味の無いスープ(2)
その翌日、千花は会社帰り、駅ビルの中に入っている書店に直行していた。
ワンフロア丸ごと書店になっている大きな店舗だった。当然、料理本野コーナーも充実していた。
レンジで出来るような簡単なもの、ダイエッター向け、天然素材を使った自然派向け、介護食……。色々な料理本が出ていたが、焦って婚活した女向けの本など無い。まして料理代行の友達を使って誤魔化した後に、本当にスキルがつけられる料理本など見つからない。
再び頭を抱えそうになる。酒が好きな千花は、おつまみ系のレシピ本に惹かれるが、晴人はお酒は得意ではなかった。
このレシピ本コーナーに自分賀探しているものの答えがあるかは不明だった。そもそも料理スキルなんて、どこでつけるのか? 学校の家庭科の時間の調理実習だけではスキルはつくはず無いように見えた。
とりあえず新婚向け、二人暮らし向けのレシピ本を購入するが、野菜の処理など基本的な事が書いてない。レシピは意外と「お好みで」「キツネ色」など曖昧な表現も多く、ぱらっと捲っただけでも悩んでしまった。
そんな千花は駅ビルの居酒屋に向かい、しばらく酒を飲んでいた。正直、料理なんてやってられない。こうしてお酒を飲み方が楽しい。
完全なる現実逃避だったが、酒だけは進み、ほろ酔い気分だった。
茉奈にもトークアプリでメッセージなども送ってみる。料理のコツなどを聞くが「レシピ通り」「弱火だったらまず失敗しない」という曖昧な表現だった。どうも料理好きな人は曖昧な表現を好むらしい。
「レシピ通りだよ。自分勝手にアレンジしちゃダメ」
茉奈はそう言って念を押していたが、そんなのはわかってる。
「はあ。そういうじゃなくて、魔法みたいにすぐ料理スキルがつかないかな」
酒に酔った千花は、都合の良い事を考えたりしたが、現実はそうも行かない。だんだんと眠くなっていて、居酒屋でウトウトしてきた。このままだと酔い潰れると思い、酒のオーダーは辞め、帰る事にした。仕事帰りに居酒屋に行き、酔っ払っているなんて完全にオッサンだが、このまま料理ができなかったら、さらにオッサン化が進みそうで怖い。
今の季節は夏だが、今の自分の立場を想像すると、震えてきた。
空には綺麗な月が出ていた。ほんの少し欠けているが、明後日ぐらいには綺麗な満月になるだろう。
カバンの中には、新品のレシピ本が入っている。急に重く感じた。
そもそも何で婚活パーティーで嘘をついてしまったんだろう。結婚が目的なら、無駄にモテるような事を書いても仕方がなかった。
「ああ、困った」
だんだんと酔いも抜けてきた。思えば受験も就活も適当に誤魔化してきた。料理も適当に誤魔化そうと思ったが、そうもいかないようだった
結婚は現実的なものらしい。こんな風に上部だけ誤魔化しても、簡単に行かない。
「うん?」
思考がどんどんマイナスになりかけた時、ある店が目にとまった。この辺りは住宅街の外れで、ほとんど民家はない。廃墟ビルやオフィスビルが立ち並んでいた。その中に小さなダイナーがあった。
「異世界キッチン?」
店はそんな看板が出ていた。ネオンの電灯看板だったが、異世界? どういう事?




