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マリナ先生考え中

 見知らぬ魔法使いがテオ山にいると判明してから、俺も先生も魔法の勉強に身が入らず俺たちはどこかフワフワとした午後を過ごしていた。


「先生」


「んー?」


 口では返事をしてくれるものの、心ここにあらずといった調子で先生はずっと考え事をしている。午前は実技で午後は座学と予め聞いていたので、先生から譲り受けた本を昼食後に開いてみたけれど、内容がさっぱりわからない。それで本の解説を先生に頼みたいのに、この調子ではちょっと期待できない。昼食の時など俺が適当に用意したサラダの皿をドレッシングの海にしていたし、プチトマトは丸呑みしたように見えた。


 ファングに襲われたあの夜、俺ではない誰かが魔法を使ったのはたしかに驚きだけど先生はちょっと深く考えすぎじゃないのかな、なんて思う。


「……マリィィィィナ師匠!」


 ソファの上にあぐらをかいて引き続きぼんやり考えている先生を、試しに巻き舌をしてふざけて呼んでみた。


「んー?」


 反応ナシのつぶて。駄目だこりゃ。今日はもう他のことをしよう。そう決めて本を閉じると、俺は先生に


「外回りをきれいにしてくるよ」


 と言って表に出た。遅れて、中から「んー」という相も変わらぬ先生の気の抜けた返事が聞こえたきた。きっと今の先生に俺の声はきちんと届いていないだろう。


 小屋の外はよく晴れていて、先生もどうせ悩むなら外で陽の光を浴びながら悩めばいいのにと思う。午前中は魔法のことで頭がいっぱいだったけど、今、丘の上から四方を改めてよく見渡すと、この空間はどこまでも続いているような感じがした。「存在しない空間を認識することによって」云々と先生は言っていたけれど、この空間の水平線のその先も、先生は認識して成り立たせているんだろうか。


「魔法ってわっかんないなー」


 ぼやきながら小屋をぐるりと回ると、裏手には家庭菜園らしき囲いのされた場所があった。「らしき」と言ったのは、昨日先生が話していた通り、囲いの外も内も草がぼうぼうと伸び放題で、「家庭菜園」と呼ぶにはちょっとおこがましく思えたからだ。「跡地」を付け加えて呼ぶべきか。それにしても酷いなこの惨状は。数ヶ月放置した程度では、こうはならないと思う。先生は一体何年ほど放置しているのだろう。何年、ここに一人で住んでいるのだろう。


「まっ、やれることからやりますか」


 とにかくここからきれいにするか、と俺は腰をかがめ草をむしりだしたのだった。


***


 日が傾き始めると俺は作業を終えた。なんとか雑草に覆われていた家庭菜園跡地に自らの姿を思い出させることができたようだ。これで後は耕して畝を作り野菜の種でも蒔けば、家庭菜園としての本分を果たせる。頑張れよ、と土をポンポンと叩いていたら先生が俺を呼ぶ声がした。先生の考え事もどうやら一段落ついたらしい。


「ルーイー?」


「はーい!裏にいるよ!」


「裏ぁ?」 


 家庭菜園の位置は台所のそばにあった。足音が聞こえてその台所の窓に栗色の頭が見えたかと思うと、ひょっこりと先生は顔を出した。


「あ……畑をきれいにしてくれていたんだ」


「ちょうど今終わったところだよ」


「ありがとう。もしかして午後からずっとしてた?疲れたでしょう」


「もう腰ガチガチ」


 わざとらしく腰をかがめて歩いてみせると、マリナ先生は声を立てて笑った。


「っふふ!ごめんね、ちょっと考えていたものだから。今夜のお夕飯は私が作るから、泥を落として先にシャワー浴びていいわよ、その間にちゃちゃっと作ってあげる」


 そういえば昨夜も今朝も、なんとなく俺が台所に立ったから簡単な、ありあわせのものばかりだった。先生の料理の腕はどうなんだろう。ちょっとワクワクする。


 窓から先生の顔が引っ込むと、早速ガチャガチャと調理器具を準備する音がし始めた。フライパンか何かが派手な金属音を立てて床に落ちて、先生の「あちゃー!」と呟くような声がした気がするけれど、聞かなかったことにしておこう。いや、もう聞いてしまった先程のワクワクが、若干不安の色を帯びている。


 小屋の中へと戻り廊下の奥の浴室へと向かう途中、ちらっと先生の後ろ姿を覗くと何か肉を焼く準備をしているようだった。故郷では見かけない香草が置かれている。それを使うつもりなのだろう。


「じゃあ先生、先にシャワー失礼します」


「はいどうぞ。もう焼いちゃうから、早く来ないと冷めちゃうわよ」


 先生は背を向けたまま、片手をヒラヒラとさせていた。


***


 「おおーっ!美味しそう!」


 シャワーを浴び終え食卓についた俺は心から先生に賛辞を送った。テーブルに並べられたメインの皿の上には、切り分けられた鶏もも肉の香草焼きがサラダと共に置かれていて、爽やかな香りが食欲をそそった。香りだけでなく色も鮮やかで、台所を散乱させていた人の手によるものとは思えない出来だ。


「先生、料理、やればできるじゃないですか」


 椅子を引きながらそう軽口を叩く。


「やればできるって……ルイ、私をなんだと思っているの」


「ずぼらな人」


 俺の即答にピクッとマリナ先生の眉根にシワが寄った気がするけれど、逆鱗に触れたわけではないらしい。


「ま、まあ?たしかにあちこち荒れ放題にさせていたのは事実ですけど?料理の腕とは何も関係ないことですわよ?」


 なぜ急にお嬢様になったのですか、マリナ先生。心の中でだけツッコんで、俺はそれをスルーした。


「それでは早速いただきまーす。あ、本当に美味しい」


 香草の香りがアクセントとなって口の中に広がる。鶏肉の旨味ある油と香辛料が見事に調和していた。


「でしょう?……というか『本当に』って何。さっきから引っかかることばっかり言うわね。たしかに作ったのは久々だったけどさあ……レシピ通りに下準備してお肉を焼くくらい、私にだってできるわよ」


 「ホラ、おいしーい!」と自画自賛しつつ、先生は頬を緩ませもも肉を口元へと運んでいる。


「レシピってあの本?」


 俺はこの国の家庭料理が載っていた薄い冊子を思い浮かべた。おぼろげだけど、似たような料理が載っていた気もする。


「そうよ。ルイも魔法の勉強だけじゃなくて料理の勉強をして、どんどん美味しい料理作ってね」


「……精進します。ところで先生、この肉どうしたの?野菜は床下にあったけど」


 トントンと足を踏み鳴らして、俺は先生に尋ねた。昨夜の夕飯を作る時、野菜は台所の床下の冷暗所にあると教わっていた。トマトもレタスもそこから取り出したものだ。おそらく床下で保存するのにも魔法が使われているのだろう。今先生が口に運んだ真っ赤なトマトも、まるで今朝採れたてと言わんばかりに張りとツヤがある。


「お肉も床下」


 と、傍らに置いていた杖で流しのそばの床を示した。


「一箇所にまとめておいても問題ないのだけれど、気分の問題で分けて入れているの」


「へえ気分の……あ、覗いてみてもいい?」


「いいわよ」


 床板をずらして下を覗くと、野菜を保存している冷暗所の1/3ほどの空間が広がっていた。中はすのこ(・・・)のような木板が床代わりに置いてあり、そこに肉が並べられている。背後では先生が「『気分』って言うけどね、魔法を使う上で気持ちに正直なことって大事なんだよ。それはつまり己の魂に従うということなんだから」云々と魔法講義を始めている。本調子に戻ってきてくれたようだ。そろそろ日中何を考えていたのか聞いてみてもいいだろうか。


「はあ……これも魔法で保存しているんだ」


「ん、そうよ」


「でもこの量だとあと1、2週間もすると使い切ってしまいそうだね。野菜もあんまりなかったし」


「人数が倍になったからね」


 「倍」と、先生がわざとらしく強調する。俺は「あはは……」と苦笑しながら床を戻した。


「まあいいけどね。無いものは買いに行けばいいんだし」


「えっ!?」


 思わず驚いて、椅子に座ろうとした姿勢のまま先生を凝視した。俺の反応に先生はキョトンとしている。


「えっ?何?……あっ!まさかルイ、私が年がら年中ずっとこの小屋に引きこもってると思っていたの?」


「いやそうじゃなくて……その……怒らないでほしんだけど」


 実はちょっとそう思っているけど、本題はそこじゃない。


「もう何。怒らないから、マリナ先生に何でも言ってみなさい」


 「どーんと」と、両腕を先生は広げた。


「……食料は道行く人の荷物からこっそりと盗……調達しているのかと」


 一瞬の沈黙。


「バカーッ!」


 料理が皿ごと吹き飛ぶかと思うほどの声量だった。


「はあ!?信じられない!私のこと山賊か何かだとでも思っているの!?」


「いやその……ここに来る前に宿屋でそういう噂話を聞いたものだから……」


 多分怒られるだろうなと腹を括ってはいたけれど、やっぱりメチャクチャに怒らせてしまった。これでは先生の考え事を聞ける雰囲気じゃない。気まずい沈黙の中先生はガツガツと料理を平らげると、テーブルを両手で勢いよく叩いた。驚いて、皿だけでなく俺も飛び跳ねてしまうところだった。先生はというと、テーブルに手の平をつけたまま暫く俯いていた。


「……」


「…………ルイ」


「は、はい!」


「その宿屋で聞いたっていう噂話、一から十まで全部話して」


 先生はフォークを再び手に取ると、腕を伸ばして俺の皿に残っていた鶏肉を掠めていった。一番最後に食べようと取っておいた俺の鶏肉。その最後の一切れが先生の口に飲み込まれていく。


「お、俺の肉が……」


「うるひゃい」


 もぐもぐと咀嚼をしていた鶏肉を飲み込むと、先生はフォークで俺をビシッと指した。


「全部よ、全部。細大漏らさず何もかも洗いざらいに白状してちょうだい」


「先生、そんな罪人みたいに言わなくても」


「それはこっちのセリフよ。ホラ、時間の無駄だから早く話しなさい」


「はぁ……わかりました」


 俺はあの夜を懸命に思い出しながら、宿屋で聞いたことを詳らかに語り始めた。


 ***


 「──というわけで、噂話をまとめるとテオ山に魔法使いがいるかもということだったんで、俺はその人に弟子入りしようと山に入ったわけ」


 俺の話しを身じろぎもせず黙って聞いていた先生は、コップの水を口にちょっと含むと「なるほどね」と一人合点がいった様子だ。


「まず改めて言っておくけど、ルイが宿屋で聞いた噂話、それ全部私関係ないわよ」


「マジでか。じゃあ──」


 思わず口調がくだける。じゃあ、あの噂話の発端は誰になるんだ。


「マジのマジよ。でも火のない所になんとやら、テオ山に私以外の魔法使いがいるのは確実みたいね」


 俺の言葉を先回りして先生は頷いた。


「正確に言えば『いる』というより『隠れ潜んでいる』かしら。他人(ひと)の荷を盗むあたりだいぶ追い込まれているわねその人。ピンチのルイを助けたとすると、どうしようもない悪人ではないみたいだけど……」


 学園に入れるのは恵まれた環境にある貴族だけという事実を考えると、魔法使いが山の中に隠れ潜むのはかなり差し迫った事情があるように思える。だからレオハルトたちも十中八九いないという考えだったのかな。


「うーん……そうだ、前に先生がこの空間から出た時にはどうだった?誰か見かけなかった?」


「前ねえ……たしか最後に出たのは年の暮れだったから、えーと三、四ヶ月前になるかな。その時は別に……って何よその顔」


 ひいふうみい、と指を折って外出の記憶を漁っていた先生を俺は呆れ顔で眺めていた。


「いや、やっぱりほとんどここに引きこもっていたんだなあって」


「外出する理由がなかっただけよっ」


 テーブルの下で俺の脛をコツンと蹴って先生は頬を膨らませた。


「とにかくその頃は何も異常はなかったわ。……私が気が付かなかっただけ、という可能性もあるけどね。それでなんだけど、明日街に出てみましょうか」


「明日?」


「ええ。出てみるべきかどうか午後からずっと考えていたのだけれど、その噂話で決心したわ」


「……」


 午後からずっと、外出するかどうかだけであんなに悩んでいたっていうのか。そんなんだから引きこもりに──。


「コラッ。また良からぬこと考えてる」


 再びコツンと脛を蹴り上げられた。


「──もしその魔法使いがいたらどうするつもり?」


「もちろん、テオ山から出て行ってもらうわ。多少強引にでもね。その魔法使いの迂闊な行動のせいで噂が流れて、それで結局ルイがここに辿り着いちゃったわけだし……。私的にこの現状を放置するのは下策なのよ」


 マリナ先生がここに一人でいる理由に関わりがあるのだろう。もうこれ以上、自分自身の事は語るまいと言わんばかりに口をつぐむと、先生は椅子からおりて床下の冷暗所を覗いた。


「……まだ余裕はあるけれど、ついでに買い出しも済ませましょう。明日、日の出とともにここを発って街へ向かうわよ」


「出会うまで山の中をうろつくっていうのはどう?街はまたの機会にしてさ」


 先生は頭を振った。


「行きでは探さないわ。最大限注意して気配を探るつもりではいるけど。先に街で件の魔法使いの情報を集めましょう。些細な噂話でも何かしら得るものがあるかもしれないからね。つまり本命は帰り。なんとしてでもそいつを見つけてやるわよ」


 先生は本気だ。覚悟を決めた表情で熱い目をしているけれど、たかだか人を探すだけなのに気合入りすぎでは?


「先生、マジですね」


「大マジよ。明日は早いから早く寝なさい」


 俺の軽口は流して、先生はシャワーを浴びる用意をするために自室へと戻っていった。


 俺も食器を片付けたら今夜は早く寝よう。洗い物をしながら窓からすっかり暗くなった外の景色を眺めると。今日の成果の家庭菜園の姿が部屋の明かりに照らされていた。


「そうだ、街で何か野菜か果物の種でも買ってもらえるかな」


 そう独りごちたところで、ふと、先生がお金の心配をまったくしていないことに気がついた。買い出しに行くと言っていた以上お金はあるんだろうけど、そのお金どうやって手にしたんだろう。

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