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コミカライズ作品

【コミカライズ】婚約破棄の準備、整いましてございます♡

作者: 狭山ひびき

短編か連載か悩んだんですが、さらりと読める短編に仕上げることにしました。

楽しんでいただけますと幸いです!

 突然ではございますが、わたくし、ブライズ・フォニータは、婚約破棄することにいたしました。


 フォニータ侯爵令嬢であるわたくしは、高位貴族の例にもれず、社交界デビューを果たした二年前――十五歳の時に、チェスター・アーチボルト様と婚約いたしましたが、この二年、チェスター様の態度はまあひどいものでしたから。


 何がひどいって?


 それはこれからチェスター様を追い詰める材料ですから、ここでは語れません。

 ただ、アーチボルト伯爵家の跡取り息子チェスター様は、わたくしのことを、何をしても許される女だとお思いになっていたらしい、ということだけお伝えしておきましょう。


「さあ、準備は整いました」


 わたくしは分厚い日記帳を持って立ち上がります。

 この日記帳は二年前、チェスター様との婚約を機に購入したもの。


 ――この中には、言い逃れができないチェスター様の悪事の数々が書き記されてございますの。



     ☆



 フォニータ侯爵家のタウンハウスのサロンで、わたくしは青ざめるチェスター様ににこりと微笑みかけます。


 あらあら、せっかくの美男子が台無しですわよ。


 わたくしより一つ年上のチェスター様は、おじい様を公爵に持ち、伯母さまが王妃様という、やんごとないご身分の方でございます。

 そのせいか、お父様が次男で、公爵家をお継ぎになれないにもかかわらず、チェスター様は昔から、まるで自分が王子のように高慢ちき――おっと失礼いたしました、ご自分が王子のごとく高貴な身分であると多大なる勘違いをしているちょっとイタイ方でございました。


 どうしてそんな方とわたくしが婚約する運びになったのかと申しますと、簡単に言いますと圧力です。

 王妃殿下からの圧力により、わたくしは、チェスター様の婚約者に、無理やり――そう、無理やりでございます――させられてしまったのです。


 その背景には、非常に面倒くさい政治がらみの問題がございまして。

 まあ、端的に申しますと、王妃様がフォニータ侯爵家を取り込みたかったのですよ。

 この国には王妃様のほかに側妃様がお一人いらっしゃるのですが、こちらの側妃様が、フォニータ侯爵家の縁戚なのです。

 と言いましても、わたくしのお母様の従姉という関係でございますけれども。


 側妃様は控えめな方で、王妃様に逆うようなことはなさいませんが、側妃様と陛下の間には、王妃様のお産みになった王太子殿下と一つ違いの、十九歳の第二王子がいらっしゃいます。

 この第二王子殿下――わたくしはハウエルお兄様とお呼びしておりますが、そのハウエルお兄様は、本当に優れた方なのです。

 文武両道で人当たりもよく、穏やかで控えめで高慢でない。まさに絵にかいたような王子様なのです。


 ここまで言えばお察しいただけますでしょうか?


 つまり、ハウエルお兄様は、少々我儘で高慢な王太子殿下よりも優れた方でいらっしゃいまして――、その人気は、王太子殿下のお立場を少なからず脅かすほどなのです。

 焦った王妃様は、とにかく側妃様の親戚を取り込み、第二王子殿下を抑え込みたいと考えられました。

 その結果の、わたくしと甥御であるチェスター様の婚約でございます。


 いえ、ね?

 わたくしも貴族令嬢の端くれです。

 政略結婚が家にとっていかに重要であることくらいはわかっております。


 このような背景があったとしても、チェスター様は王妃様の甥御です。我がフォニータ侯爵家としても、悪い縁談ではございませんでした。

 ですので、何事もなければ、わたくし、このままチェスター様と結婚してもよかったのですよ。

 品行方正でないと嫌だなんて我儘は申しませんとも。

 チェスター様の行動が、わたくしが目をつむれる程度のものだったら、それでよかったのです。

 ただ、この二年を振り返る限り、どうやっても目をつむれるものではなかったのでございますよ。






「ブライズ……君は一体、何を言い出すんだい?」


 チェスター様は青ざめ、口元を引きつらせておりますが、いつもの罵詈雑言は口から飛び出しませんでした。

 それはそうでしょう。わたくしの隣には、第二王子のハウエルお兄様が座っていらっしゃいますもの。

 自分が王子と勘違いしているようなチェスター様と言えど、本物の王子殿下を前にいつもの高慢ちきな態度は取れませんものね。


 ……ふふ、ざまあ。


 おっと、わたくしったら。うっかりブラック・ブライズが出そうになりましたわ。

 いけませんわ。だってわたくしは一応、世間でホワイト・ブライズと呼ばれているんですもの。


 わたくしの髪は白銀色をしておりまして、どうもそこから派生した呼び名のようなのですが、何もこの呼び名、外見を指しているだけのものではございませんの。

 わたくしは侯爵家の令嬢にふさわしいように品行方正で、穏やかで優しい女性であるように日ごろから心がけておりましたから。


 少々こそばゆいですが、皆さま、このような世間の評価も、家のためになるのです。

 わたくしだって、イラっとすることやムカッとすることは多々ございますが、とにかく笑顔を絶やさずに苛立ちを顔に出さないように努めてまいりました。

 その甲斐あっての呼び名でございます。

 心の奥底に封印したブラック・ブライズを表に出して、せっかくの世間の評価をぶち壊しにするわけには参りませんわ。ほほほほほ。


 わたくしは心の中の黒い自分を表に出さずに、にこりと、幼いころから何度も鏡の前で練習した完璧な笑顔を浮かべます。

 チェスター様の笑顔は引きつっていますわね。うふふふふ。


「ですから、婚約を解消してくださいませと申しました。いえ、同意がなくとも解消していただくつもりでございますが、念のためご意向をお伺いしておこうと思いまして」

「何を言い出すんだ、この婚約は伯母上が」

「ええもちろんですわ。でもそれについては大した問題ではございませんのよ」

「無礼だぞブライズ! 王妃殿下である伯母上の意向が大した問題ではないと⁉」


 はあ、うるさいですわね。

 もうなんなんでしょう。

 小物はすぐに権力を笠に着たがりますからいけませんわ。


 カッとなって立ち上がったチェスター様をハウエルお兄様が静かに見返しました。


「座りたまえチェスター・アーチボルト。それとも、その握り締めた拳でブライズを殴るつもりかい?」


 チェスター様はハッとなって、唇をかみしめるとソファに座りなおしました。

 この方、頭に血が上るとすーぐ周りが見えなくなるんですのよ。

 数秒前までハウエルお兄様を気にしてしおらしい態度を取っていたのに、ちょっと気に入らないことがあったらこれですもの。


「その様子ですと、チェスター様は婚約解消に同意していただけないと、そういうことでしょうか」

「当たり前だ!」


 チェスター様はイライラと怒鳴りました。

 本当に我慢というものができない方ですわね。

 この程度でカッとなって怒鳴るなんて、貴族失格ですわ。貴族たるもの感情的になってはならない。感情を隠して表情を取り繕えと、学園でも習ったでしょうに。


 ですがわたくしは、その点は完璧にこなして見せますわよ。

 この二年だって耐えてきたのですもの、こんなところでボロは出しませんわ。


 わたくしはおっとりと頬に手を当てて、驚いた顔を作りました。


「どうしてでしょうか? わたくし、チェスター様は喜んで同意して下さると、そう思っておりましたのに……」

「ふざけているのか!」

「いいえ? ふざけておりませんわ。だって――」


 わたくしはちらりとハウエルお兄様を見上げてから、困った顔をしました。

 わたくしのせめてもの譲歩に同意しなかったチェスター様が悪いのですよ。


 ハウエルお兄様が頷いたのを確認して、わたくしはテーブルの隅に置いていた日記帳を開きました。


「べサニー・ホーウッド様、エイダ・ハンゲイド様、オーガスタ・ラーナー様、セシリー・モットレイ様、ジャニス・ニューマーク様……」


 わたくしが名前を呼びあげると、チェスター様が目を泳がせはじめました。

 わたくしは一通り十人ほどの名前を読んでから顔を上げました。


「こんなにたくさんの恋人がいらっしゃるんですもの。わたくしなんて不要でしょう? ねえ、チェスター様?」






 わたくしの言葉に対するチェスター様の返答は、それはもう滑稽なものでした。

 わたくしとハウエルお兄様を交互に見やって、おろおろしながら言うのです。


 遊びだった。

 本気ではなかった。

 向こうから言い寄ってきたんだ。

 そんなつもりはなかった。

 誤解なんだ。


 ……まったく、実に中身のない言い訳でございますこと。

 あきれてものが言えないとはこのことですわ。


 ハウエルお兄様は何もおっしゃいませんけれど、明らかに侮蔑のこもった目をチェスター様へ向けていらっしゃいます。

 ハウエルお兄様は潔癖な方ですものね。

 結婚相手以外とふしだらな関係になるなんて、絶対に許せない方ですもの。


 ……ハウエルお兄様の結婚相手がうらやましいですわ。政治的な理由でお兄様の婚約者はまだ決められていませんけど、将来お兄様の婚約者になる方が、本当に本当に、心の底から。


 って、感傷的になってしまいましたわ。

 幼い日にハウエルお兄様へ抱いた恋心は、とっくの昔に封印したはずですのに、何を考えているのかしらわたくしったら。


 わたくしはふうと息を吐き出して、再び日記帳に視線を落としました。

 いいですのよ、別に。

 チェスター様が大勢の恋人たちをそのような言葉で切り捨てても、まだまだほかにわたくしのカードは残っていますもの。


「おかしいですわ。だってチェスター様は今までにこんなことをおっしゃったではございませんか」


 最初は婚約して一か月後でしたわ。

 エイダ・ハンゲイド様と放課後、学園の中庭でチェスター様が口づけを交わしているのを目撃したときのことでございます。


 ――何を見ているんだ気持ち悪い女だな! 婚約者面でもするつもりか⁉


 あの時の衝撃は今でも覚えていますわ。

 チェスター様のことは好きだったわけではございませんが、婚約を交わして一か月しか経っていない婚約者が、他の女性と口づけを交わした挙句に、暴言を吐かれてしまったのですもの。

 さすがのわたくしも絶句してしまいまして、言葉を紡げずにいますと、チェスター様の暴言はさらに続いたのです。


 ……まあ、語彙能力の少ない方でいらっしゃいますので? ブスだのバカだの、子供が癇癪を起こしたときのようなことしかおっしゃいませんでしたけどね。


 その次にわたくしがいかがわしい現場を目撃いたしましたのは、さらにその三週間後のことでございました。

 その時のお相手は、エイダ・ハンゲイド様ではなくセシリー・モットレイ様でございましたね。


 セシリー・モットレイ様は子爵家のご令嬢ですが、その、少々ふしだらと申しますか、社交界でも噂の絶えぬ恋愛気質な方でございます。

 オブラートに包む必要もございませんのではっきりと申しますと、男性との一夜の戯れが大好きな方でございまして、ここまでお伝えしたらわかってくださるかしら?

 そうです、チェスター様とも、そのような関係になられたのですわ。


 あれはさる伯爵家で開かれた夜会のことでございました。

 わたくしはチェスター様とその夜会に出席したのですが、チェスター様はパートナーのわたくしを放置して、すぐにどこかへ消えてしまわれたのでございます。

 わたくしは、パートナーのチェスター様がいらっしゃらないので帰るにも帰れず、会場の皆様のお邪魔にならないように、庭で時間をつぶしていようと考えました。


 そこで――見てしまったのでございます。

 茂みの奥で、半裸でむつみあう男女を。


 ……まったく、時と場所を選べばいいのにと、あのときはショックを受けるよりもあきれてしまいましたわ。


 そのころにはすでに、ほとほとチェスター様への愛想が尽きておりましたので、誰とどんな関係になろうとも何とも思いませんでしたけれど、さすがに「頭がからっぽなのかしら?」とちょっぴり心配になったほどです。

 そしてまたしても、チェスター様はわたくしにこうおっしゃいました。


 ――のぞき見か⁉ 気色の悪い女だな! それともなにか? お前も混ざりたかったのか?


 あの時にチェスター様の急所を踏みつけないでいられた理性を、わたくし、自分のことながらいまだに称賛したい気持ちでございますよ。


 混ざりたい?

 混ざりたいですって?


 この方は頭の中に虫でもわいていらっしゃるのですわ、そうに違いありませんと、わたくしはあの日確信いたしました。


 ……もしあの日に戻れたら、わたくし、今度こそチェスター様の急所をヒールで踏みつけて使い物にならなくして差し上げますのに。


 あらあらいけませんわ。ブラック・ブライズが再び登場しそうになりました。

 ええっと、さてさて次は――


 わたくしはパラパラと日記帳をめくります。

 ふふふ、わたくしの日記帳には、それはもう事細かにチェスター様から受けた仕打ちが書かれていますのよ。


 淡々と読み上げるわたくしに、チェスター様は顔色を失くし、ハウエルお兄様は逆に悪鬼のような形相になっていらっしゃいます。

 そんな顔をしたらいけませんわ、お兄様。お兄様の登場はまだ先でございますでしょう?






「ブライズ、お前……」


 チェスター様は蒼白な顔で震えていらっしゃいます。

 怒った顔をしているけれど蒼白なんて、器用なことをなさいますわね。


「このように二年分ございますが、全部読み上げたほうがよろしいでしょうか?」


 わたくしはもちろん、にっこりと淑女の微笑みでお訊ね申し上げますわ。


「必要ない‼」


 チェスター様は大声で怒鳴りました。

 あらあらあら、そんなに声を荒げて――後でどうなっても知りませんわよ。


「ブライズ、お前、こんなことをしてただですむと思っているのか⁉」


 まあ、ここに来ても強気でいらっしゃること。

 これだからおつむの弱い方は嫌ですわ。

 まだご自身の置かれた立場がわかっていらっしゃらないのね。

 仕方がありませんわ。

 では、奥の手と参りましょう。






 わたくしはぱらりと日記帳を開きます。


「十一月二十二日、ギブソンズ男爵、金貨三十枚。十二月七日、ヘンダーソン伯爵、金貨二十枚。三月三日、メイプル伯爵家、金貨二十枚。五月二十五日、マリガン侯爵家、金貨百枚」

「な、なにを……」


 チェスター様は大きく目を見開いて、狼狽えはじめました。

 わたくしはそんなチェスター様には構わず、わたくしが把握している限りのお金の動きを淡々と読み上げてまいります。


「やめろ‼」


 わたくしが十五人ほどの名前を読み上げたとき、チェスター様が声を荒げました。

 あらあら、驚きすぎて声が出なかったのかもしれませんが、十五人分を読み上げるまで何も言えないなんて、頭の回転が遅すぎではないかしら?

 わたくしは日記帳を閉じて、ほぅっと憂いのこもったため息をつきます。ええ、もちろん演技でございますとも。


「わたくし、さすがにこれから罪に問われる方の妻になるのはちょっと……」

「な――」

「なんだかおもしろいことをなさっているなと思ってこうしてつけていましたけれど、まさかこれらの賄賂に、公金の横領が絡んでいたなんて思いませんでしたものね」


 チェスター様は短く息を呑んで硬直なさいました。

 本当に表情が作れない方ですわね。

 そんな顔をしたら、認めたも同然ではございませんか。

 お・ば・か・さ・ん。


 うふふふふ、とわたくしは心の中で嗤います。

 けれどチェスター様は、さすがお馬鹿さんと申しますか、まだことの重要性が正しく理解できていないようですわ。


「こんなことをして、ただですむと思っているのか⁉」


 馬鹿の一つ覚えみたいに、同じことを繰り返します。

 チェスター様は顔を真っ赤にして、憤然と立ち上がりました。


「今日のことは伯母上に報告させてもらうからな‼」


 わたくし、思わずため息を吐きたくなりましたわ。

 ギリギリのところで淑女の微笑みを保つことに成功しましたけど、本当に馬鹿すぎてあきれてしまいます。

 チェスター様は、わたくしがさっき「公金の横領」という言葉を使ったのが聞こえなかったのかしら?


 はあ、もう疲れましたわ。

 さ、ハウエルお兄様。そろそろ出番ですわよ。


 わたくしが隣のハウエルお兄様に流し目を送りますと、さすがのお兄様もあきれ顔で、チェスター様を見やり、そして、目の前に置かれていたベルをチリンと鳴らしました。

 その音を合図に、我が家のサロンにひそかに待機させていた騎士たちがなだれ込みます。


「な、な――」


 抵抗する間もなくあっけなく取り押さえられて、チェスター様は目を白黒していらっしゃいますわ。

 ハウエルお兄様は、冷ややかな視線をチェスター様に送り、淡々と伝えました。


「チェスター・アーチボルト。公金横領、また詐欺、強姦、恐喝の罪で捕縛する。査問会の日まで、地下牢で過去の行いを反省していろ」


 まあまあ、公金横領以外に詐欺や強姦、恐喝までしていたんですの?

 本当、どこまでも腐った方ねえ。


 騎士に引きずられていくチェスター様が、わたくしをじろりと睨みつけてわめきました。


「こんなことをしていいと思っているのか⁉ 伯母上が、伯母上が――」

「そうそう。チェスター様の大好きな王妃様ですけどね、今頃、公金横領の罪で捕縛されていると思いますわよ。ちなみに、王太子殿下もね」

「なんだって⁉」


 わたくしは立ち上がり、そして優雅に一礼いたしました。


「もうお会いすることはないでしょうけれど、ごきげんよう、チェスター様」

「ブライズ――――!」


 チェスター様の叫び声が尾を引きます。

 見事な負け犬の遠吠えですわ、チェスター様。ふふふ。






「はー、疲れたな」


 チェスター様が引っ立てられていきますと、ハウエルお兄様がぐったりとソファに身をうずめました。


「わたくしの我儘をかなえてくださってありがとうございました、ハウエルお兄様」


 そう、今日のこの席は、わたくしの我儘で用意していただいた席でしたの。

 チェスター様も王妃殿下も王太子殿下も捕縛されることは、すでにハウエルお兄様が水面下で動いていて決定事項だったのですけれど――わたくしにだって、プライドがありますもの。

 わたくしが報復できないところへ連れていかれる前に、今までの恨みを晴らす場が欲しかったのですわ。

 本当はあの横っ面をひっぱたいてやりたかったですけど、まあ、最後に見事な負け犬の遠吠えを頂きましたからよしとしましょう。

 うふふ、あの顔は見ものでしたもの。わたくしの溜飲も下がりましたわ。


「満足したか?」

「ええ、とっても」

「それはよかった」


 あらハウエルお兄様、悪いお顔。

 穏やかで優しい紳士が台無しですわよ。


「でもよかったんですの? ハウエルお兄様。王太子殿下が捕縛されたら、お兄様が繰り上がりで王太子殿下になってしまいますわよ。王様なんて面倒臭そうだから嫌だとおっしゃっていたのに」

「いったいいつの話をしているんだ。私が十歳くらいの時の話じゃないか」


 ハウエルお兄様は苦笑して、長い腕を伸ばしてわたくしの頭を優しくなでてくださいます。

 わたくし、ハウエルお兄様に頭を撫でていただくのが大好きですわ。とても気持ちがいいんですもの。

 わたくしがうっとりしておりますと、ハウエルお兄様が真剣なお顔になりました。


「チェスター・アーチボルトが君を大切にする男であれば、私もやり方を考えたけれどね。……今でも、殴りつけなかったのが不思議なくらいだよ」

「まあ、穏やか王子なんて異名を持つハウエルお兄様が誰かを殴るなんて、いけませんわ。面白おかしく尾ひれ背びれがくっついて、あっという間に国中の噂になりますわよ」

「別に私は構わないけどね」

「わたくしが構いますわ。わたくしのために誰かを殴るなんていけません」

「……私だって、大切な子のためなら、相手を殴りたいと思うこともあるよ」


 わたくしは、ぱちぱちと目をしばたたきました。

 だって、大切なんて――そんな、熱っぽい声で言われたりしたら、わたくし、変な勘違いを起こしそうですもの。

 わたくしは急に落ち着かなくなって、おろおろしてしまいます。

 ハウエルお兄様はわたくしの頭を撫でるのをやめて、代わりにきゅっと手を握りました。


「ブライズ。これで、私の妨害をする人間はいなくなった。君の婚約も今日中に正式に破棄される。だからもう言わせてくれ」


 こ、これはなんだかちょっと、想定外の展開ですわ。

 甘酸っぱい予感に、わたくしの顔が一足早くボッと真っ赤に染まってしまいます。


 どうしましょう。

 だって、ハウエルお兄様への恋心は、頑張って頑張って、心の奥底に封印したはずですのに――今にもその封印の鍵が開錠されて、蓋がひとりでに開いてしまいまいそうなのですもの。


 ハウエルお兄様が、わたくしの爪の先に口づけて、熱っぽい視線でわたくしを見つめます。


「ブライズ……私はずっと、君のことが好きだった」


 ああ――


 わたくしは思わず顔を覆ってしまいました。

 だってだって……ハウエルお兄様の告白を聞いた瞬間、ぶわっと目に涙が盛り上がってきたのですもの。


 ハウエルお兄様がわたくしを優しく引き寄せて、耳元でささやきます。


「ブライズ、私はチェスター・アーチボルトのように君に暴言を吐いたりしないし、もちろん君をないがしろにもしない。生涯君一人だけだ。だから、私を選んでくれないか?」


 耳元でそんな甘い言葉をささやかれたら、わたくし、嬉しくて恥ずかしくて顔を上げられませんわ。

 わたくしはきゅっとハウエルお兄様を抱きしめ返して、震える声で何とか返事をいたしました。


 はい――と。



お読みいただきありがとうございます!

お楽しみいただけましたでしょうか?

よろしければ以下☆☆☆☆☆にて評価いただけますと幸いです!


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https://pashbooks.jp/series/miyajima/miyajima/

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お手に取っていただけますと幸いです!


どうぞよろしくお願いいたします!



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☆透明人間になったわたしと、わたしに興味がない(はずの)夫の奇妙な三か月間


☆大魔術師様に嫁ぎまして~形式上の妻ですが、なぜか溺愛されています~

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