肉と塩(2)
つまらない。
舞子は何回も考えていた。大学の同級生の紹介で、会社経営者の男性と会っていた。年齢は五十五歳ぐらいだが、いわゆるパパ活の対象者といっていいだろう。よく知らないが時計を高そうなものもつけていた。左手には指輪があり、そこはあまり見ないようにしていた。
連れて行かれた先は、高級寿司店だった。回っていない寿司だ。カウンターで注文し手食べる寿司だったが、この店には以前来た事があった。その時は、いかにも品にないジャージ姿のカップルが横にいて台無しな気分になった。当時の事を思い出すと、余計に美味しくない。しかも相手の男の話は面白くなく、退屈だった。グルメ=寿司というにもテンプレ過ぎないか。
寿司の味も普通。確かに良いネタは良いものを使っているだろうが、シャリの握りが甘く、ご飯がぽろりと溢れる。一応高級寿司店らしいが、おそらく看板だけだろう。特に期待はしていなかったが、全く面白くない。
「へえ、舞子ちゃんはグルメの電子書籍を発売してるんだ。ちなみにこの店は、三つ星で……」
男はなぜか自分の方の話題を持っていってしまった。この寿司屋がどれだけ評判がよく、雑誌やテレビに取り上げられ、予約が大変だったか。恩着せがましいぐらい、ネチネチと語っていた。
高級寿司も飽きてしまい、不味い中華屋やカレー屋を漁っているとは、言えない雰囲気だった。特にカレー屋でカタコトの日本語を聞きながら食べるのが、最近は好きだとは言えない雰囲気になっていた。美味しいものを食べ尽くして退屈しているとは、口が裂けても言えない雰囲気だった。
「舞子ちゃんは、どんな料理が好きなの?」
ようやく自分に話題が戻り、舞子は笑顔を作った。
「もう飽きちゃったんですよね」
「飽きた?」
「ええ。美味しいもののパターンなんてもう、全部出てますよ。あとは、見た目か状況ぐらい。たぶん、戦争がはじまって餓死寸前みたくなったら、何でも美味しく感じそう」
「へえ」
ここでようやく舞子の本音が伝わったのか、男は微妙な表情を浮かべていた。カウンターの寿司職人も似たような顔だった。ふと、寿司職人を怒らせながら食べるその味は、どんなものかと気になっていた。
「あなたは、思い出の味とかありますか?」
「そうだな」
男はしばらく考えてから、会社経営をしていて年収は初めて一千万円を超えた時に食べた寿司が美味しかったという。
つまらない。全く予想範囲内だ。普通過ぎる。
そう思ったは、表に出すわけはいかず、ニコニコ笑って誤魔化した。
「舞子ちゃんは?」
「そうですね……」
そうは言っても、自分も珍しいエピソードは無かった。強いていえば、子供の頃に親に隠れて食べたファストフードの味だろうか。背徳感と合間ってやたらと美味しかった。今だにそれ以上のものには、出会えていない。不味いカレー屋にいき、店員のカタコトを聞きながら食べる料理も悪くはないが、満たされない。もちろん、高級寿司店なんてもっと満たされない。普通過ぎる。
「次は会える?」
男は次の事まで匂わせ始めた。
「うーん。どうだろう」
寿司はもう食べる気にもなれないが、男は一人で注文して食べ続けていた。これは、いくらパパ活といっても一緒にいる時間が苦痛だった。あまりにもこの男と舞子は、世界も価値観も違うと思ってしまう。
「私、最近、不味いカレー屋とか町中華に行くのにハマってるんです」
「えー、舞子ちゃん。やめようよ、そんなゲテモノいくの」
男はは露骨に眉間に皺を寄せた。
「私は料理の全てが好きなんです。味は枝葉でしか無いというか」
「君、変わってるよ。美味しくないものになんの価値があるんかい?」
だんだんと男の方も舞子と価値観は合わない事に気づき始めたようだった。
「でも、本当に美食家だったら、不味いものにも興味を持つと思いません?」
「思わないな」
ここで重い沈黙が流れた。他の客の笑い声などが妙に響く。同時にまたジャージ姿のカップルが来店してきた。男はカップルの女の方を見て、女優の高橋茉由と大興奮していた。舞子は興味が無いから知らないが、人気女優らしい。
人気女優に興奮する男の底の浅さが嫌になってきた。女優の方もこんなも店にジャージ姿でくるとは舐めている。ただ、味はその程度なので、ある意味正しい対応をしているといえる。男より女優の方と仲良くなれそうな気がしてくる。
「もう帰っていいですか?」
女優にサインを貰いに行こうとする男に言った。
「うん、うん。帰っていいから」
「ええ。さようなら」
もう二度と会わないだろうが。たぶんパパ活は、これで終了だろう。つまらなかった。あんな大人にはなりたくないと思ったが、口が裂けてもそんな事は言えない。




