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マリナの気持ち

 コンコンとマリナ先生の部屋の扉を叩くと、中から「なに」と短い言葉が返ってきた。その声は感情を抑えつけたような、表情のない響きで、興味や関心をことごとく失ったふりをしているのだと感じる。


「先生、フィリスの杖を預かっていただろ?返してあげないと」


「ああ──待ってて」


 ゴソゴソと部屋の内側から物を漁る音がして、扉がゆっくりと開いた。


「はいこれ」


 押し付けるように杖を渡す先生の手を、俺は杖ごと掴んだ。


「ちょ……なに」


 言いたいことが色々あったはずなのに、扉から出てきた先生の悲しげな瞳を見た瞬間、全部どこかへ行ってしまった。


「マリナ先生、あのさ……」


 続きの言葉は何を。俺は何を先生に言いたかったんだっけ。先生は言葉を探している俺の手を払おうと腕に力を込めているけれど、先生の細腕じゃ俺はびくともしない。ならばいっそ、初対面の時のように俺に魔法をぶつければいい。でもそれをしようともしない。


「何なの、もう!」


「いや、えっと──」


「──あの、あたしここからもう出ていくから。マリナさんありがとうございました。ルイくんも。あたしがマリナさんにお別れを言う機会を作ってくれてありがとう」


 違う。俺がしたかったのはそれじゃない。でも、二人ともこのままさよならをするつもりだ。先生。本当にそれでいいんですか。


「あ──先生、ほら、ファングがまた出てきたらよくないし、フィリスを途中まで見送ろうよ」


 俺がフィリスに「そうした方がいいと思うんだけど、どうかな」と同意を求めた瞬間、緩んだ俺の手を振り払って先生は部屋の扉を勢いよく閉めた。「さよなら」と小さく呟いた先生の声を自ら扉の音に潰してしまって。


「あ……」


「……じゃああたし行くね」


 フィリスはぽつりと呟くと、この場を立ち去ろうとしている。


「待って!ごめん、フィリス。引き止めて申し訳ないけれど、小屋の外でちょっとの間待っててほしい。……いいかな」


「わかった。待ってるから」


 あまり多くは聞かず、フィリスは部屋の前を離れ小屋の入り口から出て行った。俺は彼女の背中を見送ると、再び先生の部屋の扉に向き直った。


 ***


 フィリスが立ち去っても、先生の部屋の扉は閉じたままだ。ノックをしても返事などない。俺はその扉に背中を預けて座ると、先生に語りかけた。


「なあ、先生。本当にこれでいいの?」


「……『これ』って何のこと」


 だんまりを決め込まれたらどうしようと思っていたから、返事があって安心した。でも先生、素知らぬふりをしているけれど自分でもわかっているんだろ。


「先生のことまだ出会ったばかりだけど、先生が──マリナ先生が優しい人だっていうのは俺の目で見てきたから、ちゃんとわかってるつもりだよ。……ちょっと意地っ張りだけど」


「……」


「そんな先生が何故ここにこうして一人でいるのか、俺は何も知らない。いや、先生の秘密を探ろうっていうわけじゃないんだよ。ただ、先生が何年もここにいたんだろうな、っていうのは薄っすらとわかってる。でもさ──」


「フィリスも自分と同じ様にここに置いておくのはどう、って言いたいんでしょルイは」


 俺の言葉を遮って、先生が俺の結論をずばりと言ってのけた。虚を突かれて言いかけた言葉を飲み込んだけれど、先生、やっぱりわかってるじゃないか。


「……うん」


「なら答えはもう出ている。さっき言った通り、私はフィリスにこの家から──この山から出て行ってほしいの。それがすべて」


 思うよりも先に言葉が口をついて出て、扉に向かって俺は吠えていた。


「だったら先生!先生はどうしてフィリスをこの小屋まで連れてきたんだよ!どうして魔法で──記憶を消す魔法でも言動を縛る魔法でも──フィリスを排除しようとしないんだよ。『やると決めたら徹底的にやる』んだろ。どうしてフィリスに対しては一歩引いているんだよ、先生!」


「──うるさい!」


 扉に何かが当たる音がして、それが床に落ちる気配がする。本でも投げたのだろうか。


 わかっている。俺はマリナ先生のことを少ししか知らない。当たり前だ。まだ出会って数日と経っていないのだから。でもだからといってマリナ先生が悲しみ苦しんでいるのを無視することなんてできない。


「私はフィリスに出て行ってほしいの!悩みのタネが一つ消えてせいせいする!元々、本当はあなたを弟子にするつもりもなかった!ずっと一人でいたかった!これ以上、誰かと暮らすことになるなんて、絶対にイヤ!早くフィリスを追い払ってきてよ!」


「フィリスを追い出して『せいせいする』って言えるほど一人でいるのが好きなら……どうして今、泣いているんだよ。先生」


「泣いてない!」


 そうは言っても、扉越しに先生の涙が床に落ちる音まで聞こえそうだ。鼻をすする音がした。俺と先生の間には扉があるから先生の姿は当然見えやしない。それでも先生が涙をこぼす姿を目撃しないように、俺は再び扉を背にして先生に語りかけた。


「本当はフィリスと仲良くなりたいんだろ、先生。友だちにさ。先生言っていたじゃないか。魔法を使う上で気持ちに──己の魂に従うのは大事なことだって」


 ようやく、先生に言いたいことが言葉になって出てくれた。俺が先生に伝えたかったのは──。


「マリナ先生。先生が自分にどんな掟を作って何を課しているのか、俺は知らないよ。でも先生が──やりたいこととか、見たいもの。食べたいものでもなんでも──友だちがほしいとかでもいいよ。とにかく、先生が望んでいることが掟とは別に出てきたのなら、ちょっとくらい自分の掟、破ってもいいんじゃないかな。それで何か問題や不都合が出てくるのなら、俺が先生の支えになるからさ」


「……私のこと何も知らないくせに」


「先生のこと教えてくれたら、きっともっと『支えたい』って思うんだろうね」


「魔法のことも何も知らないくせに」


「それもこれから先生が教えてくれるんだろ?」


 背中を預けていた扉が急に内側に開き、危うく俺はそのまま背後に倒れるところだった。


「おっと」


 振り返ると、そこにはマリナ先生が立っていた。目は真っ赤にして、長いまつげが微かに震えている。


「私に教えを請うくせに、私を支えるだなんて言うんだ。大したものね」


「持ちつ持たれつってやつだよ。当たり前のことさ」


 先生は目元を拭うと、両手で俺の背中を押して廊下から押し出した。


「すぐ来るから外に出て待ってて!」


 ***


 小屋の外に出ると、フィリスは杖を振っていた。


「話は済んだの?」


「ああ。……もしかして聞こえてた?」


「ううん。聞かない方がよかったのでしょう?」


「ん……ごめん。もう少し時間置いたら先生も出てきてくれるから、待っていよう」


 彼女は短く「そう」と言うと、ぽん、ぽん、ぽん、と杖の先から小石ほどの水球を放った。陽の光を浴びて煌めく水球はきれいな弧を描き丘のふもとに落下し、そこで割れた。


「今ちょっと魔法の練習してるから、ちょうどいいよ」


 フィリスに対して先生がどう考えているのか、俺の口から言うべきではないだろう。そう考えて俺は黙ったまま入口のそばに腰を下ろし彼女の放つ水球を眺めていた。開け放したままの小屋の入り口は外気を取り込み続けていて、時折吹く風に扉が微かに揺れている。


「ねえルイくん、聞いてもいい?」


「ルイ、でいいよ」


「ありがとう。ルイは居候って言っていたけど、どうしてここにいるの?」


 フィリスは俺の方は振り向かず、水球をそれぞれ違う地点に飛ばしている。魔力を器用に操作するための訓練なのだろうか。


「小さい頃魔法使いに助けられたことがあってさ、俺も魔法を使って誰かを助けられる人間になりたかったんだ。フィリスも俺をファングから助けてくれただろう?あんな風に俺も人の役に立ちたいと思ってね」


「でもルイ、きみは──」


 くるりと振り返ると、フィリスは杖を振るのを止めた。


「そ、貴族でも何でもない一般人。というかマリナ先生に会うまで、魔法学園は誰でも入学できると思っていた、田舎から出てきた世間知らずだよ」


 俺は乾いた笑いを発したけれど、フィリスは曖昧な微笑みすら見せず真剣な顔をしていた。


「魔法で誰かを救う、か──そんなこと、考えたこともなかった。あたしは自分のために魔法を学んできたから──」


「別にそんなに大げさなことじゃないよ」


 そう。大したことじゃない。そもそも「困っている人を助けたい」だなんて願望自体が、独善的で身勝手なものかもしれない。


「──おまたせ」


 気がつくと先生は足音も立てずにこちらにやってきていて、小屋の入り口に立っていた。


「マリナさん──見送りまで来てくれてありがとう。じゃあ、行きましょうか」


「えっ!?あっ……うん……」


 先生は俺がフィリスに「ここにいてほしい」と既に伝えてくれているものと期待していたらしかった。助けを求めるように先生は俺を見つめているけれど、俺はわざと先生の視線を躱した。酷なようだけど、先生、ここはもう一歩踏み出してください。


「ああ、行こう」


 俺は先頭に立ってフィリスをテオ山と繋ぐ深月樹(アニク)の木の根へと案内をする。


「それにしてもすごいなあ。マリナさん、これは空間を拡張する魔法の応用?」


「え、えーとね……この場自体は拡張魔法とは全然別物なの。家の中はそれを使っているんだけどね」


 深月樹のそばまで来ると、フィリスは更に興味津々になって、時々感嘆する声をあげながら根っこのあたりをしげしげと観察している。先生は照れたようにもじもじと話を切り出す機会を窺っていて、フィリスが黙ってアーチ部分に己の腕を抜き差ししているところで、おずおずと自分の決意を伝えるために口を開こうとした。だがその瞬間フィリスが、


「わっかんないわー!」


 と叫んだせいで、先生の出かかっていた言葉は喉奥へと再び転がり落ちていったみたいだった。


「……わからない?」


「うん、なーんにも。せめて空間を繋げている魔法の仕組みでもわかればと思っていたのだけれど……あたしじゃ全然わからない。本当にすごいね、マリナさんは」


「いやぁ……それほどでも」


 根と地面の間の空間に腕だけでなく顔も突っ込んではひたすら感動しているフィリスに、先生はまだ何も言えないでいる。


「あ、ごめんなさい。先に急がないとね」


 ようやくフィリスが黙り込んでいた俺たちに顔をあげた時には、先生は完全に機会を逸していた。


***


 俺が先導して昨夜の騒動の地点まで案内をしているのだけれど、背中が痛い。背中に先生の視線が刺さるのがわかる。もしかしたら魔法で見えない針を刺しているのかもしれない、というくらい先生の視線をビシバシ感じる。


「あのねフィ──」


「ファングの気配が全然しない。あんなにいたのに、どこに行ったのかしら。マリナさんが全頭倒したわけじゃないんだよね?」


「え、ええ……」


 ちくり。


 たしかに森の中はフィリスの言うようにとても静かで、ファングの気配はしない。昨夜の騒動でどこかへ逃走して移動してしまったのだろうか?いや今はそれよりも──。


「あのね──」


「あーっ!ここ地面が凹んでる。これはマリナさんが?」


「……ええ。ファングに追われたときに」


「はあ……。矢に空間系に爆破系。マリナさんってかなり多彩に魔法を使えるのね」


「まあ……うん」


 ちくっ。ちくっ。


 先生、俺の背中を睨んでもどうしようもないです。


 俺たちはやがて、昨夜ファングの群れが集っていた空間に戻ってきた。この空間にもファングとの闘争の痕が残っている。けれど、ファングの一頭すらここでも見当たらない。俺たちは周囲の様子を注意深く観察してみたけれど、やはり何もいる気配がなかった。


 昨夜彼女が倒れていた近辺には物が散乱していた。どうやら彼女の荷袋はファングたちに荒らされ食い破られでもしたらしい。千切れた切れ端が散らばり、魔法で中に詰め込まれていた諸々が噴出したように放置されいてる。だが幸いなことに、書物や彼女の所持品は踏み荒らされて折れ曲がったりしているだけで、致命的と呼べるほどの損害は受けていないようだ。


「よかった。最悪どうしようもないくらい、ぐちゃぐちゃにされているのかと──」


 散らかっている荷を一つ一つ手にとって確認していたフィリスはホッと安堵の息を吐いている。


「本当によかったね」


 先生も微笑んでフィリスのそばに座ると、手近な本を開き中を確認していた。俺もためしに散らばっていたうちの一冊を手に取ってみた。金の刺繍が施された藍色の表紙には『混成魔法の仕組み』と書いてあるのが読める。これ絶対俺にはまだ読めないやつだ。そっと元の場所に置いた。


 俺たちは持ってきていた敷物を広げると、次から次へと散らばっているフィリスの私物を集め回って種類別にまとめていった。その間も先生はフィリスに言葉をかけようとしたみたいだが、テキパキと動き回る彼女に声をかけるのをためらっていた。


「それにしても、かなりの量あるなあ」


「ええ。一度に持ってきたわけじゃなくて、時々、ケイコ先生が本なんかは持ってきてくれたから」


「へえ……」


 マリナ先生は俺からフィリスに切り出してほしかったみたいだが、俺は先生からの視線に気づかないふりをし続けた。


「あっそうだ!これ!」


 荷をまとめていたフィリスが突然大声で歓声を上げた。見ると、手には筒状に丸められた上質そうな羊皮紙が握られている。


「ホラ見て!」


 近寄ってきた俺たち二人にフィリスはそれを広げて見せてくれた。


「……」


 だが悲しいかな、達筆な字でつらつらと書かれているものだから俺は目が滑る。幾つか項目があって、おそらく彼女について色々書かれていることは想像つくけれど。


「ここ!」


 フィリスが指している箇所をよく読むと、出身国が ネイリムであることを示していた。


「この入国許可証、改竄不可なのよ」


 おそらく魔導具の類いなのだろう。先生も初めて見るのか、まじまじとそれを眺めている。


「へえ……ちょっと触ってみてもいい」


「どうぞ。これでようやくあたしがネイリム出身だと本当にわかってもらえる。ああ、スッキリしたわ」


 フィリスは自分がネイリムの出だと証明できていなかったことがずっと気がかりだったらしい。マリナ先生に証明書を渡すと、ニッコリと微笑んだ。


「あっ……。……これすごいね。よくできてる」


「わかる!?」


 フィリスが目を輝かせて、俺たちにこの羊皮紙の素晴らしさを語りだした。


「これはね、とっても複雑に魔法がかかっているのよ!ええとまずね、ただの羊皮紙に状態固定魔法を基礎として──つまりまずは破れや掠りを防ぐ意味合いもこめて、何も書かれていない、素の羊皮紙の状態を固定するわけね。あ、素の羊皮紙っていっても、複雑な魔法に耐えられるものじゃないといけないから、素材の時点で特別なの。シャムル山岳にだけ住むガリム・ゴートの皮。それも満月の夜に月光をよく浴びたやつ。それに三種の制限魔法をかけるの。一つはペアにしたペンでしか書けないように。一つは特定の場所でしか書けないように。そしてもう一つは時間。決められた時間の範囲でしか書けないように。これらの三つ全ての条件が揃わないとこの羊皮紙には書き込むことはできないわけ。その上、三種の制限魔法の状態を監視する魔法。これがまたすごいの。というのは、三種の制限魔法のどれか一つでも解除した瞬間、この羊皮紙は崩れてサラサラと紙くずになる仕組みなの。なら最初にこの監視魔法を解除したらいいってなるじゃない?甘い、甘い。すると今度はね、三種の制限魔法が統制を失って暴走して、羊皮紙が一気に燃えちゃう仕組みなのよ。そして何より驚くのは、これ──」


「──インクでしょう?貴重な砂漠兎の(にかわ)を使って」


 先生がすかさずフィリスの言葉を継いだ。


「そう!そうなの!すごい、マリナさん知ってたの!?千年松の煤と混ぜてね。もし仮になんらかの手段でさっき言った魔法が解除されたとしても──ケイコ先生曰く、こんなに複雑な魔法でも解除できる人もいるらしいのよ。『理論的には可能』という範疇の話らしいけど──とにかく万が一の事態でもこのインクが安全装置。違う成分のインクが一滴でもこの羊皮紙に落とされると、書いてある文字たちが自分たちとは異なるインクを避けるようと勝手に動いちゃって、もう元には戻れない。ほら、隅の紋様もこれ全部同じインクだから。違うインクで書こうものなら、とても読めたものじゃない紙切れになっちゃう。羊皮紙もインクもペンもこの国の王都で厳重に保管されていて、制限魔法で課せられている制約の場所も警備厳重な王立図書館の中。だから複製も改竄もほぼ、いえ絶対に不可能というわけよ」


 ものすごい手間暇のかかったものだということは伝わった。おそらく元々はこの技術、もっと重要な書類のためのものだろう。それが入国許可証にも転用されているのではないだろうか。たかがあっちとこっちを行き来するためだけの紙にそこまでする必要ある?って言いたくなるけれど、技術ってきっとそういうものだ。


 フィリスは満面の笑みで、先生から返された証書を筒状に丸めた。


「全部ケイコ先生からの受け売りだけどね。さあこれでよし──と。じゃあ二人とも、本当にありがとうございました。あとは一人で出来るから大丈夫だよ」


 ぺこりとフィリスが頭を下げて、俺たちに別れを告げる。


 マリナ先生を盗み見ると、なかなか踏ん切りがつかない、苦悶の表情を浮かべていた。


「……あー、そのフィリス」


「なに?」


 俺は先生の背後に周り込み、先生の両肩を掴むと軽く押した。


「ちょ、ルイ」


「ほら先生、言いたいことがあるなら言わないと。『己の魂に従う』──でしょ?」


 少し身をかがめてマリナ先生と目線が合う高さまで腰をかがめ、先生の言葉を不思議そうにして待つフィリスに、マリナ先生は大きく息を吸うと小さな声でようやく語りだした。


「あの……その……私最初にフィリスに出て行ってほしいって言ったけれど、あれを取り消します……つまり」


 そこまで言ったところでマリナ先生は顔を隠すように俯いた。


「……フィリスさえ嫌じゃなければ、私のとこにいてもいい」


 先生の本当の気持ちは「いてほしい」だろうけど、出てきた言葉はそれだった。


「え──」


 フィリスは驚いて先生と俺とを交互に見比べている。


「いいの?」


 黙って先生は頷いている。俺も頷き返した。


「もちろん。俺もマリナ先生と同じで、フィリスにはここに留まってほしいと思っているよ」


「──ありがとうっ!」


 フィリスはマリナ先生に抱きついて感謝している。


「わっ」


「あっごめんマリナさん。あたしつい嬉しくて」


「……『マリナ』で。私も呼び捨てでいいよ」


「マリナありがとう!」


 フィリスはマリナを抱きしめたままぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現している。この場の誰よりも喜んでいる人は、


「あ、でも私が一番年長者なんだから、そのつもりで接してよね」


 だなんて偉ぶっているけれど。


「先生」


 俺はマリナ先生の後ろからそっと声をかけた。


「なに」


「よかったね」


「まあ、ね」


 やれやれ、とわざとらしく照れ隠しに不貞腐れてみせている先生は、耳までほんのり赤く染めていた。

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