パサパサ米(1)
こんなはずではなかった。
真美はそう叫びたくなった。事故物件のアパートの部屋は、一見綺麗なワンルームだったが、何かいそうな雰囲気はある。どこか薄暗い。
そうは言っても贅沢は言えない。真美のような六十過ぎの女はアパートを借りるのも苦労すると言う。事故物件とはいえ、駅に近く、贅沢は言ってられない。むしろ、運は良い方かもしれない。
「本当にこんなはずではなかった……」
真美は食卓に菓子パンとカップスープを出し、遅い朝食を食べた。早朝の清掃パートを終えた後で、その顔は疲れきっていた。食事も適当で菓子パン→パックご飯→袋ラーメンのローテーションだった。過去には大きな病気をした事があり、医者には普通に自炊をしろと怒られていたが、面倒でやってられなかった。
年金も雀の涙しかなく、食費を考えると、野菜やフルーツを買う気が全くしない。一人暮らしのなので、食事も全く楽しくなく、手を抜いていた。
これから昼間から単発のバイトもあり、休む気分にもなれなかった。
添加物がどっさり入った袋パンを齧りながら思う。
「いっそ人でも殺して刑務者行った方がいいかもねぇ」
事故物件のアパートに真美の皺っぽい声が響く。窓の方には何かがいそうだ。まあ、たたまれていグチャグチャな洗濯物の山が、何か幻聴を生んでいるのかもしれないが。
このまま老いていく事を考えると、犯罪者になった方がコスパが良かった。このままだと介護施設に入れるかどうかも疑問で、病気になっても治療を受けられるかわからない。生活保護のハードルを考えたら、犯罪者のハードルの方が低そうだった。刑務者に言ったら無料で介護を受けられるだろうし、そのまま死刑になれば孤独死も回避出来る。どう考えてもコスパがいい。
思えばこの普通の暮らしと言われているものも、刑務者以下ではないか。一目単なる貧困老人だが、ドラッグなどが蔓延していないだけで、この日本は刑務者以下のスラム街にも見えて仕方がない。実際、今真美が食べている菓子パンより刑務所の食事も方が豪華だろう。罪を犯した人は、出所後の就職も面倒見てくれるとか。履歴書に犯罪歴など書かなくてもいいが、病気や介護などのブランクは、面接でしつこく聞かれる。どう考えても犯罪者の優しい世界ではないか。真美は唇を噛み締めたくなった。
食べている菓子パンもちっとも美味しくなかった。
「そうだ、犯罪をしよう」
この先の事を考えたら、犯罪を犯して刑務所に行くのが最もコスパが良い気がした。少なくとも刑務所では、菓子パンとスープだけの食事は無いだろう。どちらといえば、今いる環境の方が刑務所より悪い。
ただ、人を殺して被害者が出るのも可哀想だ。誰か被害者を産みたくない。これでも真美には理性があった。頭はおがしくなって犯罪を企てているわけではない。
ネットで適当に検索するが、万引き程度では刑務所には行けないかもしれない。意外な事に自分のような境遇の高齢者は、刑務所に行きたい人が多かった。それはそうだろう。どう考えても今の日本の生活の方が刑務所より悪い環境に見えた。
ふと、自殺も考える。これも良い方法かと思ったが、痛かったり、怖いのは嫌だ。やっぱり人を殺して刑務所に行くのが良いだろう。
さて、誰を殺すべきか。
殺される人は可哀想だが、仕方がない。どうせ殺すんだったら、貧困が「努力不足」「自己責任」などと言っている連中にしたい。何も悪いことをやっていない人間を殺すのは、可哀想だ。
さっそくTwitterで「努力不足」「自己責任」と書いている人間を探し出し、住所も調べた。中には、本名や顔者親身、会社の名前も書いているものがいて、あっさりと住所も特定できてしまった。ここまでユルユルなセキュリティにしているということは、自分の発言がまさか殺されるきっかけになるとは、想像もついていないのだろう。まさに平和ボケ。日本の経済状況も知らず、貧困層が増えている事も気づいていない模様。
さっそく真美は、包丁を購入しに出かけた。午後からパートがあったが、もうどうでもいい。刑務所で老後を過ごしたい。たぶん、これが一番幸せになるルートだ。




