味の無いスープ(4)完
「相談は、食べてからにします? それとも食べながら?」
「そ、そうね。食べながら?」
「はい、かしこまりました。では」
店員はボックス席に千花の目の前に座る。目の前で見る店員をよく見ると、首筋に黒子があるのが見えた。太めな首に黒子があるのは、ちょっと色気がありドキドキがする。
問題はそんな事ではない。千花には彼氏がいる。その事を思い出し、無理矢理冷静になる。
目の前にある味の無いスープをまじまじと見る。確かに何の色も無いスープだった。白っぽく透き通ってはいるが。見た感じでは、とろみはありそうだった。
「これ、もしかして重湯? おかゆ作る時にできるアレ?」
「お客様、正解です!」
重湯だと思えば、確かに納得だった。スプーンですくって口に入れるが、確かに何の味もない。ねっとりとした白湯とも言っていい。
「これは、私の国でも食べられ手います。重湯っていう名前では無いですけどね」
「へー」
「店員さんは、どこの国の方?」
店員はその質問に答えず、代わりに名前を教えてくれた。ルイスという名前らしい。千花も自己紹介する。
「しかし、本当に異世界の不味い料理みたい。ルイスさんは、異世界の人?」
うん?
なぜかルイスの目が泳いでいる。まあ、まさか本当に異世界人という事は無いだろう。おそらく日本の漫画やアニメ好きの外国人が、受け狙いでこんなダイナーをやっているのだろう。とても人気があるようには見えないが、エンタメ性はある。
「千花さんの相談は何でしょう?」
「そうなのよ、実はね」
千花は味の無いスープ、いや重湯を啜りながら、相談していた。味がなく全くおいしくはないが、酒を飲んだ後は何故かスルッと飲めてしまった。
「そうですか。元も子も無いですが、正直に料理が出来ない事を言った方が良いです」
「そっか」
「ええ。それに今どき料理好きの女性を求めているのも、空気読めて無いですから。この事で怒るような男性はダメでしょう。嘘つくより正直に言った方が」
「だよね……」
今更ながら、嘘をついて婚活していた事や茉奈を頼った事に罪悪感を刺激されていた。逆の立場でいえば、晴人が嘘をついていたり、誤魔化していたとすれば、全く嬉しく無い。正直に言うしか無いようだ。
「料理が苦手だったら、ホットプレートやたこ焼きなど相手と一緒に楽しめる料理もいいかもしれませんね」
「一緒に作るっていう発想はなかったわ」
「でしょう」
やっぱり相談して良かったかもしれない。今後自分がすべき事もわかり、頭もスッキリしてきた。
再び味の無いスープをすする。気分が晴れた今では、このスープも悪くないと思い始めていた。
「それに不味い料理だって良いじゃないですか?」
「しれって自虐っぽいですよ」
味の無いスープを飲みながら、千花は苦笑してしまった。
「うちの料理は、確かに癖があります。でも、一度もクレームついた事ないですね。モーニングでの営業はいつも混んでるんですよ」
「えー? 本当?」
「なぜか一度来るとはまってくれるようで、常連さんも多いです。これは自慢です。日本人は自慢しませんが、私は自慢します」
信じられなかった。こんなメニューにもクレームが入らないなんて。
しかし、ニコニコ笑っているルイスを見ながら、理由がわかる気もした。この店に限っては味よりルイスの人柄がメインなのだろう。確かに美味しいものは良いものだ。でも、味覚はそれだけじゃないのかもしれない。場所、時、人。色んな状況が組みあわさって「美味しい」ができるのだろう。確かに独居房で高級ステーキを食べても美味しいのかわからない。
そう思うと、身体の力が抜けてきた。自分だって好きな人が一生懸命作った料理が、どんな味でも不味いとは思わないかもしれない。もし晴人が料理を失敗しても、失望はしない。
嘘をついて誤魔化す方がダメだったと気づいた。
「あと、千花さん。重湯は、二日酔いの時に胃腸にいいから、このレシピは覚えておいた方がいいよ」
「本当?」
「私の国でも酒豪が多いんです。だから、二日酔いのために味の無いスープは、意外と人気なんですよね」
「へえ」
「簡単ですし、ぜひ」
「ありがとう!」
こうして千花は重湯のレシピをもらった。このレシピは作る機会はすぐには来ないと思っていたが、予想外な事がおきた。
晴人は具合が悪くなり、部屋に見舞いに行った。晴人も一人暮らしのワンルームで生活していたが、忙しくて片付ける機会が無いのか、意外と汚れていた。
ベッドで寝ている晴人は、散らかった部屋をかなり恥ずかしがっていた。
「そんな恥じゃないよ。私だって……」
料理が出来ない事を告白した。意外な事に晴人は怒っていなかった。彼の部屋も汚いという負目があるのだろう。
とりあえずルイスに教えて貰ったレシピ通りに重湯を作った。意外と簡単にできた。これは、風邪の時も良いかもしれない。
「まあ、おいしくはないと思うけど」
「うん。だけど、風邪のときはこのぐらいでいいよ」
晴人は苦笑しながら、重湯、いや味の無いスープを啜っていた。
「私は逆に掃除は好きな方かも」
「僕は、掃除するぐらいなら、料理した方がいいかな」
「あれ? 私達、ベストカップルじゃない? 結婚したら、上手くいくんじゃない?」
「そうだね!」
晴人はそう言うと、ベッドから身体を起こして千花を抱きしめた。どうやらこれがプロポーズとなり、トントン拍子で結婚が決まっていった。
ルイスは縁結びの男だったらしい。結婚後、夫婦二人でルイスの店に通っていた。
味の無いスープも新婚の二人にとっては、ハチミツにように甘かった。




