断食(3)
ヨガスタジオの近くにありコンビニを目指して歩いていたが、なぜか見つからなかった。スマートフォンを取り出し、地図も確認してみたが、記憶にあったはずのコンビニが消えていた。
今は夜の二時に近い。他のファストフード店や牛丼屋も閉まっていた。
「ああ、どうしよう。食べるところが無い!」
頭を抱えながらも、ヨガスタジオ周辺を歩く。ヨガスタジオがある住宅街を抜け、雑居ビルやオフィスビルがあるような地区にたどりついた。
「は? 異世界ダイナー?」
異世界の不味い料理でも食べられるなら何でも良いと思っていたせいだろうか。目の前のは異世界キッチンという小さなダイナーがあった。確かに控えめな色合いの電光掲示板に「異世界キッチン」と書いてある。店の外観はチョコレートカラーでまとめられ、地味なぐらいだったが、「異世界」の三文字はよく目立っていた。
まさかこの店に入ったら異世界に行けたりして?
桃子は思わず首をふる。そんな事はある訳がない。異世界はアニメや漫画で描かれるファンタジー世界だ。現実にはありえない。
それでも他に選択肢はない。お腹はぎゅるぎゅると響く。実に情け無い音だ。このまま何も食べないわけにはいかない。財布にはお金もはいっている。大丈夫、ここで食事をしよう。例え不味い料理が出てきたとしても、今だったら何でもご馳走だ。
こんな事を考える自分は情けなくて涙が出てきそうだった。やはり断食は自分が小さく、弱い存在だと思わされた。今はAIの技術も発達し、一人で何でも出来ると勘違いしそうだが、そんな事は全くなかった。断食は辛いが、人間として大事なものは忘れないですむのは、良い事かもしれない。
桃子は目元に浮かんだ涙をぬぐい、異世界キッチンの扉をあけた。
鼻にふわっとトマトスープのような良い香りはする。陽だまりのようなオレンジ色の光も目の前に広がり、ちょっと眩しい。
ああ、これで死なずに済む。ようやく食べ物にありつける。
そう思った瞬間、意識がブツっと切れた。
もしかして本当にここは異世界か。異世界キッチンという店名通りにそこと繋がっていたのか?
もう何でもいい。日本でも異世界でも何でも良いので、食べ物にありつきたい。
今まで食べ残したり、文句をつけたた料理が頭の中で巡っていた。
それら一つ一つに謝っていた。




