最後のスイーツ(1)
王都から村まで列車と馬車を乗り継いで向かっていた。
ここはザーレナ王国。魔法も魔術も何も無い小国だが、近年は工場生産が増え、そこそこ栄えていた。ただ、相変わらず貧富の差は激しい。
「はあ」
メイ・エバンスは馬車の中でため息をこぼす。本当は車で村まで帰りたかったが、そんな金は無い。馬車でゆっくりと村まで向かうしかなかった。馬車の窓からは麦畑や野菜畑が見える。もう王都からだいぶ離れた田舎に入ったようだ。おそらく夕方には村につくだろう。空は絵の具で塗りつぶしたような青。とても綺麗に晴れていたが、メイの心は沈んでいた。
メイは今年三十歳になる。王都では舞台女優として活躍……するはずだった。十年以上前に周囲の反対を押し切り、王都へ向かった。夢を叶える為だ。舞台女優になり、人々に勇気や希望を与えるのが夢だった。
しかし、道のりは険しいものだった。いくら頑張っても端役止まり。悪役の魔女。魔術師、猫娘なんてものが多かった。脚本家や演出家からの評判はよく悪役の登用は多かったが、ヒロインになる事はなかった。
世間ではすっかり悪役女優として定着していた頃、理不尽さを知った。主役になる女優や俳優は、全て王族の子供だった。一言でいえばコネ。実力は無視される世界だった。劇団長や脚本家に訴えると、身体を触られた。何の後ろ盾のない女優はこうしてのしあがるしかない、今身体を差し出せば主役をあげようと取り引きされた。
寸前まで誘惑にゆれていた。今、ここで折れれば夢が叶う。
しかし劇団長も脚本家も生理的に気持ち悪い匂いを発していて逃げた。その後のメイは悲惨だった。
悪役女優としてスキャンダルが持ちあがる。全てでっちあげたスキャンダルで、子役やヒロインをいじめているというものだった。必死に無罪を訴えたが、誰も聞いてくれない。警察騒ぎにもなりかけ、劇団から追放され、こうして田舎に帰る事になってしまった。今までのキャリアは全部泡になってしまった。
確かにこの国は身分差があるが。確かに演劇の世界は、男尊女卑だと聞くが。
メイは唇を噛む。
お姫様のような金色の髪、青く澄んだ目。しかし口元はうっすらと皺もある。年齢は誤魔化せなかった。演劇の世界では、三十歳は賞味期限とも言われていた。
そうかもしれない。
メイは悔しさと惨めさで、再び唇を噛み締めていた。うっすら血の味もする。
嫌な味だ。
ふと、田舎で過ごした子供時代を思い出す。当時は天候不良で年中飢饉が起きていた。元々土地も豊かでは無いので農業も盛んでなく、一部の王族をのぞいて国中が、貧乏だった。飢え死にするものもいて、メイの子供時代は大変だった。
常にお腹が空き、死にそうだったが、近所に住んでいたルイスという少年は、いつも工夫して料理を作ってくれた。パンは石のように硬くし、保存期間を伸ばしたり、スープは調味料を工夫し、味つけも毎回変えてくれた。イナゴという虫は食べられるので煮物を作ってくれた事もあった。正直、美味しくはなかったが、食べないと死ぬ環境だった。
そんな中でルイスの作ってくれた料理は、創意工夫が感じられて生きる希望を持てる時もあった。そんなルイスは村人から愛され、小さな料理店を開いているという。ルイスは料理人になるのが夢だと言っていた。夢を叶えたわけだ。メイの現状よりよっぽど成功しているといえよう。今でも幼馴染として手紙のやり取りをしているが、別の場所に支店も作ったらしく、忙しく働いているようだった。
一度どうしても耐えられないほどの飢饉が襲ってきた時があった。ルイスは洞窟で冷やしておいた氷を削り、蜜をかけたスイーツを作ってくれた事があった。何と言うスイーツかは疑問だったが、蜜は闇市から入手し、メイに特別に食わせてくれた。
「メイ、ここで死んだらダメだ。夢を叶えるんだろう」
そう言ってスプーンで掬った氷と蜜をくれた。腹がへって死にそうな時に食べたそれは、異様に美味しかった。この国は水の質が悪いので、氷を食べるのはちょっと気持ち悪かったが、ルイスは遠くの山まで行って湧水を冷やしたと言っていた。
その味を思い出しながら、あの甘い氷を食べたくなってきた。空腹で死にそうだったが、ルイスに励まされ、女優への夢を捨てずにすんだ。
あの甘い氷を食べたら、夢を諦めずに追いかけられそうな気がした。
「きゃああああ!」
そんな時だった。
馬車の外から悲鳴が聞こえ、ガタガタと大きな音。馬に悲鳴。地響き。
どうやら大きな地震がきたようだが、メイはパニックを起こしていた。この国は滅多に地震なんて無いのに!
「どうしよう!」
地震に慣れていないメイは、ただパニックになる事しか出来ず、意識も手放していた。
消えかける意識野中でも、なぜか甘い氷の味だけを思い返していた。
ルイスに会いたい。
あの甘い氷を食べたい。
そんな事をずっと考えていた。




