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異世界訳アリ料理店〜食のお悩み承ります〜  作者: 地野千塩


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断食(4)完

 いつぐらい眠っていたのかわからない。


 目を開けると、何処かのダイナーにいた。ボックス席で眠っていたようだが、ここはどこだか見当もつかなかった。


「あれ? ここは何処ですか?」


 そんな事を言いつつ、ぐるりと周りを見渡す。カウンター席とボックス席のあるダイナーの中のようだ。どうやらここは異世界キッチンの中のようだ。何の変哲もない小さなダイナーだった。異世界転生も転移もしていないようだった。


 ボックス席側の壁には写真が飾ってある。ピンやシールで飾られ、そこだけ賑やかだ。ハロウィンの仮装のような格好の人達の写真だった。全員、ヨーロッパ風の顔立ちで猫耳や魔法使いのコスプレがよく似合っていた。あまりにも板についたコスプレ写真で、「本当に異世界?」と疑いたい気持ちもでてきた。


「大丈夫ですか?」


 そこにグラスに入った水を持ってきた青年が現れた。この男も西洋風の顔立ちで金髪だった。体格も良く白シャツとエプロン姿が板についている。年齢は桃子と同じぐらいのアラサー男子だったが、日本人より大人っぽく見えた。イケメンかどうかはわからないが、今の桃子にはどうでも良い事だった。


 店主の腕や指が太くしっかりしていた。職人っぽい手だ。このダイナーの店員だろうか。少し日本語は訛ってはいたが、問題なく聞きとれた。日本語を話す外国人の中では、流暢の方かもしれない。お陰でどこの国の訛りは判断がつかなかった。


「だ、大丈夫です。私、どうしたんですか?」

「店に入ってきて突然倒れたんだ。病院行くほどでは無さそうだったから、ここに運んだけど、もしかして病院行った方が良かったですか?」


 店員の声や表情が優しく、桃子はわっと泣いてしまった。こんな外国人の前で子供のように泣くのは、恥ずかしくもあったが、断食ですっかり心が弱っているようだった。泣きながらも空腹でお腹は鳴っている。


「そっか。断食中だったが」

「ええ。もう辛くて辛くて」


 桃子の顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃだったが、店主がタオルを持ってきてくれた。これで顔をふく。


 店主は名前も教えてくれた。ルイスという名前で、半年ぐらい前からここでダイナーをやっているらしかった。桃子も自分の名前を告げ、断食をやっていた経緯などもぶつぶつと語ってしまった。空腹でそれどころではないのに、頭は冴え、ルイスには事情を話した方が良いとも思った。


 それにしてもトマトスープの良い香りに再び、ぶっ倒れそうになる。ルイスはそんな桃子の気持ちを読んだかのように厨房に行き、何かスープを作って持ってきてくれた。


 色も具もないスープだった。白湯にも見えたが、少し白く濁っている。どうやら重湯らしい。


「これ重湯?」

「うん。日本ではそう呼ぶけど、うちの国では味のないスープというね。断食明けは胃腸も弱っているから、これをゆっくり飲んでね」


 ルイスはそう言いながら、桃子の目の前に重湯、いや味の無いスープをおいた。


 普段だったら、「絶対不味いだろう」と重思うような料理だったが、今はこれでもありがたい。


「ルイス、ありがとう」

「いいえ」


 ルイスはそう言い、桃子の目の前に座る。


 桃子もスプーンを持ち、ゆっくりと味の無いスープを口に入れた。確かに味はない。不味い。それでも断食開けの胃腸に染み込む。温度もちょうど良く、あっという間に食べてしまった。身体も温まっていた。


「あぁ、生き返る」

「それは良かったです。でも、もう断食なんて辞めた方がいいよ」

「えー、でも健康に良いって」

「どんな健康法だって度が過ぎれば不健康になりますよ。やっぱりストレスが万病の元だからね」


 ルイスの声は優しく、再び泣きそうになってきた。


「確かに断食は悪くない。ウチの国でも健康のために適度にする人もいる。でも、身体を壊してまでする事?」


 そう言われてみたら、何の反論もできなかった。確かに今の桃子の断食はやりすぎだった。普段だったら指摘されたら反論したくなるが、今は素直にルイスの言葉が聞けてしまった。


「そうね。今回は少しやり過ぎたかも」

「うん。やり過ぎは本末転倒かもしれません」


 本末転倒なんて言葉をナチュラルに使ってる。ルイスは相当日本語の努力を続けているようだった。そう思うと、断食は単なる苦行なだけで、努力とはちょっと違う気がした。辛い事を続ければ、何か報われるかも知れないと勘違いしていたかもしれない。


 再びお腹が鳴る。確かに味の無いスープだけでは満腹にはなれない。


 断食はしばらく休むもう。


 何かヨガインストラクターの初美の言うことを鵜呑みにしていた面もあったかもしれない。健康を追い求めるあまり、手段に固執していた。こう言うのはミイラ取りがミイラになると言うのだろうか。


「あの、ルイス。おススメの料理ある?」

「今日はミルク粥かトマトスープがおススメです」

「じゃあ、ミルク粥。ところでルイスって何処の国の人なの?」


 まさか異世界人?


 そんな事は無いだろうが、ルイスは桃子の質問には答えなかった。


 まあ、それも悪くないかもしれない。この店に通いながら、じっくりとルイスの事を知っても悪くないだろう。


 とりあえず、断食はしばらく中止。今日は思い切り食事を楽しもうと思う。

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