酸っぱいスープ(2)
お盆休みに入り、外では蝉が悲鳴のように泣いていた。
この休みで娘の夏帆が帰ってきた。前よりさらに外見が派手になり、藤子はチクチクと嫌味を言ってしまったが、全く反抗もされなかった。むしろ、どこか憐れみの籠った目で見られた。ご飯も夏帆と一緒に食べているわけだが、お互いに無言が続き、かえって息苦しい時間になってしまっていた。
そんな中、どうも夏帆は夜、出歩いている事に気づいた。この辺りは都会では無いが、田んぼだらけの田舎というほどでも無い。むしろ、コンビニやカラオケなどもあるので、夜は案外明るいし、治安も良い場所ではあるが、親として心配にはなる。
だからと言って止めるのも躊躇してしまう。何か言ったら毒親になってしまうのだろうか。それに今まで門限を作った理、夏帆の交友関係も制限していた。過保護に縛っていたと言えば否定は出来ない。面と向かって注意する勇気もなくなった藤子は、夜出歩いている夏帆の後をつける事にした。
自分だって夜で歩くのは怖いが、もし事件か何かに巻き込まれたら、いてもたってもいられない。藤子は、こっそりと夏帆の後をつける事にした。
夏帆は家に出ると、コンビニに入り、アイスコーヒーを飲んでいた。拍子抜けするほど普通のの行動だった。夜といっても酔っ払い風のサラリーマンが歩いているだけで、特に治安の問題は無さそうだった。確かにこの辺りでは滅多野犯罪も聞かない治安の良い場所だったが。日本以外の海外では夜女が出歩くのは、危険なので辞めた方が良いだろう。
コンビニでアイスコーヒーを飲み干した夏帆は、しばらく住宅街を歩き回っていた。夜の散歩を楽しんでいるようで、夏帆の表情は自由そのものだった。そんな夏帆の表情を見ていたら、やっぱり自分の育て方は間違っていたのかもしれないと思い、涙が出そうにもなってきた。
夜空を見上げると、大きな満月が出ていた。まりで大きなバタークッキーのような月で、少しお腹が減ってくる。別にバタークッキーを食べたい気分でも無いが、何か美味しいものは食べたくなった。今は夏で蒸し暑いが、ホッと心が落ち着くようなものが食べたい。ラーメンも良いが、もっと素朴で手作りっぽいものが食べたい気分だった。
そんな飢餓感を覚えた時、夏帆は住宅街の外れの方まで歩いていく。この辺りは家ではなく、廃ビルや事務所が入っているビルなどが多い場所だった。
こんな所の何の用かと思ったが、夏帆はあるお店に入っていった。
「異世界キッチン……? 何この食堂、というかダイナー?」
夏帆が入っていった店は、小さなダイナーだった。元々ここはアメリカ風のダイナーがあったはずだが、改装されて新しい店になっていた。クリーム色の壁にチョコレート色の屋根のダイナーで、外観はさほど派手ではないが、ネオン式の看板が出ていた。その看板も地味な蛍光カラーで派手では無いが「異世界キッチン」とある。そういう名前のお店らしい。
異世界というと、アニメやライトノベルのジャンルである事は知っていた。ゴールデンタイムに放送されていたものの、映画化されたものは、名前ぐらいは知っている。ただ、藤子はもう六十に近い歳だし、詳しい事はよく知らない。気づいたらファンタジー風異世界に生まれ変わっていたという設定だけは知っているが。
とりあえず藤子は近所のコンビニに入り、ホットコーヒーを頼む。もちろんカフェイン入りのコーヒーを頼み、イートインスペースですすった。普段は手足が冷えるというので、コーヒーは飲まないが、今は眠気覚ましに飲みたくなった。
こんな時間なので、他の客もいないようだった。店内放送が控えめな音量で流れていた。このチェーン店のコンビニは、いつもラジオのような店内放送が流れていた。揚げ物の匂いが鼻につき、さっきまで感じていた空腹感は萎んでしまっていた。
藤子はホットコーヒーを啜りながら、スマートフォンを取り出し、「異世界キッチン」と検索した。似たようなタイトルのライトノベルや漫画が発売されているようだが、検索し続けると店の口コミなどが出てきた。深夜に不定期営業しているダイナーらしい。
店内の写真などはで的来なかったが、店主はイケメンイギリス人で、一風変わった料理を出すらしい。それこそ異世界アニメやライトノベルに出てくるような不味そうな料理も多く扱っているそうだが、店長の人柄で愛されているお店らしい。
なんでも店長は食に関する悩みなども聞いてくれメニューにも、「食に関するお悩み相談に乗ります」などと書かれているらしい。料理は癖が強いものも多いらしいが、相談に乗って貰うと気持ちが軽くなるお客さんも続出しているらしい。本当に異世界人が経営しているんじゃないかという噂も出ていたりした。
異世界アニメやライトノベルのファンもエンタメ感覚で楽しんでいるダイナーらしい。中にはアニメキャラクターにコスプレし、ノリノリで楽しんでいる人のブログ記事なども出てきた。店主の写真も出てきたが、確かに堀の深い外国人だった。落ち着いた色の金髪で、色は黒め。体格は良い方で、金肉モリモリだった。イケメンというのは微妙だが、好みの女性も多そうに見えた。目が綺麗な茶色で、誠実そうな人に見える。夏帆に何か害を及ぼしている可能性は低いが、ちょっと気になってきた。どんな料理を出すのだろう。
夏帆が店から出てくるのを見計らい、藤子も入店する事にした。
店のチョコレート色の確か扉を開ける。扉の向こうは、異世界だったりするのだろうか。まさか、そんな事はあり得ないだろうが、少しドキドキとしてきた。