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異世界訳アリ料理店〜食のお悩み承ります〜  作者: 地野千塩


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ミルク粥(3)

 異世界キッチンは、住宅街のから抜けた場所にあった。廃墟ビルやオフィスビルなどが立ち並び、飲食店がある雰囲気はない。飲食店としては立地が悪い。確か前にもこの辺りにアメリカ風のダイナーがあったが、潰れていた。


 朝の日差しを浴びながら、異世界キッチンの前にたどり着いた。小さなダイナーだった。アメリカ風のダイナーと違い、チョコレートカラーにまとめられた地味な外観だった。一応電光掲示板の看板は出ていたが、本当に営業中か?


 しかしドアには「Open」というプレートもかけられていたし、どうやら営業中だった。


 見た目は少し怪しいダイナーだった。


「もしかして本当に異世界に行けちゃったりして?」


 そんな事も考えてしまうほどだった。そういえば夫は、仕事柄異世界アニメや漫画も詳しいようだったが、この店は知っているだろうか。もっとも和食好きの夫は興味は無いかもしれない。


「いざ異世界転生?」


 そんな事言いながら入店するが、別に死ななかったし、異世界に行けなかった。中も小さなダイナーでボックス席が二つ、カウンター席が四つほどの店だった。店もチョコレートカラーに纏められて地味だった。ただボックス席のソファやカウンター席の椅子の色は赤色でちょっとオシャレだった。


 どうせ流行っていない店かと思ったが、想像以上に客で賑わっていた。ボックス席も満席、カウンター席も一つしか空いてなく、由乃は必然的にここに案内されてしまった。一番端のカウンター席で少しホッとする。この店は感染症対策はゆるいようで、仕切りやアルコール消毒液もなかった。他の客も雑談しながら食事をしていて若干煩いぐらいだった。


「お水です」


 水をもって来たのは、ネットで見た店主ではなかった。日本人女性で、年齢も六十すぎぐらいだった。白シャツやジーンズ、エプロン姿は全く板についていなかったが、テキパキと汗を流しながら働いていた。あの外国人店主は厨房の中で忙しそうに鍋のスープを混ぜたり、サンドイッチを作っていた。厨房の棚には見た事もない酒や調味料があり、異国情緒みたいなものが漂っていた。本当に異世界か?と首を傾げたくなったが、まさかそんな事は無いだろう。


「あ、ありがとう」

「モーニングメニューはこちらです」


 由乃は水を受け取ると、メニューも女性から貰った。


 どんな変なメニューが出てくると思ったが、モーニングセットは普通だった。全粒粉のパンとコーヒーかスープのセット。パンはサンドイッチで味が選べるようだ。値段も安くワンコイン。周りの客の皿をみると、サンドイッチのサイズも大きいようだ。全粒粉なので硬いパンだろうが、コスパは悪くなさそうだ。某ファストフードのモーニングセットはもう少し量が少なっかった記憶もある。


「すみません、この玉子のサンドイッチとコーヒーのセットは注文できますか?」


 由乃は女性店員に声をかけて注文した。


「かしこまりました!」


 女性店員はあまり接客には慣れていないタイプのようだ、不器用な笑顔を見せてカウンターの中にいる店主に伝えに行った。


 料理が出て来るまで少し待つ事にする。


 それにしても、こんな風に外で朝食を食べるのはいつ以来だろう。夫との朝食は特に苦痛だったし、外で食べるだけでも気分は明るくなっていた。


「お待たせしました。あれ? お客さん、なんか良い事ありました?」


 店主はサンドイッチのプレートとコーヒーカップを由乃の目の前に置いた。写真で見た通りの外国人だったが、どうも人懐っこい性格のようで由乃に話しかけてきた。確かに少し訛った日本語だったが、普通に聞き取れた。


「いえ、別に良い事なんてないですけど?」

「笑顔を浮かべてたからね。では、ごゆっくり」


 店主はそう言い残すと、再び仕事に戻って行ってしまった。女性店員も食事の終わった会計などもしていて忙しそうだった。


「いただきます」


 そう言い、由乃は食べ始めた。自分はそんな笑顔を浮かべていたのか疑問だ。逆にいえば日々の食事がよっぽど苦痛だったのだろう。こうして一人での食事が楽しみになるぐらいなんてよっぽどだった。


 サンドイッチは重く固めに黒いパンだったが、食べ応えがあった。もぐもぐと咀嚼していると、夫との合わずに済む食事が楽しくて仕方がなかった。


 味はまあ、普通だったが、そんな楽しさのおかげで、ペロって完食してしまった。


 やはり料理は味だけでは無いのかもしれない。異世界アニメの主人公が、その土地の料理を不味く感じるのもメンタルの面が大きいのでは無いかとも思い始めていた。確かに全く知らない土地に放り込まれて、食事が美味しいと思えるメンタルにはなれないだろう。いくら美味しいものを食べてもそうかもしれない。


 こうして一人の朝食を楽しんでいると、気も抜けてきた。夫と食事の趣味が合わないのも仕方ないのかもしれない。元々他人と一緒になるのが結婚だ。違って当たり前かもしれない。


 そんな風に思いながら食後のコーヒーを啜る。解決策は思い浮かばないが、心は軽くなって来た。

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