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ポールを捜して(前編)

 見知らぬ魔法使いを探すために出てきて、まさか見知らぬ子どもを探すことになるなんて、思いもしなかった。


「申し訳ありません。お二人の時間をいただくことになってしまって」


 デニスさんが真摯に頭を下げて事情を説明する。


「今日はポール様と私、そしてメイドのミランダの三人で、ここマレイェンに来ておりました。本来は旦那様と奥様もご同行される予定だったのですが、急遽お仕事の予定が飛び込んできてしまわれて──」


 残念そうに首を横に振り、デニスさんは歩を進める。俺たちは今街の中央の広場へと向かっていた。もう一人の同行者、メイドのミランダさんとそこで落ち合う予定なのだという。


「ご両親と共に行けなくなったとお知りになった時のポール様の落ち込み様と言いましたら、それはもう痛ましいもので……私もミランダも今日はポール様に寂しい思いをさせまいと、懸命でした。──いえ、空回りしすぎたのかもしれません、私たちが盛り上げよう、盛り上げようとするほど、ポール様の胸中は空々しい思いが渦巻いたことでしょう」


 広場に着くと演奏は小休止に入っていた。


「ミランダ!」


 噴水のそばに立ち広場を見渡していたエプロン姿の侍女にデニスさんは声をかけた。それに気がつくと、すぐさまミランダさんはこちらに駆け寄ってきた。


「──お父さん、この子たちは?」


 ミランダさんは艷やかな黒髪をひっつめており、覗いている額には汗が玉となって浮かんでいた。彼女もまたデニスさん同様この街を走り回っていたのだろう。


「ミランダ。仕事中は名で呼べと言っていたはずだぞ。たとえどんな時でもな。……この方たちはルイさんとマリナさん。ポール様の捜索に快く協力していただけた」


 ちらりと先生を見たが、俯いていてその顔はよく見えなかった。でもきっと、苦虫を噛み潰したような表情をしているんだと思う。


「えっ!?……そう、なんですね。ありがとうございます。あ、私ミランダと申します」


 俺たちは手短に挨拶を交わすと、早速、行方不明になっているポールくんを捜す段取りを決めることにした。


「我々二人はポール様を見失った北側から、広場を中心とした大通りを東、西、南と順に捜しておりました。しかしポール様のお姿はどこにも見えず仕舞いで……ですので、これよりは裏通りもくまなく見てみようかと考えてる次第でございます」


「一つ、いいですか?」


 マリナ先生は片手を挙げると、デニスさんを見つめた。


「ポールくんが迷子ではなく連れ去られた、という可能性もあるんじゃないですか?もしそうなら私たちみたいな子どもより、街の大人たちに協力を仰いだほうがいいんじゃないかしら」


 見た目の割に落ち着いて、理路整然と話すマリナ先生にデニスさんは驚いて一瞬目を丸くしていた。


「……ええ、もしポール様が誘拐されたのであれば、マリナさんの仰る通りです。しかしもし、貴族の息子を誘拐したとなれば脅迫や金銭の要求があって良さそうなもの。ところが今現在に至るまで、我々に対して接触を試みてきた人物はおりません」


 ミランダさんも頷いている。


「ポール様が迷子であるならば、私共と致しましてはできるだけ事を穏便に運びたく存じます。無闇矢鱈と街の方たちに協力を仰いだ結果、悪意ある人間の耳にまで情報が届きポール様が本当に誘拐されてしまう、という状況を避けたいのです」


「いえ、でも…………。──ううん、わかりました」


 デニスさんの言葉に再び先生は反論をしようとしたが、マリナ先生は思い直した様子で言葉を留めた。


「でも私はルイお兄ちゃんと一緒にポールくんを捜すからね」


「ええ、もちろんでございます。三手に分かれると致しましょう。東西南北の大通りで区切って街を四つにわけまして、お二人には北西を、ミランダは南西、私は東側全域を捜してみます」


「大丈夫?デニスの範囲広くない?」


「ああ、もちろん大丈夫。ミランダは自分の区域を捜し終えたら、私の方はいいからルイさんたちの協力に行ってくれ」


 デニスさん自分の腰に手を当てぐいと伸びをした。


「よろしいですか?最終的に北側の出口で落ち合うことと致しましょう。ルイさん、マリナさん、このようなことに巻き込んでしまい誠に申し訳ございません。ですが何卒──」


「何言ってるんですか、デニスさん。困った時はお互い様ですよ。なあ、マリナ?」


「……うん」


 不承不承という感じだがマリナ先生は頷いてくれた。 


「感謝の極みでございます。そうそう、ポール様は金色の少しくせ毛の髪をして、濃い紫の眼をしておられます。服装は茶のズボンに白のシャツで、先程申し上げました通り身長はマリナさんと同じくらいです。それらを頼りに捜していただければよろしいかと」


「はい、見落とさないよう注意深く捜します」


「心より感謝申し上げます。それでは私、お先に失礼」


 丁寧に一礼をし、デニスさんは再び駆け足で南を目指して走っていた。そちらからしらみつぶしに東側を北上してくるつもりなのだろう。


「では、私も捜しに参ります。お二人共、よろしくお願い致します」


「あ待って、ミランダさん」


 その場を去ろうとしたミランダさんをマリナ先生が引き止めた。


「あの、ポールくんが行きそうなお店とか、そういうのありませんか?」


 ミランダさんは宙空を見つめてちょっと考えて、


「そうですねえ……ポール様は本がお好きなので本屋があればそこを覗いておられるかもしれません。ただ、大通りに面した本屋にはいらっしゃいませんでした」


 そう教えてくれると、ミランダさんもデニスさんの後を追うように、南の大通りを駆けて行った。


「さて……私たちも行きましょう」


 俺たちは東へ走る目抜き通りへと少し早歩きで向かった。


***


 大通りから小路に入り裏通りに抜けると、そこには商店はなく、街の人々が普段使いに行き交う通りだった。表の喧騒からは切り離された感じがする。


「さすがにこんなところまでは来ないかな?」


「子どもの考えることなんて、わからないわよ。でも今はそれより何より、まず私に謝らなきゃいけないことがあるんじゃないの、お兄ちゃん(・・・・・)?」


 やっぱり、この捜索に勢いで加わったことに先生はご立腹のようだ。


「ごめんよ、先生。でも俺どうしても放っておけなくて」


 はぁ……と先生は大げさな溜息を吐くと、気持ちを切り替えるように自分の頬をパシりと叩いた。


「まっ、こうなったからには、さっさとポールくんを見つけましょう」


「そうだね。ありがとう先生」


 俺たち街の部外者にとって裏通りでも、この街の住民にとっては立派な生活道。表ほどの道幅はないが、道は程よくきれいに整えられている。歩いていると買い物を抱えた主婦とすれ違った。


「どうやって見つけようか。ポールくんの行きそうな場所、もっと聞いておくべきだったかな」


「そうね──」


 しばらく歩き続けてもポールらしき子どもは見かけない。デニスさんは街の人に訊ねるのを躊躇していたが、やっぱり色々な人に協力を仰ぐべきでは、などと思いながら歩いていると、ふと、歩いている俺たちに向かい合うようにして、道の真ん中に十歳前後と思われる五人の子どもたちが立っているのに気がついた。男の子もいれば女の子もいて、明らかに俺たちに用がある素振りでこちらを見ている。


「やあ」


 近づくと集団の真ん中にいて枯れ草色の髪をした男の子がニヤリと不敵に笑った。髪の隙間からは意志の強そうな瞳が覗いている。


「お兄ちゃんたち、ポールってやつ捜しているでしょ?」


 マリナ先生はすでに「お兄ちゃん……」と不安気な妹を装っている。あとはよろしく、と言わんばかりに俺の服の裾をぎゅっと掴んで。


「……どうしてそれを?」


「俺たちの遊び(・・)に付き合ってくれるなら、そいつがどこにいるか教えてやってもいいよ」


 俺の質問には答えもせず、子どもたちのリーダーらしいその男の子は組んだ両手を後頭部に当てて俺たちの様子を窺っている。


「遊び?」


「そう、ただの遊び。鬼ごっこだよ。夕刻のローズ・ベルが鳴る前に、俺たち五人のうち誰か一人でも捕まえることができたらそっちの勝ち。そっちの女子はトロそうだからさ、一人でも捕まえることができたら勝ちでいいよ」


 「ね、簡単でしょ?」と挑発するように男の子は微笑んだ。「トロそう」と言われたせいで先生の掴む力が強まり怒りが伝わってくる。


「ローズ・ベル?」


「なんだ、兄ちゃんたち。田舎者?ローズ・ベルっていうのは、あの鐘のこと」


 男の子は親指で尖塔を指した。


「どうする?実質兄ちゃん一人だろうから、仲間を呼んでもいいけど?」


「……もし捕まえられなかったら?」


「お兄ちゃんたちの有り金全部貰おうかな。でもあんまり持ってなさそうだ」


 ジロジロと俺たちの格好を見て男の子はヘヘッと笑った。


「一つ確認させてくれ。ポールくんは無事なんだな?今こうしている間もポールくんを懸命に捜している人がいるんだ。事によっては遊んでいる場合じゃないんだよ」


「それも全部、捕まえることができたら教えてあげる!」


 「十秒数えてから動いてよ」と言い残すと、俺の返答も待たず子どもたちは四方に散って行った。去り際に「女の方に捕まったらお前ら罰金だからなー」と笑い合いながら。


「ルイ……」


「……はい」


「ぜっっったい全員捕まえてギッタギタにするわよ!私のこと子どもだと思って馬鹿にして!」


 ギッタギタにもボッコボコにもしません。


「どうどう。落ち着いて」


「どうどうじゃない!ほら、早く追いかけるわよ!あの一番生意気な子ども(ガキ)から捕まえてやるんだから!」


 もうすでに遠くになった枯れ草色の頭を指差して、十秒も待たずに先生は走り出した。


「待ってよ!」


 やれやれ、本当に面倒なことになったな。


***


 鬼ごっこの勝負を仕掛けてくるだけあって、子どもたちは勝手知ったる自分たちの街を自由自在に逃げ回った。足の速さそのものは俺の方が速いのだけど、もう少しで追いつく、と思ったらスルリと細い路地に滑り込んだり、人混みに紛れたりする。角を曲がると忽然と姿を隠したり、俺と先生で挟みうちにしようとしても、もう一歩、というところで巧みに逃げおおせたりするのだ。街中の追いかけっこは俺たちにとって不利なまま時間だけが無駄にすぎた。


 膝に手を当て息を切らしている先生を、離れた位置から子どもたちが嬉々として挑発する。


「『えーんえん、お兄ちゃ~ん。私もう、走れな~い』」


「俺たちの足が速くてごめんね、ごめんね~」


「このーっ!」


 先生は息切れたままヘロヘロと子どもたちの方へ向かっていくが、「わーっ」と子どもたちが蜘蛛の子を散らして逃げると、再びこちらにノロノロと戻ってきた。


「つ……疲れた……」


 朝早くから歩いてきた上に全力疾走の鬼ごっことくれば、先生の小さな体にはいい加減限界だろうと思う。なんとかして早く一人でも捕まえなければ。


「ただの子どもなのに、どうして一人も捕まえられないの!?」


 先生は地団駄踏んで悔しがっている。


「うん……」


 原因はわかっていた。地の利だけじゃない。子どもたちが俺たちの前に姿を見せる時は常に二人か三人だ。要するに子どもたちは入れ替わり立ち替わり姿を見せ、その間に隠れている子は休憩をして体力を回復させているのだ。一方のこちらは常に走りっぱなしで無駄に体力を消耗するばかり。


 つまりは追いかけているつもりが追いかけさせられている状況。子どもたちは俺との脚力の差を計算した距離で姿を見せ、自分らが確実に逃げられる地点へ逃げ込むとすぐさま隠れるという行動を徹底している。


 主導権を握っているのが向こうなら、まずはこちらにそれを手繰り寄せるべきだ。だが俺の思い描いている図を描くには、もう限界が近い先生と二人だけでは人数が足りない。一人で突っ走ってもきっと無理だろう。だからデニスさんとミランダさんの二人に合流したいのだけど、あっちこっちと走り回っているうちに今自分が街のどのあたりにいるのかさえわからなくなりつつあった。


 先生に小声で呼びかけると、俺は一度街の大通りに戻ることを提案した。


「一度目抜き通りに出て、デニスさんたちを捜して合流しよう。二人だけじゃ、だめみたいだ」


 先生はコクンと頷いた。言葉を発するのも億劫なほど疲れているのだ。


「よし──じゃあ、とりあえず子どもたちは無視して二人を──」


 そう言いかけた時だった。


「ルイさん!マリナさん!どうされたのですか!?」


「ミランダさん!」


 捜す手間が省けた。


 ミランダさんは街中を子どもたちが走り回っているという話をたまたま耳にし、もしかしたらポールかもしれないと慌てて自分に任された区域を離れてきたとのことだった。


「どうやら相当振り回されたようですね。ここはもう広場が目と鼻の先ですよ」


 言われると、賑やかな音楽が聞こえていることに気がついた。俺たちから説明を受け、ミランダさんは黒髪を改めて整えている。


「私もその鬼ごっこに加わりましょう。父……デニスがいればより心強いのですが。でも彼も噂を聞きつけそのうち来てくれることと思います」


「助かります」


「一人でも捕まえればよろしいのですね?」


「はい。一応そういう約束です」


 子どもたちも遠巻きにミランダさんを確認すると、


「応援が来たぞー!」


 とはしゃいでいる。


「ではさっさと捕まえて終わりにしましょうか」


 ミランダさんが子どもたちに向けて駆け出した。


***


 「嘘でしょ……」


 走り疲れてミランダさんは道端に尻もちをついた。


 ミランダさんは決して脚が遅い人ではない。だが子どもたちは巧みに俺とミランダさんの包囲を逃げ回り、ついていくのがやっとの先生を煽り倒し、終いには俺たちの目の前で悠々と歩いてみせたりもした。


「どうなってるのよ……」


 喘ぎながら道の向こうでおどけている枯れ草色の少年を睨み、ミランダさんは嘆息した。


「おーい、おばさんどうしたあ?」


「おばさん違う!まだギリ二十代!」


 ミランダさんがあられもなく喚いているのを、俺は聞かなかったことにした。


「マリナ、大丈夫?」


「……」


 ミランダさん以上に息を乱している先生はとても苦しそうだ。


「チビの方は倒れないように水でも飲んどけよ!」


 おお、恐れ知らずの子どもたち。きみたちが馬鹿にしているこの人は俺より歳上なんだぞ。


「チビだけにチビッと」


 自分らの言葉にゲラゲラ笑っている子どもたちの方はまだまだ余力がありそうだ。そうこうしている間に夕暮れも近くなっている。


「どうしましょう……」


 一息入れてミランダさんが立ち上がった時だった。


「──うわっ!」


 突如、そばの裏道から子どもの驚いた声がしたかと思うと、バタバタと物音がして、やがてそこからデニスさんが子どもの腕を掴んで姿を見せた。


「皆さん、捜しましたぞ。鬼ごっこの最中でしたかな?」


「はーなーせーよー!」


 デニスさんの腕から逃れようともがいているのは、俺たちが追っている子どもたちの内の一人だった。

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