないでください」


 ケイコ先生は黙ってコクリと頷くと、鞄の中から手のひらほどの大きさの黒水晶にも似た球体を三つ、指に挟んで取り出した。


「ではいきます──」


 ケイコ先生が黒狼とは反対側の方角にいるファングたちに向かって、勢いよくそれを投げつけた。それを察知したファングたちが飛び退くのも間に合わず、次の瞬間、ドンという大きな破裂音と共に三つの球体は炸裂した。ファングたちが狼狽(うろた)えている。


「さあ走って!」


 最悪、黒狼が一足飛びに襲いかかってくればすぐに距離を詰められるところだった。が、幸いなことに、黒狼は群れのボスらしく後方で悠然と構えていた。あの巨狼に背中を見せるのは恐ろしい気もするけれど、俺たちはケイコ先生が作ったファングの群れの穴を駆け抜け、街道を目指した。


* * * * *


 目印がない山の中でも街道がどの方角にあるのか、俺は迷わずに向かっていく自信があった。だからファングたちが逃げる俺たちを襲撃をしてきて経路を多少変更することになっても、街道への方角を見失うことはない。それだけにもどかしい。ファングたちはまるで俺たちが街道へ出る道筋を邪魔するように先回りし、的確に立ちふさがり襲ってきた。


「ルイ、危ない!」


 フィリスが勢いよく杖を振ると矢が放たれ、それは目にも止まらない速度で俺たちの前方に突如現れたファングたちを貫いていく。


 ファングたちが怯んだところをもう一度杖を振ると、ボン、ボン、という衝撃と共に水流が放たれファングたちを木に激しく打ち付けた。


「はぁっ……はぁっ……」


 もう何度も似たようなことをフィリスはしており、呼吸が乱れていた。何しろ山の中を全力で走りながらだ。「疲労」なんて簡単な言葉で片付けられるはずがない。


 ファングたちは回り込んで真横や前方から襲ってくるだけでなく、まるで俺達を走り続けさせるかのように、時折背後からも勢いをつけて飛びかかってくる。


 その度にケイコ先生が追いすがってくるファングたちに手持ちの黒い球体を投げつけ爆発させていた。しかしそれでも、ファングたちは入れ替わり立ち替わり俺たちを休ませることなく追い続けていた。


 マレイェンで子どもたちにやられたように、明らかに、山の中を無駄に走り回るよう誘導されている。


「フィリス! ケイコ先生! こっちへ!」


 俺が二人のように魔法を使えれば、もっと戦える術を持っていれば……こんなに苦戦することはなかったはずなのに。丸腰の俺は、歯を食いしばってただ走り続けることしかできない。脳裏にはずっと先生の──マリナ先生の姿がよぎっている。先生は一体どうしたんだろう? 無事なんだろうか。


「ケイコ先生! しっかりして!」


 フィリスの悲鳴で俺は足を止めた。振り返るとケイコ先生は木の幹に寄りかかるようにして立ち止まり、なんとか立っているのがやっと、という感じだった。もう限界なんだ、と瞬時に悟る。


「あなたたちだけでも、先に……」


「何言っているんですか!」


 ぜいぜいと呼吸を苦しそうになんとかしているケイコ先生を背に担ぐと、俺は再び駆けだそうとして前方を向いた。その刹那、黒い塊がものすごい速度でこちらに向かって突進してきている姿が目に飛び込んできた。


「危ないっ──!」


 フィリスの腕を掴みそのまま横の藪へと倒れ込む。突然のことに彼女が驚きの声を上げた次の瞬間、黒い塊が──黒狼が──木々をなぎ倒しながらさっきまで俺たちが立っていた場所を通りすぎた。少し遅れて風が駆け抜け、黒狼にえぐられなぎ倒された木々がメリメリと音を立て倒れる。


「なっ……」


 俺たちは逃げることも忘れて目を見開き、信じられない思いで黒狼が通ったあとの光景を凝視していた。えぐれている地面や真っ二つに割れた岩、そして何本もの倒れた木々を。ありえない。眼前の光景を見てもなお、起こったことが信じられなかった。


「何なの、こいつ……」


 フィリスの声が震えている。無理もない。俺も手足の震えを堪えるのがやっとだった。


「フィリスさん、角を」


 藪に倒れ込んだ拍子に俺の背中から離れたケイコ先生が弱々しい声で促している。よろよろと立ち上がった彼女に、フィリスは首を横に振って角を抱きしめるように握りしめた。


「だ、だめです……だって先生、もう自分で立っているのがやっとなくらい、魔力の限界じゃないですか……そんな状態で更に無理を重ねたら……」


「構いませんから渡しなさい! フィリス・ハイゼ!」


 半ばフィリスから奪い取るように腕を伸ばし角を手にすると、ケイコ先生は深呼吸をしてもう片方の手に持っていた杖の先をピタリと黒狼に定めた。


「先生──!」


「二人とも、耳を塞いで!」


 杖の先と黒狼の間に紫電が走る。その次の瞬間、落雷にも似た轟音と共に、木の幹の何倍もの太さのある雷が黒狼に直撃しその周囲を一瞬にして炭に変えていた。焦げ臭い臭いが充満する中、激しい咳をすると、ケイコ先生はだらりと腕を垂らしその場に崩れ落ちた。


「先生っ!」


 ケイコ先生が取り落とした杖と角を拾い、フィリスはぐったりと気絶しているケイコ先生の額をさわった。


「よかった、ちゃんと息してる。もう無茶しすぎ……でもこれで──」


「いや、そうもいかないみたいだ」


 フィリスを背後に隠しながら、俺は前方の黒狼を睨んだ。


 確実にあの雷撃は直撃した。一瞬だったが見逃してなどいない。それにも関わらず、黒狼には傷一つもつけられなかったようだ。周囲が黒ずみ焼け焦げた臭いを発している中、口角を上げ牙を見せると、獣らしからぬ調子で喉を鳴らし怪しげに笑った。


 魔物が──ファングが笑うなど、俺は初めて見る。おぞましさを感じ自然と後ずさっていた。


「クククッ。貴様らではないな」


 口を開き人語を使う黒狼に、背中を冷たい汗が流れた。後ろのフィリスからも息を呑む気配がする。その声はまるでこの世のすべてを(うと)み憎み蔑むような、冷たい響きを持っていた。


「ガキ共。使い物にならなくなったその女を置いていけ。我らがそいつを食している間は、追わないでいてやるぞ?」


 黒狼は更に口角をつり上げ、ニタアとせせら笑った。


 間違いない。こいつはファングじゃない。見た目こそ通常のファングの何倍にも成長した黒いファングに見えるけれど、それ以外は何もかもファングらしからない。憎悪と言ってもいいほどの悪意を持つ、ファングに擬態した何かだ。


「食事の後は、また、楽しい楽しい追いかけ合いといこうじゃないか」


 牙をむき出しにし悪意に満ちた顔で笑う黒狼は、獣とも魔獣とも人間とも違う存在に思えた。


「ふざけないでっ!!」


 フィリスは拾った角を握りしめ杖を振るい水流を刃のように発し何度も浴びせたが、黒狼はそれを避けもせず、その体で水浴びをするように容易く受け止めた。


「追いかけっこはもう飽きたのか?」


 黒狼が片方の前足で撫でるように水刃を払うと、フィリスの魔法は露となって消えた。


「はあっ、はぁっ……!」


「フィリスっ!!」


 杖も角もフィリスは手放すと、その場に崩れ落ちた。


「走る気力すらもうないのであれば、今この場で三人とも喰らってやろう。生きたまま、足の先からじっくりと──」


 突如、離れた場所から轟音がして、舌なめずりをして大きな口を開けた黒狼の横っ面を細い雷撃が撃ち抜いた。その衝撃で黒狼はわきに弾ける。雷撃で少し焦げチリチリと煙を上げる己の頬をなめて、黒狼はその魔法が発せられた方向を見た。


「……ほう」


「ルイ! フィリス! 二人とも無事!?」


「マリナ先生っ!」


 俺たちの方へと駆けつけながら、マリナ先生は更に続けざま、雷撃を放った。しかしそれは素早くかわされ、黒い影は俺たちから離れた場所へ跳躍する。


「ごめん、待たせた!」

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