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異世界訳アリ料理店〜食のお悩み承ります〜  作者: 地野千塩


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黙食(4)完

 拍子抜けした。


 異世界キッチンはの中は、普通だった。小さなダイナー。店の左側には四人がけのボックス席が二つ、右側にはカウンター席があった。アクリル板やアルコール消毒液はないようだが、「マスクは自由です」と小さなポスターが壁に貼ってあった。うっかりしていたら見落とすような小さなポスターだった。


 店の中には店員一人と、瑞穂がいた。瑞穂はカウンター席でスープとパンを食べていた。その顔は笑顔だった。


 異世界には行っていないようで、優香はため息が出そうだ。冷静に考えればそんなファンタジーのような事は無いのに。心配して損した。


「優香じゃん! 隣座りなよ!」


 瑞穂は笑いながら、カウンター席へ招く。その笑顔を見ていたら、心配してやって来たなんて口が裂けても言えない雰囲気だった。優香は少し顔を赤くしながら、瑞穂の隣に座る。


「瑞穂ちゃんの友達?」


 カウンターの内側にいる店主は、外人だった。どうやらヨーロッパかアメリカ人だと思われる顔つきだった。金髪で目も青い。おそらく三十歳ぐらいだが、白シャツにジーンズ、エプロン姿が板についている。日本語もちょっと訛っていたが、英語やフランス語っぽくは無いようだった。まさか異世界人? そんな事が一瞬頭のよぎるが、そんな事は無いだろう。確かにカンター席から見える厨房には、異国と思われるスパイスやお酒が置いてあり、そこだけ異国情緒が見えたが。


「優香もこの辺りに住んでるの?このパンと硬いパンがオススメだよ?」

「え、ええ…」


 瑞穂に押され、優香もパンとスープを注文した。さっそく店員がスープを温め始め、トマトの良い香りがしてきた。


 それにしても、こんな陽キャが一人で食事?


 優香はさっぱりわからなかった。


「陽キャが一人でダイナーで食事なんて珍しいね」


 思わずチクチクと言ってしまった。


「えー、本当に陽キャじゃないから」

「嘘」


 信じられない。どこからどう見ても陽キャだ。確かに今のジャージ姿は地味だったが。


「実は私ねぇ」


 何を思ったのか、瑞穂は過去の話を語り始めていた。高校時代の風邪をひき、ウィルスを撒き散らす犯人だといじめられたという。それ以来、人が怖くなり、会食恐怖症になったという。


「会食恐怖症?」


 聞いた事もない病名だったが、精神膝疾患の一つらしい。そんな風には全く見えないが……。


「実はこのルイスさんは、食のお悩みの相談も乗ってくれてね」

「何それ」

「で、こうしてカウンター席で少しずつ練習しながら、だいぶ回復してきたよ。今日も優香と一緒に食事するのも、結構勇気がいった」


 そうだったのか。そんな事情があったとは知らなかった。それにしても、店主が客の相談まで乗ってあげてるとは、今の時代では珍しいぐらい親切だった。


「はい、お客様もスープとパンです」


 優香の前にも店員からスープとパンが置かれた。スープはトマト味のようで野菜がゴロゴロと入っているようだった。パンは全粒粉で固そうだったが、硬いパンも保存食になるので西洋では人気があると聞いた事がある。空きっ腹の今は、こんな質素な料理も悪くない気がした。


 隣には苦手な瑞穂がいる。目の前にはちょっと怪しい外国人店員。


 正直、一人で黙食している方が楽だ。でも、瑞穂の事情を聞くと、ずっと黙食を支持しているのも恥ずかしくなってきた。感染対策など無視し、本末転倒な事も考えているのも恥ずかしい。自分勝手な事ばかり考えていたのも恥ずかしい。一方的に陽キャを呪っていた事もものすごく恥ずかしくなってきた。


「あれ、美味しい」


 トマトスープは、少し酸っぱいが、なぜかとても美味しく感じてしまった。やっぱり壁を作っているのは自分の方だった。そんな自分も恥ずかしい。


「美味しいよね」

「うん、美味しいかも……」


 その後の会話は続かない。


 硬いパンと酸っぱいスープはよく合い、口の中は幸せでいっぱいになってしまった。こんな美味しい料理だったら、こうして誰かと一緒に食べても良い気もしてきた。心にあったアクリル板は、ほんの少し薄くなって来たのかもしれない。


まだまだ一人で静かに食べた方が美味しいんじゃないかって疑う気持ちはあったが、いつまでも黙食を希望するのは、本末転倒すぎた。SNSで偉そうにしているのも、だんだんと恥ずかしくなってきた。実際の自分はただの陰キャで、別に良い人でも何でも無かった。


「あ、あの。私もここで誰かと食事するの練習いいですか?」


 思わず店員に聞いてしまった。


「いいよ。うちは一人で食べても、みんなでワイワイ騒いでも自由だからね。もちろん迷惑はダメだけど、それもお互い様でしょう。迷惑かけちゃダメって日本って変な国ですね。一人で生きてる人なんていないのに」

「そうだよ、一緒に練習しよう! 優香は私と同じ臭いがするんだよねー」


 店員も瑞穂も気が抜けるような笑顔を見せてきた。


 そうだ、一生ずっと感染症対策をやっている訳にもいかないのだ。少しずつ前を見る必要もあるだろう。この店だったら学生食堂と違ってゆっくりと練習できそうだった。別に本当の異世界では無いだろうが、どこか世間と切り離された店に見えた。


 優香は再びスプーンを握り、スープを啜っていた。

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