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石のように硬いパン(1)

「夏帆ちゃん、朝後は食べなさいよ」


 朝食を母と二人っきりで食べるのが苦痛だった。今日の朝食は、洋風だった。オムレツにコーンスープ、それに丸パン。


 一見ふわふわで美味しそうな丸パンだったが、スーパーで売っている既製品だ。夏帆はこんな市販のパンが苦手で食べるとお腹を壊していたが、母のいる手前、食べないわけには、いかない。


 こんな夏帆は今年大学に入学した。もう大人と言って良い歳だったが、母には何故か逆らえなかった。もちろん、一人暮らしをする予定もない。去年、父と離婚したばかりの母は「一人にしないで」と泣いて縋られた。大学を機に一人暮らしを目論んでいた夏帆だが、その機会を失っていた。


 母は、公務員として働いていて、どこか厳しい雰囲気がある。いや、雰囲気だけなく、実際に厳しい人だった。子供の頃は、好きだったぬいぐるみや少女漫画を勝手に捨てたり、友達との交際も制限された。習い事や塾も強制だったし、少しでも逆らうと、泣いて被害者ぶられた。


 とても面倒くさい。このパンも、食べないだけでも面倒な事になりそうだったので、夏帆は笑顔を作り、無理矢理飲み込んでいた。


 一言でいえば毒親という存在なのかもしれない。ネットで調べると、その条件にかなりあてはまって怖い。


「夏帆、美味しい?」


 美味しくは無いが、否定できない。母といると、自分は何の主張も出来ない透明人間のようにも感じてしまった。


 そういえば高校や大学生、服装や髪型なんかも全部母の言いなりだった。大学卒業後は、母の希望通り、公務員になるだろう。こうして何もかも母の言いなりになっていた夏帆は、自己主張する気力も落ち、何を言っても無駄という心境にもなっていた。


 何かチャレンジしようとしても、自分で決めて実行した事もない。失敗もしていないが、チャレンジもしていないので、夏帆の自己肯定感は限りなく低かった。高校の時も片想いの相手がいたが、「どうせ私なんか」と思い、すぐに諦めていた。


 父が母を嫌い離婚までしてしまった気持ちはわかるが、そんな事は決して言えない。今の夏帆は、無気力な何かに身体が縛られているようだった。


 ふわふわな丸いパンを千切り、口に入れる。噛みごたえもなく、ちっとも美味しく無い。確かにふわふわで食べやすくはあるが、これからお腹を壊すのが確定しているので、よけいに不味く感じてしまった。


「お母さん、このパン美味しい?」

「ええ。ふわふわで美味しいわ。やっぱりパンは白くて柔らかく無いとね」


 母はニコニコしながらパンを食べていたが、夏帆の表情はだんだんと暗くなっていく。このまま一生母に逆らえず、言いなりになっていく未来しか感じられなかった。

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