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マレイェンの街へ

 翌朝、いや、朝というには早い時間に俺は目を覚ました。まだ暗い居間のソファの上であくびをしていると、身支度をしているのか先生のパタパタとした足音が聞こえる。どうやら先生の方が早起きだったみたいだ。もしかして俺が起きるの待っていたのかな。急いで顔を洗い支度を整えると、俺は先生の部屋のドアを開けた。


「先生、準備できたよ……っておお」


 先生の机には白の強いクリーム色の宝石箱が置かれていて、開いている箱の中央には真紅のペンダントが丁寧に置かれていた。まだ部屋は薄暗いのにその比較的大きな紅い宝石は独りで輝いているように思えるほど妖しく煌めいている。俺が部屋のドアを開けるとすぐ、先生はそのペンダントを隠すように箱を閉じた。心なしか部屋がちょっと暗くなった気がする。


「こらルイ。乙女の部屋を開ける時はノックくらいしなさい」


「ごめん、俺の準備を待っていたのかと慌てて。──それ、着けていかないの?」


 先生は箱を箪笥の奥に仕舞おうとしていた。てっきりペンダントを着けておしゃれして行くのかと思ったけれど。


「……いえ、ただ見ていただけよ。さ、行きましょう」


 先生は箱を仕舞うとそっと抽斗を閉じた。


 小屋の外は朝もやに包まれていて、薄っすらとした肌寒さが早朝の新鮮な空気を保っていた。この空間とテオ山とを結ぶあの木の根へと向かいながら俺はちょっとした心配事を先生に尋ねた。


「街へ行くって、どこに行くの?俺ここらの土地勘さっぱりだからさ、ルーシュ……って言ったかな、ここに来る前に立ち寄った、小さな街しか知らないよ」


「うん、距離的にはその街が近いんだけどね。あんまり小さな街だとそのうち顔を覚えられちゃうから、買い出しはそれなりに人の出入りがある街に行くようにしてるの」


「じゃあガラリアへ?」


 先生は首を横に振って「マレイェン」と呟いた。


「ガラリアから北にある、マレイェンという街」


 俺たちは木の根のアーチの前に立つと、まず俺が慎重にあたりの様子を窺いながら、アーチををくぐり抜けた。あるいはファングがうろついているかもと思ったけれど、山の中は静かで呑気に小鳥がさえずりながら木々の間を飛んでいる。至って平和で人の気配も魔物の気配もはまったくない。小声で「先生、大丈夫みたいだよ」と声をかけると、アーチ部から先生の生首だけがぬっと顔を出した。


「……」


 しばし周囲を見回していた先生は、誰もいないと判断すると這いずり出てきた。杖は片手にしっかりと握っている。


「よし──まずは問題なしね」


 先生が先導してまずは街道を目指しがてら、俺たちの「設定」を先生は作り始めた。


「街では私たちは兄妹ということにしましょう。あなたが十五のお兄さんで私が十一……十二の妹ちゃん。ややこしくなるから名前は偽名を使わず、そのままでいきましょう」


 「いい?ルイお兄ちゃん?」と、マリナ先生は後ろ向きに歩いて俺を見るとにっこり笑った。


「わかった、先生……マリナ」


「可愛い妹にせがまれたお兄ちゃんは仕方なく、妹ちゃんに付き添ってマレイェンまで買い物に来た、というところが無難かしらね。話し込むほど深く他人と関わるつもりはないけれど、色々詮索されそうになったら両親は死んで二人だけでたくましく生きている体を装いましょうか。子どもが涙を見せればあんまり聞かれないものよ」


「それで誤魔化せるかなあ」


「大丈夫!よっ!大黒柱のお兄ちゃん!」


 不安だ。それにしても、俺たちがこうやって山の中を歩いているのに、魔法使いどころかファングの姿も気配すら感じない。茂みで何かが蠢く気配のする時もあったが、野ウサギや小動物の類いで怪しいものは何も出てこなかった。


「──本当に静かだ。もしかしたらファングが襲ってくるかもって思っていたけど」


「そうね。私も何の気配も感じないわ。もしかしたらまだ眠っているのかもね」


 街道に出てもまだ朝の早い時間のためか他に人影はなく、俺たちはちょっと緊張感を緩めて、時折休憩を取りながらマレイェンへと歩を進めた。街道に出るまでは気を張って周囲を注意深く観察しつつ歩いていた先生も、今はあくびを噛み殺しながらてくてくと歩いている。


「朝早すぎたかなあ。お腹減ってきたね、お兄ちゃん」


 たしかに。そろそろいつもなら朝ごはんの時間だ。早く起きたせいもあって空腹感がじわじわ鳴き始めている。というか、まだ他の人影もないけどもうその「設定」始めるんですね、先生。俺も合わせないと。


「街についたらまず食事しなきゃだな」


「テオ山を抜けたらすぐだからお昼前には着くと思うけど、朝の分とお昼の分と、合わせていっぱい美味しいもの食べよう」


「先……マリナは街で何食べたい?」


「えーっと、そうだなあ……」


 何気ない演技混じりの会話のつもりだったけど、先生は指先を口元に当てて、どうやら真剣に考えているみたいだ。


「アップルパイ!大きくて、リンゴが沢山乗ってる、アップルパイが食べたいな!一切れ、二切れとかじゃなくて、まるごと!」


「そんなに沢山だと二人だけじゃ食べ切れないよ」


 山の中では先を歩いていた先生も、今は俺と並んで歩いている。そういう「設定」だとはわかっていても、隣でケラケラと無邪気に笑いながら話しをする先生はまるで、本当に年下の女の子のように錯覚した。


 やがて俺たちは三叉路にぶつかった。標識は二つの道は片方が王都ガラリアへ、もう片方がマレイェンへと向かう道だと示していて、それによるとガラリアへはまだまだ先が長いようだ。


 マレイェンへ向かう街道を進むと山の中では左右から頭上を覆ってきていた木々の枝も開きはじめ、次第に下り道となっていった。見上げた空は今日も天気がよく、トビが旋回をして悠々と飛んでいるのが見えた。


「あっ見えてきたよ」


 先生は見晴らしの良い場所を見つけると道を少し外れ、そこへ俺を手招きした。並んで見下ろすと、そう遠くない場所に街があるのが見える。一際高い尖塔は鐘楼だろうか。ちょうど、鐘を打ち鳴らす音がかすかに聞こえた。


「あれがマレイェン」


「鐘の音が聞こえるけど、あの赤い塔は鐘楼?」


「うん、澄んだ音色でしょう?あれはマレイェン観光名所の一つ。塔は年に何度か一般開放して登れるらしいけど、今日はどうかしらね」


 手頃な岩に俺たちは腰掛けて、しばらくぼんやりとマレイェンの街やそこに繋がる街道を見下ろしていた。


「そういえば結局、誰にも会わなかったね」


 俺がそう言うと、先生は肩をすくめて苦笑していた。


***


 街は近づくにつれその大きさと活気が増しているように感じた。日はすでに高く登っている。街は本格的に動き出しているのだ。


「この街は商都として繁栄しているからね。あちらこちらから随時人の出入りがあって、私のようなのに都合がいいのよ」


 俺たちが歩いてきた街道はいつの間にか大きな道幅の街道と合流していた。街の方から出てきた大きな荷馬車が南へと向かって行くのを脇にそれてやりすごす。おそらく本流はテオ山を経由しないでガラリアと直通になっているのだろう。


「もう、さすがにクタクタ。街についたら本当にどこかで食事がてら一休みしましょう」


「……魔法でビューンとひとっ飛び、というわけにはいかなかったの?」


 小声でそう尋ねると、じろりと先生に睨まれた。


「おばか。私は平穏無事に、波風立たない静かな湖面のように暮らしたいの。もしもの時のために杖は持ってきているけどね……魔法のことは絶対秘密。ルイも杖は絶対に他人に見せないこと。魔法のことは何も知らないフリをしなさい。いいわね」


 気の抜けた生返事で返すと先生に凄まれてしまった。


「お兄ちゃん?」


「わかりました。……わかったよマリナ」


「よし。まずはお腹を満たすとしましょう」


 ん、と先生は俺に向かって手を差し出すと、


「お兄ちゃん、マリナお腹減ったー!」


 再び先生は妹になりきって、仲のいい兄妹のように手を引いていけと目で指示を出した。先生、その変わり様がちょっと怖いです。


***


 街は目抜き通りが東西南北それぞれに走っており、外から見たあの尖塔は街の北西側に位置している。中央は大きな噴水のある広場で、ほぼ毎日そこでは何かしらの催し物が行われている。──ということを、街に入りすぐ目に止まった飯屋に入り案内されたテーブルにつくと、先生が妹のフリをしながらさり気なく教えてくれた。


「──でね、この街、本当に色々なお店が並んでいるから、有名なお店だけじゃなくて街の人の中でも一部しか知らないような、隠れた名店もあるんだって。それにこの街の面白いところはね、区画ごとにお店の種類を決めたりしていないから、いつ来てもどこに行こうか迷っちゃって、毎回新しい発見があるの!だからこの街はね、毎日がお祭りみたいなものなんだよ!」


 窓の外はとても賑やかだ。晴れた空の下、大声で自身の店に寄ってくれと呼びかける人の声があちらこちらから聞こえてくる。予算の都合で何を優先して買うべきか議論しているのだろう、店先で口角泡を飛ばし合う家族連れと思しき人たち、興奮してはしゃぎ回る子どもたち、仲睦まじい恋人同士、慣れた様子で店を見回る老夫婦。身なりの整った人も、俺みたいに素朴な格好の人も、様々な人たちが往来を歩いていた。歩く人だけじゃない。おそらく貴族でも乗っているのだろう立派な馬車が、時折右へ左へ走っていく。街に入った瞬間、初めて浴びる人いきれの凄さに圧倒されて少しめまいを覚えたのは先生には内緒だ。たしかにこの賑わいは人混みに紛れたい先生にはうってつけだと思う。


「あらあ、この街のこと、勉強してきたんだねえ」


 注文した料理の皿を持ってきた店員のお姉さんが目を細めてマリナ先生を褒めた。


「えっへん」


 お姉さんから皿を受け取りながら、俺はマリナ先生に尋ねた。


「まずはどこに行こうか」


「えーとね……」


「特にこれといったお買い物を決めてないなら、まずは中央広場に行くといいわよ」


 と、お姉さんが俺にウィンクをしながらアドバイスをくれた。


「今日はたしか──ガラリアから楽隊が来て演奏してるんじゃないかしら」


「へぇ、いいですね」


 どうですか、と先生を見やると、頷いて同意してくれた。


「いいねそれ、私も聞いてみたい!」


 楽しんでね、と笑顔を置いてお姉さんが去ると、空きっ腹の俺たちは早速皿に手をつけた。俺がメニューをきちんと読み取れないのを察して、先生が素早く注文した料理がテーブルに置かれている。それぞれの前には、様々な具材が挟み込まれているサンドイッチと湯気を放つトマトと牛肉のスープ。テーブル中央に置かれた比較的大きな皿の上で切り分けられているパイ生地のものは──。


「キッシュ。シーフードのキッシュだよ」


 俺の出自から、海のものは珍しいだろうと当たりをつけていたようだ。いただきますをして早速その皿に手を伸ばし一切れを口に運ぶと、白身魚のものだろう、ふっくらとした味わいが口に広がった。


「あっ美味しい!生地は結構サクッとしてるのに、中はフワッとしてて」


 でしょう?と得意気に先生も一切れ取ると「正解だったみたい」と頷いて顔をほころばせた。


「──それにしても、本当に人通りがすごいな」


「ねー、お兄ちゃん。お昼時になると、きっとここも座れないほど人で溢れ返るかも」


 まだ席に余裕がある店内をぐるりと見回して、先生は疲れを吐き出すようにふうとため息をついた。


「ある意味、ラッキーだったね。お腹ペコペコの状態で待たされるなんて、私きっと耐えられない」


 キッシュを口に含んだまま俺は頷いて返事をした。あと何切れ取っていいかな、なんて上の空で考えながら。


 空いたお腹はサンドイッチとスープとキッシュでかなり満たされた。それでも先生は食後にと甘いプリンをためらうことなく注文するのだから驚いた。小声で「その方が妹っぽいでしょ」なんて言っていたけど。本当は道中に言っていたアップルパイをご所望のようだったけど、残念なことにそれはメニュー表になかったみたいだ。


 ただ先生の狙いは食後のデザートを食べるだけじゃなかった。そう、マリナ先生は俺たちの目的を忘れていたわけではなかったのだ。


「そういえばテオ山、朝通ったけど魔法使いなんていなかったね。誰も出てこなくてよかったあ」


 と、先程のお姉さんがプリンを持ってきているのを見計らって、俺に目配せをしながら先生が話を振った。俺もそれに調子を合わせる。


「山の中にいるっていう魔法使いだっけ?そんな人いるわけないって、マリナは怖がりなんだから」


「えーだってー」


 先生がわざとらしく頬を膨らませていると、狙い通りお姉さんも会話に混じってきた。


「色々なお客さんたちからテオ山の魔法使いの噂は私も時々聞くけどねえ。実際に会ったって人は知らないわ」


「ですよね。でもコイツ、絶対いないって言っても『いるかも』って聞かなくて」


 お姉さんは微笑みながらプリンの器をマリナ先生の目の前に置くと、ちょっと考える仕草をして、


「でもねえ、何かがいるのは確実かもしれないわよ」


 とニヤリと不敵に笑い、お姉さんは俺たちに顔を近づけると声をひそめ語りだした。


「お店でたまたま聞こえてきた話を他のお客さんに話すのは良くないんだけどさ。あの山に一度、魔法学園の人らがその魔法使いの捜索に入ってるのは知ってる?」


 その話はもう知っていたけど、知らないふりをして俺たちは驚いた目をして見せつつ、お姉さんに先を促した。


「うん、そうなんだよ。噂の魔法使いの真偽を確かめるためにね……。でね、その捜索のために教師と生徒を学園から山の麓まで馬車で運んだっていう御者がポロリと言っていたのを聞いちゃったんだけどね……」


 お姉さんは俺たち二人を見比べてると、一層顔を近づけて続きを語った。


「行きと帰りで生徒の人数が違っていたんだって……!帰りは一人、減ってたのよ。普通仲間が一人欠けていたら大騒ぎになるはずじゃない?それも学園の生徒っていう身分なら尚更よ。でも教師も生徒も全然そんな素振りも見せず平然としていたから、その御者何があったか怖くて聞くに聞けなかったって震えてた」


 それは知らなかった。今度は本当に驚いて、思わず俺は息を呑んだ。


「数え間違いじゃないの?」


「いいえ。その御者ね、幌の中でお尻が痛くならないようにって、人数分のクッションわざわざ用意していたらしいのよ。行きは間違いなくぴったりだったのに、帰る時は一つ余っていたらしいわ……」


 先生がヒッと小さな悲鳴を上げた。迫真の演技だ。


「きっと山に潜む魔法使いが攫ったのよ。残された人たちにはその子に関する記憶を奪う魔法をかけてね。だから誰も気がつかない……誰もわからない……ただ、気がつくと誰かがいない……そいつはそうやって手に入れた若い子の生き血を吸って、より強力な魔法使いになろうと次の生贄をテオ山で手ぐすね引いて待ち構えているの……そう……次の生贄は……お前だーーっ!!」


「キャーッ!」


 店員のお姉さんはぐわっと両手を広げ構えると、マリナ先生に襲いかかるふりをしてみせた。先生も興が乗ったようでノリノリで怯えるふりをしている。


「あっはっは!ごめんごめん。……でも生贄云々はともかく、御者が一人足りなかったって言っていたのは本当だからさ、何があるかわからないあの山に日が暮れてからは近づかない方がいいよ。特にあなたたち子ども二人だけでなんてね」


 話し終えたところで厨房の方からお姉さんを叱る声が飛んできて、「やべっ」とペロリと舌を出して俺たちに手を振ると、お姉さんは仕事に戻っていた。


「……驚いた」


「そうだね」


 エプロンを揺らし去っていくお姉さんの後ろ姿を見送ると、先生はスプーンでプリンを突っついて一匙口に運んだ。


「こんな感じで情報を集めていけば何かわかるかな?」


「そうね……うーん……」


 何事か考えているのだろうか、先生は黙々とプリンを味わっている。今の話についてもっと先生と語りたい気持ちがあったけど、店内は徐々に席が埋まりだしている。声を落としてもそばにいる人らには聞かれてしまいそうだ。


「……そうだ、マリナ。広場で演奏を聴いた後、どう見て回ろうか」


 声の調子を戻して、俺はマリナ先生の兄のふりをしてプリンを見事に食べ終えた彼女を見つめた。


「うーん……。前に来た時は南側をメインに見たから、今日は北の方に行ってみようよ」


 先生のことだ。昨年末に来た時は南側で手早く買い物を済ませたのだろうな。


「前に来た時はどんなお店に入ったんだっけ。覚えてる?」


「もう、お兄ちゃんったら。えっとね──」


 それから俺たちは他愛もない無駄話をしながらその店で暫しお腹と脚を休ませた。

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