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幕間・ポールとブライアン

 サムリヴァー家長男にして唯一の子どもであるポールにとって、両親がそばにいないのは日常茶飯事だった。二人は小さな領地に抱える領民の暮らしをよくしようと、領地の開発、文化の振興に熱心で常にあちこちを飛び回っていたのだ。領民から愛されている両親をポールは尊敬しており、いずれ責任ある立場につくであろう自分もかくあらねばと幼いながらも考えているのだが、一方で、自分にすべて注がれるべき両親の愛情が半分領民に取られているようで無意識ながら寂しかった。


 古くから仕えているデニス爺やミランダはよくしてくれておりポールもそんな二人が大好きだが、彼が求めているのは両親だったのだ。それなのに──。


 「父様、母様。どうしてもマレイェンへ一緒に行けないのですか」


「ごめんなさいね、ポール。私たちも今日はとても楽しみにしていたのだけれど……」


「わかってくれ、ポール」


 その日の朝早く、二人は申し訳なさそうにポールを撫でると、馬車で出て行った。


 それからポールはデニスとミランダと共にマレイェンへと赴いたのだが、何を見ても聞いても心はちっとも晴れず、不満の暗雲だけがどんよりと胸の内に広がっていった。


 そしてとうとう、お付きの二人の目がたまたま逸れた時に、ポールはそっと街の喧騒に飛び込み紛れたのだった。別に何か見たいわけでも、買いたいわけでもない。むしろ「あれいいなあ」「これもいいなあ」という品を見るたびに、それを一緒に品定めしている両親の姿を幻視して余計寂しくなった。今はもう、ただ一人になりたかった。


 やがてポールは大通りから外れた静かな通りで本屋を見つけるとそこへ入り、寡黙そうな主人の挨拶を聞きながら子ども向けの本の前に立ったのだった。


 しばらくパラパラとページを捲っていると、ポールは本棚の横から不躾な視線とひそひそと話す声が自分に向けられているのに気がついた。


「ほら、な、な」


「おおすっげえ」


「あ、こっち見た」


 ポールを見ていたのは同年代くらいの子どもたちだった。


「何か用ですか?」


 ポールが歳の割に落ち着いた言い方で尋ねると、子どもたちは互いに顔を見合わせクスクスと笑い出した。


「『何か用ですか』だって!」


「王子様って感じ」


「かっこいい……」


「ああもう、女子は帰れよ」


 ポールが慣れない事態に戸惑っていると、子どもたちの中から一人の男の子が進み出てきた。


「おいお前。お前、貴族だろ。どうしてこんなところに一人でいるんだよ、お貴族様(・・・・)がさ」


「……違います」


 男の子の言い方に悪意を感じたポールは、本を棚に戻すと子どもたちの脇を通り店を出た。だがすぐに街の子どもたちは彼を追ってくる。


「おい、嘘つくなよ。そんなにきれいな格好しておいて、『貴族じゃないです』は無理あるって」


 男の子がポールの肩を掴まえた。後からついてきた子どもたちも「そうだそうだ」と、頷いている。


「だったら、何ですか」


 両親と共に来れなかったことと一人で本を試し読みしていたのに邪魔されたこと、その二つが重なりポールは苛立ちを隠せなくなった。自分の肩に置かれていた手を払い除けると、男の子を睨みつける。


「放っておいてください」


 手を払われた男の子──デズモンドは予想していなかったポールの動きに一瞬固まってキョトンとしていた。彼がポールに話しかけたのは一人でいる貴族の子を物珍しさからからかってみたかっただけで、特に目的があったわけではない。だがポールの気強さに触れてデズモンドは考えを改めた。


 ──こいつ──絶対、泣かしてやる。


「お前、生意気だな。貴族だからって調子に乗ってるんだ」


「……」


「なんだよ黙り込んで。ここにお前のパパやママはいないんだからな。泣くならお(うち)に帰ってからにし──」


 デズモンドは虎の尾を知らずのうちに踏みつけていた。油断して挑発していたデズモンドの腹をポールは怒りを込めて殴りつけた。ポール自身の腕力はそれほどなかったが、それでも不意打ちの一発はデズモンドに衝撃を与えた。


「──ッ!」


 驚いたのはデズモンドだけではなかった。周りにいた子どもたちも、あっと息を呑んで殴ったポールと殴られたデズモンドを交互に見やる。そしてこの場の誰よりも驚いていたのは、殴ったポール自身だった。


 ポールは両親や家庭教師から「紳士たれ」と常日頃教育を受けてきた。彼自身、自分はそういう人間だと自負しつつあったのだ。己は紳士たりうると。


 ところが、両親が不在で精神的に不安定という、己のわがままを発現させる理由を自分で自分の中に見つけて、それに甘えてしまった。その結果が眼前の状況だと認識しポールはショックを受けた。自分に失望してしまったのだった。


「ご、ごめ──」


「殴っておいて、勝手に謝るなよ!」


 思わず謝罪の言葉をかけようとしたポールを遮って、デズモンドは叫んだ。そして握りこぶしを作ると、ポールを睨みつけた。


「謝ればどうにかなるって、思ってるんだろ。お前たち貴族は口先だけの言葉遊びが大好きだもんな」


「違う、そうじゃない。ぼくは、いきなりきみを殴ってしまったことを、今本当に後悔しているんだ」


「先に俺が挑発したのに?」


「……きみがぼくをからかってきたことは、正直まだ頭にきている。でもだからといって、人を突然殴りつけていい理由にはならないはずだ。ぼくがきみに謝ろうとしたのは、それについてだ」


「いや、俺はお前が謝るのを許さない」


 デズモンドはポールの正面に立ち向かいあうと視線を交えた。


「では、どうしたらいい?」


「俺にも一発殴らせろ」


「……わかった」


 ポールは背筋を伸ばし両腕を広げると、「どこでも構わない」とデズモンドに無防備な姿を晒した。


「いいんだな?」


「それで気が済むのなら」


 これは甘えていた己に対する罰だ、とポールは思う。


 一方、デズモンドは困惑していた。殴ると言われたら貴族の子は逃げだすか泣いて「殴らないでくれ」と乞うかするだろうと高を括っていたのだ。それなのに自分の正面に立つ男の子は眼も伏せずデズモンドを真っ直ぐに見つめ返し、殴られるのを待っている。


「──やっぱり、やーめたっ」


 デズモンドはそう言うとぷいっとポールから視線をそらした。


「元はといえば俺の言い方が悪かったし、殴られたのはそれで帳消しってことにしといてやるよ」


 「でも」と言いかけたポールを遮って、デズモンドは自己紹介をした。


「もういいだろ、俺も謝らないからお前も謝らない。それでいいよ。俺、デズモンドって言うんだ。お前は?」


「……ぼくはポール。ポール・サムリヴァー」


「よろしくな」


***


 「はあ、それで召使いと三人でここに来たんだ」


「はい」


 打ち解けた二人は他の子どもたちと共に裏町の路地にいた。ポールの事情を聞いて、子どもたちは彼に同情の声を上げた。


「ありがとう。でもそろそろ彼らの元へ戻ろうと思います。きっと心配してますから」


「待ってよ。このままもしポールがこのまま召使いのところへ帰らなかったらどうなる?召使いはポールのお父さんとお母さんに報告せざるを得ないんじゃないか?」


「おそらくは……はい。もう連絡する手はずを準備しているかもしれません」


「ならこのままポールが隠れ続けていたら、ポールのお父さんやお母さんもこの街に来てくれるんじゃない?」


 たしかにそうかもしれないとポールは思う。もしこの街に両親が来てくれたら──。


「でもデニスはとても勘が良くて、ぼくが隠れそうな場所なんてすぐ見つけてしまうんです」


「俺たち、隠れるのにいい場所知ってるぜ」


 デズモンドは得意気に言うと、街のとある箇所を指差した。


「景色も最高さ」

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