味の無いスープ(1)
三崎千花は焦っていた。婚活パーティーで知り合い、いい感じになった彼氏がこれから遊びに来るらしい。
結婚への具体的な話はまだ出ていなかったが。何度もデートし、いい感じになっていた。相手は化学薬品のメーカーで営業をこなすアラサー男性。ちょうど千花と年齢は同じで、三十二歳だった。顔はイケメンでは無いが、たぬき顔で優しそう。タバコもギャンブルもやらないので、自ずと将来を想像できる男でもあった。名前は加賀野晴人という。
「わあ、困った!」
一人暮らしのワンルームアパートの部屋は綺麗に片付いている。最近断捨離をし、無印用品とニトリを上手く組み合わせ、シンプルな部屋にした。ぬいぐるみや少女漫画など子供っぽいものも全部捨てていた。結婚を意識すると、こう言ったものの必要性を感じなくなっていた。千花は掃除は好きな方で断捨離も楽しくしていた。
問題はただ一つ。料理だった。
千花は、晴人に料理好きだと嘘をついていた。婚活パーティーで出会った時からついていた嘘だった。別にその話題で盛り上がる事もなく、忘れていたが「千花ちゃんの料理食べたい」と言われてしまっていた。
今は会社帰りの十八時半。千花は派遣の事務として働いていたので、滅多に残業する事なく、時間的には余裕だ。晴人は仕事があるので、二十時ぐらいに千花の家に行くと言っていた。
慌てて冷蔵庫の中見を見る。ビールばっかり入っている。あとはチーズ、もやし、冷やご飯。調味料は一通り揃ってはいるが、中途半端な量ばかりだった。これは千花の普段の食生活を心配した母親が送ってきたものだ。麺つゆと白だしだけは異様に減っている。こ二つを使ったお手軽レシピは出来るが、他の凝ったものなど出来るスキルは無い。
あとは、なぜか鯖缶も入っていた。女子力の無さを実感してしまう。冷凍庫の中は、餃子や唐揚げ、冷凍野菜も入ってはいたが、これで彼氏に出せる代物ではない。まして料理好きでは無い事は即刻バレる。
「ああ、どうしよう」
千花は頭を抱えてしなった。とりあえずエプロンだけはつけてみたが、いつもの通勤着の上に着ると板についていないのが見えだった。
こうなったら最後の手段だった。
友達の角田茉奈に電話をかけた。
「茉奈、助けて! 彼氏が今から部屋に来る!」
「はあ?」
茉奈は料理が趣味で、お料理代行の仕事もしていた。こう言った婚活女性の料理代行も仕事で承っているらしいが、かなり人気らしく、彼女のスケジュールが、三ヶ月先まで埋まっていた。ダメもとだ。緊急事態で。どうしても茉奈に頼るしか無い。
「しょうがないわね。そっちの冷蔵庫に何がある? 調味料、調理道具、皿の種類なんかも教えて」
「わー、茉奈! ありがとう!」
茉奈は忙しい中、千花のために料理をしに来てくれる事になった。
茉奈の手際は素早かった。冷凍食品の唐揚げにあんかけソースを作り、ご飯、味噌汁、サラダをちゃっちゃと作ってしまった。ご飯や生野菜は茉奈が持ってきてものだったが、あとは家にあるものを組み合わせて、見栄えも良い料理をつくった。
冷凍の唐揚げでもあんかけソースがある事で、そうは見えない。
「わーん、茉奈ありがとう!」
「いいから。今度はちゃんと自分で作るんだよ。結婚したら、旦那の友達が急に来る事もあり得るからね」
千花は思わず茉奈に抱きつくが、確かに結婚したら、これぐらいの手際は要求されそうだった。千花は涙ぐんでいたが、顔が青くなる。そう、結婚したら、毎回こんな事はやってられない。茉奈を毎回呼び出すのは不可能だった。
結局、この料理は晴人には褒められたが、千佳の頬は引き攣っていた。かえって結婚後のハードルを自らあげてしまったようだ。
「千花と結婚したら、こんな美味しい料理を食べられるんだね」
そんな事まで言ってる。
これは匂わせか。しかし、千花は全く嬉しくなく、微妙な表情を浮かべていた。
どうしよう……。
千花に悩みは、料理が出来ない事だった。いや、ネットにある手抜きレシピは出来る。しかし、夫が喜ぶような家庭的な料理はできない。肉じゃがとか、コロッケとか……。
どうしよう……?
晴人が帰っても頭を抱えていた。食後、甘いムードにもなったが、千花の心は焦っていた。




