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異世界訳アリ料理店〜食のお悩み承ります〜  作者: 地野千塩


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イギリス料理(1)

 同棲している彼氏・井村優吾は全く料理をしない男だった。


 少し前はバーテンダーとして働いていたが、コロナの影響を受け、失業。今は彼女である角田茉奈の家に住んでいた。最初は甘い同棲生活だったが、茉奈は一日中YouTubeや漫画を消費している優吾に違和感を持ち始めていた。ただ、大きな喧嘩がある事もなく、時々いちゃつくもあり、その違和感はずっと無視されていた。


「茉奈、おかえり。今日は近所でフッシュ&チップスをテイクアウトしてきたぜ」

「ふーん」


 茉奈は手を洗うと、リビングの食卓につく。駅からすこ離れているが一軒家に住んでいた。元々親戚が残した家で空き家になるというので引き取った。平屋のボロ家で決して綺麗な家ではないが、茉奈にとって好ましい特徴があった。


 キッチンだ。


 キッチンが広く、オーブンもついている。大きな冷蔵庫も置けるし、細かいスパイスや調理器具もおける広さに惹かれた。


 茉奈は料理が大好きで、お料理代行の仕事をしていた。茉奈と同じぐらいのアラサー女性が顧客に多かった。婚活相手や彼氏に見栄を張ったり、日々のお弁当、ホームパーティーなど目的は様々だが、基本的のクライアントの自宅へ出向き、即席で料理をする。材料はクライアントが用意する事も茉奈が用意する事も半々だった。


 意外とこんなサービスも人気があり、ヒモ男性一匹養うぐらいは問題なく稼いでいた。SNSばどのネットの口コミもいい。昔はブラック飲食店で搾取されていたは、思い切ってお料理代行業者をはじめて正解だった。


 この仕事をしていて茉奈が驚いた事の一つに世間の人は、食事にさほど関心が無いという事だった。日本は景気も悪くなっているし、共働きも当たり前。忙しく料理も手抜きをしている主婦も多いらしい。だからこそ茉奈のような仕事も需要があるわけだが、子供の頃からずっと料理が好きだった彼女に取ってはカルチャーショックだった。中にはベジタリアン思想に染まり、断食好きなクライアントもいた。自分が断食している間、夫や子供の料理を任された事があったは、茉奈としては全く理解できない。


 料理は煩わしい人間関係と違い、手間をかけ、学ぶほど上達する。それに最後には美味しい料理にありつけるので、全ての苦労が報われる思いだ。何より美味しいものを食べている時は幸せになれる。こんな楽しい事は無いと思うのだが、世間の人は茉奈ほど料理好きではなかった。


 この目の前にる優吾も全く料理をしない。いつも何処からテイクアウトしているものを食べている。その上、今日は茉奈にも勧めていた。


「茉奈、一緒にフィッシュ&チップス食べようぜ」


 内心は、そんなもの食べたくなかった。フィッシュ&チップスといえば典型的なイギリス料理ではないか。イギリス料理というと不味いイメージがあり、食べたくない。料理を仕事にしている茉奈にとっては、不味い料理など敵だ。実際、クライアントからイギリス料理をリクエストされた事など一回もなく、興味もなかった。イギリス料理=不味いという概念は、どうしても拭えなかった。


 茉奈はフィッシュ&チップスを見ながら顔を顰めていたが、優吾は逆だった。ニコニコ顔でテイクアウト用のパッケージを広げていた。薄々気づいていたが、優吾は馬鹿舌かもしれない。茉奈が丁寧に作った料理は残し、ファストフードのハンバーガーやコンビニのおにぎりは美味しそうに食べているという……。もちろん料理も一切しないし、口癖は「何でもいい」。顔はジャニーズにいそうなイケメンだが、老けた時の顔つきもありありと想像できてしまい、茉奈の表情は一段と曇る。


「フィッシュ&チップスなんて栄養偏るよ」

「いや、これ美味しいじゃん」


 テイクアウト用の容器には、サクサクの衣のついたフライ、黄金色にあげ上がったフレンチフライがついていた。匂いも魚臭さはなく、悪くは無い。本番イギリスではフィッシュ&チップスも匂いがキツいという噂を聞くが本当だろうか。茉奈はイギリスだけは絶対に住みたくないと思ったりした。


 それでも無邪気な顔で勧めてくる優吾に逆らえず、フィッシュ&チップスをつまんだ。意外と不味くはない。だからと言って美味しくも無い味だった。自分だったら衣のパン粉は市販の物を使わずに、パンからすりおろしたものでも使いたいなどと職業病のような事も考えていた。フレンチフライも素揚げ状態で味が無いのも気になる。のり塩やスパイス味にしたくなったが、仕方ないので冷蔵庫からケチャップやタルタルソースを持ってきてつけて食べた。


 やはり調味料をつけた方が美味しい。そういえばイギリス料理は味が淡白というか、味付けの概念が無いらしい。茉奈は信じられない。やはり、イギリスに生まれないでよかった。イギリスで生まれたら、地獄だったかもしれない。ほぼヘイト的な事を考えていたが、人種差別は厳しく取り締まわれ、こういった食文化野差別は言いたい放題なのは、少し理不尽ではないかと思ったりした。


「ねえ、優吾。味薄くない?」

「いやいや、全然美味しいよ」

「馬鹿舌じゃないかなー」

「そう言うなって。これ、異世界キッチンっていうダイナーからテイクアウトしたんだよ?」

「は? 異世界?」

「うん。店長のルイスさんは、どっかの外国人らしい。イギリスの人なのー?って問い詰めたら、なぜかフィッシュ&チップス作ってくれた」


 茉奈は笑顔で異世界キッチンというダイナーについて語る優吾にウンザリとしてきた。興味も無い話を聞かされる事ほどの苦痛はない。


 優吾の言う事を聞き流しながら、フィッシュ&チップスを摘む。やっぱり美味しいとは思えない。全体的に味が淡白だ。茉奈はケチャップをさらにフレンチフライにぶっかけた。


「ああ、茉奈。そんなケチャップかけるなよ」

「いいじゃん」

「まあ、いいけどさー」


 ここで優吾とは喧嘩にならない。もうずっと喧嘩などはしていなかった。


 長すぎた春かもしれない。お互い何処かに不満を持ちつつも現状維持をしながらスルーしていた。だからと言って結婚など未来に発展する話も全く出てこない。


 美味しくも不味くもないフィッシュ&チップスを再びつまむ。


 今の状況はぬるま湯かもしれない。気づいたら茹でガエルになってなきゃいいけど。


 再び茉奈はフィッシュ&チップスをつまんだ。


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