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救出

 先生に指示されるまま夜の森の中を俺は駆けた。


「先生、でもファングが大量にいるなら何か準備か作戦がいるんじゃない?先生の魔法があるとはいえ」


「ファングを全部倒すつもりならね。でも今は襲われている人を助けるためだけに動くわよ。私がファングをなんとかするから、ルイはその人を救出することだけを考えて」


 かなり飛ばして走ったけれど、まだファングの姿は見かけない。時々転びそうになりながらも、俺はできるかぎりの最速で走り続けた。木々の間を走る抜け、落ちている小枝を踏みつけ、俺は走り続けた。


「先生!まだ!?」


「まだ先!」


 杖の先の明かりで俺を誘導しつつ、先生は俺の杖をもう片方の手に持ち何やら唱えている。何らかの魔法の下準備をしているのだろう。


「もうすぐよ!」


 先生の言葉とほぼ同時で眼で見えるより先に、ファングの唸り声に特有の生臭く生温い吐息に、俺は気がついた。


「先生──」


「止まらないで、私を信じてまっすぐ行って!」


 ファングの後ろ姿はすぐに視界に入ってきた。


 ファングたちの数は想像以上に多かった。あるいはこの山をねぐらにする全てのファングが集っているんじゃないかと思うほどに。ファングたちはとある地点を囲むように四方ぐるりに広まっており、そこからネズミ一匹逃さないという構えらしかった。ただそれが俺たちにとって幸いだった。彼らが密集状態にあるおかげでファングたちは俺たちの突然の出現にまとまった、臨機応変な対応をすぐには取れず一瞬躊躇していたのだ。


 先生がその驚き固まっているファングの群れに向けて杖を勢いよく横に振ると、大量の矢が空中に現れ、ファングの群れ全体に向け勢いよく射出された。その矢の速度は以前俺がみた矢よりも早く、肉眼で捉えるのがほとんどできないような速度だ。ファングたちは俺たちのいきなりの出現、そしていきなりの襲撃に驚き、混乱に陥ってめっぽうに吠えている。そしてその喚きがより一層の混乱を群れ中に伝播させているらしかった。


「まっすぐ行って!」


 先生がまた杖を振ると今度は風が起こり竜巻となり、俺たちの前方のファングたちをまとめて弾き飛ばしている。混乱から立ち直り俺たちに襲いかかろうとするファングに対して先生は再び矢を出し放っているが、一撃一撃は致命傷を与えるものではないらしい。とにかく怯ませることに徹底しているようで、その点に関しては実際かなりの効果があるらしく中には矢が刺さってなどいないのに逃げ出すファングもいた。


「あそこ!」


 先生が杖で示した先には一人の女の子が倒れていた。今まさにファングに食いつかれようとしているところを、先生が「ッ」と杖を縦に振り、今まで見た中でも最速の矢でファングを射抜く。


 ファングの動揺と俺たちの接近に気が付き、その子は顔を上げた。


「だ、だれ……?一体──」


「あと、あと!今はとにかく逃げるよ!」


 先生が俺の背から飛び降り、今にも襲いかかろうとしているファングの群れに矢を放ち牽制している。


 俺は倒れていた女の子を背中に乗せ、彼女のものと思われる荷袋を持とうと──。


「うおおっ!重っ!」


「馬鹿っ!ふざけてる場合じゃ──」


「ち、違う、本当にこの袋が重いんだって!」


「もう!中は何!?」


 袋の中を覗いて俺は驚いた。食料。衣装。それに大量の書物。その他こざこざした雑貨類。道理で重たすぎるはずだ。問題は明らかに袋の容量以上の物が入っていること。これと似たものに見覚えがある。先生が買い物を入れていた革袋と同じじゃないか。


「先生、これ──魔導具だ。物をたくさん入れるための」


「──わかった!じゃあそれは置いて、その子だけ担いで逃げるよ!」


「うん!」


「待って──それ、あたしの大切な──」


「命より大切なものなんて、ないでしょっ!」


 先生は一喝すると、最後の一撃と言わんばかりに俺たちの正面に向けて力強く杖を水平に振った。それは一陣の風が起こし刃となって、再び俺たちを囲もうとしていたファングたちを蹴散らして俺たちのための道を作った。


「こっちへ!」


 ファングたちは俺が抱えている女の子をどうしても襲いたかったらしく、数頭が俺たちの後を追い駆けだしてきている。殿を走る先生が魔法の矢を放ち牽制しても、すぐさま次のファングたちが吠えながら姿を現す。


「もう、しつこい!」


 先生が杖をファングたちの足元に向けると、鈍い爆発音がして彼らの足元は弾けた。辺りがもうもうとした土煙に覆われる。だがそれでファングたちは追うのをようやく諦めたらしかった。煙の向こうからファングたちの鳴き声はすれども姿は現れず、しばらく遠吠えがしていた。それでも俺たちは走るのを止めず、暗闇の中でもある程度見通しの効く川原まで逃げ帰り、俺たちはようやく一息つくことができた。


「さすがにしんどいわね……そっちの子は大丈夫?」


「うん、今は気を失っているみたい」


 息も絶え絶えに、先生は杖の明かりでその子の顔をまじまじと眺めた。


「気を失っているっていうか、この子、魔力切れで気絶している」


「魔力って切れるの」


「そりゃそうよ。きっとこの子あの大量のファング相手に一人で戦っていたのね。倒れていたあの場所、結界を張っていたのかしら。それ維持しながら攻撃して──でもファングたちの量の前には焼け石に水だったってところと見た。ぎりぎりだったわね」


 先生は髪をかきあげるとフーッと長い息を吐いた。


「もしかして先生も魔力切れが近い?」


「私はまだまだ余裕。どっちかと言うと走るのに疲れたわ」


 先生はドサッとその場に座り、星空を見上げた。今のところファングの群れは追っては来ていないが、やがて体勢を立て直し追ってこないとも限らない。


「もしかしてやろうと思えば全頭退治できた?」


「冗談でしょ。速さ重視の不意打ちだったからさっきは上手くいったけど、あの数を全部相手にしていたら物量に押されて今度はこっちがやられるわよ。それとよりも──その、深緑色の制服は学園のものよ。私の推測が正しければ、その子が問題の魔法使いで間違いないわ」


 だいぶ汚れていたが、確かに立派な服を彼女は着ていた。


「この子が?一体どうして──」


「さあ。何か罪でも犯して逃亡中とかだったりね」


 と、先生は軽口を叩いている。気を失っている彼女は悪人には見えないけれど、何か事情があるのは間違いないだろう。


「ところでこれからこの子どうする?魔力切れって放っておいても大丈夫なの?」


 一瞬、ここから俺とレオハルトが出会ったルーシュの街まで彼女を送り届けることを考えた。当初の先生の目的を考えればそれでいいような気もする。それで彼女がこの山から去ってくれればいいのだから。


「うんまあ大丈夫。そのうち魔力自体は戻ってくるから。でも……そうね……」


 先生は迷っている。きっと今までの先生なら可能な限り関わらないで済むようにしたのだろう。それも明らかに面倒事を抱えていそうな子だ。先生のような事情がなくても、関わるのに躊躇するのは自然なことだと思う。


「……じゃあ先生、心配ならこの子を連れて帰ろうか?」


 でも俺は先生の背中を押した。もうここまで関わってしまっているのに、放置していくのも間違っていると思ったから。それに何より、俺としてはおそらく命の恩人だろう彼女を放置するようなことはしたくなかった。先生は暫し考え込んでいたが頷いて連れて行くことを決意した。


「──そうね。それがいいわね。聞きたいこともあるしね」


***


 先生は追跡防止用だという目眩ましの魔法を後方に幾つか飛ばすと、俺の前に立ち、深月樹(アニク)を目指していそいそと歩き出した。再び静かになった山の中を俺たちはただ歩き続ける。気絶していた彼女はいつの間にか本格的な眠りに入ったらしい。すうすうと寝息が耳元で聞こえる。


「呑気なもんだわ」


 はん、と鼻を鳴らし、そこら辺で拾った少し太めの木の枝を文字通り杖代わりにして先生は歩いている。


「よっぽど疲れていたんだろうね」


「私たちもよ。今日はもう、いい加減歩きくたびれたわ」


 木の枝をぶんぶんと振って先生は駄々をこねてみせた。


「本当、疲れたね」


 足場の悪いとこなど、気を抜くと彼女を落としてしまいそうだ。よいしょ、と背中をゆすり彼女を抱え直す。それでも彼女は目覚めなかった。


「そうだ先生、置いてきたこの子の荷物どうしようか?」


「それは彼女の目が覚めてから考えましょう。どうせまだファングがうろついているだろうしね」


 あくびをしながら先生は答えた。そのあくびが俺にも移り思わず口が大きく開く。


「──この子が起きたらどうする?やっぱり出て行ってもらう?」


「それもその子が起きてから。今日はもう頭回らないわ」


「だね」


 どこか離れた場所から、また遠吠えが聞こえた。ファングだろう。この山に一体どれくらいファングはいるんだろうか?あんなにファングが集合するなんて初めて見た。ファングといえばあまり大きな群れは作らず、十頭にも満たない小規模な集団同士が互いの縄張りに干渉しないよう適切な距離を保ちつつ共存するものだ。少なくとも俺の故郷ではそうだった。それが何十頭も集まっている光景はちょっとショッキングでもある。もしあんな大群がまとまりをもって襲ってきたら、俺の村なんかひとたまりもないだろう。


 もしあの大群を制御できるファングのリーダーが現れたとするなら──。


 俺は嫌な想像をして少し身震いをした。


「それにしても」


 と先生は唐突に俺をジロリと見てため息をついた。


「ルイが来てから問題が絶えないんだけど、どういうこと!?」


「はは、どういたしまして」


「褒めてないっ」


 ようやく先生の小屋にたどり着く頃には夜も更けていた。

 

 俺たちは彼女を先生の部屋の隣の奥の部屋に寝かせることにした。


「この部屋もベッドとかあったんだ」


 部屋があることは認識していたけど、先生が何も言わなかったのでてっきりここは物置か何かのようにごちゃごちゃとしているのだろうと思っていた。居間のソファの上で眠っている弟子としては些か不満が湧いたけど、仕方ない。


「まあ、この部屋はちょっとね」


 部屋の中は掃除をする前の先生の部屋同様殺風景で、ベッドの他には幾つか本が並んでいる本棚と箪笥があるだけだ。


「その子、大丈夫かな?」


「うん、魔力切れも次第に回復してきているみたいだし、あ──ファングにやられたかすり傷はあるみたい。簡単な手当だけしておきましょうか。ついでに体も拭いて着替えさせて──もう、仕方ないわね」


 俺は先生に言われてお湯で固く絞った手ぬぐいを準備し部屋を出ると、廊下で先生が彼女の体を整えるのを待った。


 しばらくして部屋から出てきた先生の手には杖が握られている。


「それは?」


「あの子の。暴れたりするような人間には見えなかったけど、一応念のために預かっておくわ」


「お疲れ様でした」


「うん、ルイもお疲れ。ま、とりあえず今夜はこのままにしておきましょう。私たちも早く寝ないと」


 それから俺たちはそれぞれシャワーを浴びると、泥のように眠った。

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