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異世界訳アリ料理店〜食のお悩み承ります〜  作者: 地野千塩


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風邪の時(4)完

 数日後、風邪はすっかり良くなっていた。あの後、母はずっと霊媒師の元から帰って来ず、食費が銀行口座に振り込まれていた。


 これは母は戻ってこないという意思表示なのだろうか。


 いくら食費が振り込まれているとはいえ、このままずっとデリバリーで美味しいものを食べるわけにはいかない。それでも異世界キッチンには一度足を運んでみたかった。


 営業時間は不定期で深夜に営業している事も多いようだが、朝もたまに営業しているらしい。試験休みの日を見計らい、朝に異世界キッチンへ行ってみた。


 ネットの写真で異世界キッチンの外観は見ていたが、想像以上に小さな店舗のようだった。全体的にチョコレートカラーでまとめられ、店の中もこじんまりとしていた。ボックス席の椅子やカウンター席の椅子は、赤色だった。そこだけは食堂というよりは、ダイナーだと思わせた。


 朝はモーニングメニューの提供のみみたいだが、常連客で賑わっていた。あの女性従業員も注文を取ったり、皿を下げたり、細々しく働いていた。久美はカウンターの端の席に座る。女性従業員に貰ったメニューから生ハムのサンドイッチとコーヒーのセットを頼んだ。


 店主のルイスはカウンターの内側の厨房で忙しそうにサンドイッチやスープを作っていた。とも話しかけられる雰囲気ではなかったので、サンドイッチをゆっくりと咀嚼した。全粒粉のパンらしく、咀嚼に時間がかかった。確かに硬いパンだが食べ応えもあり、腹に溜まる。隣の席の常連客らしい女性はトマトスープにパンを浸して食べていた。硬くて黒っぽいパンはスープのに浸して食べるのが、一番だと笑っていた。


 隣の女性客は、確かに食べる事が好きそうなぽっちゃりとした体型だった。大学生ぐらいだが、この世の中にある美味しいグルメはほとんど食べ尽くしたらしい。


「そんな私でもこのダイナーのパンとかスープが一番美味しいと思うんだよねぇ」


 女性客はそう言っていたが、久美は、彼女の言いたい事はよくわからず、首を傾げた。


「私は料理全般が好きなのよ。確かに寿司やステーキだって美味しいけど、ちょっと不味いものも愛おしいのよ。私は不味いインドカレー屋なんかも好き!」


 女性客は子供や小動物を見るような姿勢をスープやパンに向けていた。


「完璧に綺麗なものだけが愛される条件じゃ無いって事?」


 ずっと黙っていた久美だが、思わず声に出していた。


「そういう事。本当に好きなものって、欠点まで愛おしいんだから。出来の悪い子ほど可愛いって言うじゃない? そういう感覚わからない?」


 確かに。


 女性客の言いたい事は何となくわかってきた。何の役にも立たない猫とか犬とかも愛されてる。美人でモテる女性も、変な男性と付き合っていたりするし、綺麗なものだけが愛されているわけじゃないのかもしれない。赤ちゃんだって何の役にも立たず、泣いて騒ぐ存在だ。それでも愛されてる。


 欠点を愛する事は愛?


 だとしたら良い子の仮面を被り、母の前で我慢をしていた自分は、何か間違っていた?


 そんな事を考えていたら、他の常連客や隣の女性も帰って行き、客は久美だけになってしまった。


「お客さま、コーヒーをお代わりします?」


 カウンターの内側にいるルイスに話しかけられた。実物のルイスはまつ毛が長く、堀も深い。日本人では無い事を実感した。まあ、だからと言って異世界人の可能性なんて無いだろう。このダイナーは、ファンタジー要素なども無く、現代日本に溶け込んでいた。厨房には珍しいスパイスやお酒があるようだが、異世界のものなんて事は有り得ないだろう。


「ありがとう」


 久美はコーヒーカップを差し出し、もう一杯受けとった。


「このお店、常連客が多いんですね」

「ええ。正直硬いパンとか不人気だと思ったんですけどね」


 ルイスは苦笑しながら、こめかみをかいていた。


「お客様、綺麗で完璧なものだけが愛されるわけじゃないですよ。私だって店長に迷惑かけたのに、こうして雇ってくれましたから」


 いつの間にか側にいた女性従業員は、カウンターのテーブルを拭きながら話していた。


 そうかもしれない。硬くてちょっと食べにくいパンも、こうして存在している。本当にフワフワパンしか愛されないのなら、硬いパンもとっくの昔に消えていたのかもしれない。


 今、自分に必要なのは、嫌われてもいいから、母に自分の意見を言う事だと思った。「昆虫食なんてやめて。スピリチュアルにハマるのもやめて」と言って母に嫌われても、それまでかもしれない。


 今はなぜか自分の意見を言って嫌われても良いって思い始めていた。


「二人ともありがとう。なんか元気が出てきた」


 久美がそう言うと、ルイスも女性従業員も穏やかな笑顔を見せていた。


 もう誰かに、母に嫌われても構わない。


 そう思うと、心の方も元気になってきた。

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