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石のように硬いパン(4)完

「お待たせいたしました」


 しばらくすると、ルイスは注文した料理を夏帆の目の前に置く。


 ルイスはテキパキと慣れた様子で料理を作っていた。もしかしたら祖国で料理人をやっていた可能性も高かった。


 スープは、普通のミネストローネに見えた。燃えるような赤色は、確かに食欲がそそられる。トマトやニンジンなどの具がゴロゴロと大きめで、素朴な見た目でもあった。


 肝心の石のように硬いパンは、確かに真っ黒だった。薄めにスライスされていたが、生地も皮も黒い。ぎゅっと生地がつまり、確かに柔らかくはなさそうだ。しかし、雑穀なども混ぜられているようで、匂いは悪く無さそうだった。むしろ香ばしい香りが広がり、いつも朝食で食べるパンの匂いより良い。


 そんなパンの上に生ハムとオリーブオイルがかけられれいた。オリーブオイルは光に反射し、キラッと輝いて見えた。生ハムもツヤツヤなピンク色で、たとえこのパンが石のように硬くても食べたい!


「どうぞ、召し上がれ」

「いいんですか?」

「ええ」


 ルイスはニコニコと笑っていた。その笑顔を見ていると、余計に食べたくなってしまった。ルイスの茶色の目も綺麗で、嘘をついているような気がしない。


「いただきます!」


 夏帆はさっそく石のような硬いパンを食べる。確かに硬いが、驚くほど生ハムとオリーブオイルがあった。噛むのに苦労はしたが噛む度に麦の味や雑穀の味も染みてくる。何より満腹感みあり、一枚だけでもお腹いっぱいだ。


 酸っぱいスープともよくあった。優しいいっぱいで温かいスープを飲んでいると、気が休まってくる。確かにスープは酸っぱいが、この硬いパンとあう。パンは石ほど硬くはないので、夏帆は逆にちょっと残念だと思うほどだったが、この料理は確実に美味しかった。


「この硬いパンは、日本人にも食べやすいようにライ麦に成分を調整して、雑穀も入れてみました。これでもだいぶ柔らかく焼いたんだけど、どうですか?」


 夏帆が食べ終わったタイミングにルイスに話しかけられた。穏やかで優しい声を聞いていたら、母と食べる丸いフワフワなパンについて相談してしまっていた。お腹がいっぱいで気が緩んでいたのかもしれないし、メニューには「食に関する相談承ります」と書いてあったからかもしれない。


「まあ、日本人はフワフワなパンが好きですからね」

「ええ。でも、あのパンを食べるとお腹壊すんです」

「市販のパンは美味しいですが、添加物が多いんですよ。人によってはお腹壊しますね。もちろん、添加物入りのパンを食べたからと言って死んだりはしませんけどね」

「そっかー」

「その点、この硬いパンは全部天然素材で作ってます。いっぱい噛むから健康にもいいです」


 思えば、今まで全部母に決められていた。過保護で厳しい母といて不自由しか感じなかった。でも、こんな硬いパンでも美味しいものがあるようだし、少し視野を広くしても良いのかにしれない。


「そうですよ、お客様。世界は広いです。美味しい硬いパンだってありますよ」


 ルイスの声を聞いていたら、今まで自分を縛っていたものが、一つ解けていくようだった。母の言う事を、全部聞く必要は無いという事だった。母の価値観だけが全てではない。こんな硬いパンがあっても悪くないように。


「あの、このパン、もう一個おかわりしていい?」


 おかわりなんて恥ずかしい。でも、少し心が自由になった夏帆は、自分の希望を素直に表現する事が出来ていた。


「では、デザート風にベリー類のジャムをつけて食べるのはどうですか? この硬いパンは、オレンジやイチゴよりもベリーのジャムが合うんです」


 そんな事を聞いたら頼まない理由は無いだろう。


「食べたいです!」

「かしこまりました!」


 この後、ベリーのジャムをつけて石のように硬いパンを食べた。ベリーのジャムは、今まで食べた事が無いぐらい甘く、濃厚だった。これはおそらく日本のものではないが、食べていると、自然に笑顔になっていた。パンを噛むたびに、心は逆に自由になっていくようだった。


 とりあえず、もう母にはフワフワな白いパンは食べないと伝えよう。こんな美味しい硬いパンがあるって言おう。


「ごちそうさまでした。これはお代です」

「ありがとうございました」


 ルイスはうやうやしく頭を下げる。夏帆は笑顔で店を後にしていた。

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