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異世界訳アリ料理店〜食のお悩み承ります〜  作者: 地野千塩


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油っこい鍋(4)完

 皐月は異世界キッチンで朝ごはんを食べる事が多かった。特に夜勤明けは毎回異世界キッチンへ行き、サンドイッチのセットのモーニングを食べていた。


 すっかり店員とも顔見知りになってしまった。注文は「いつもので」「かしこまりました」のやり取りで終わっていた。


 店員はルイスという名前だった。自分はイギリス出身だと言っていたが、本当のところは不明だった。どう聞いても英語訛りの日本語ではないからだ。まあ、皐月はその点については追及しなかった。日本人は礼儀を重んじるし、他人のプライベートを詮索するのは無礼だった。


 時々、本当に異世界出身ではないか?という疑問もよぎったが、まさかそんなアニメのような事は無いだろう。


 そんなある日、夜に異世界キッチンに行ってみようと思った。深夜に不定期営業しているらしいが、いつも朝ばっかり行っていた。夜に行く事は初めてだった。


 というのも、今日は不眠が悪化し、全く眠れなくなっていたからだった。ふと、ルイスの店を思い出し、行ってもみる事にした。今日は眠る事は諦めた。身支度を軽く整え、シャツとジーンズという格好で行く。今は夏だったし、深夜に出歩く事にも抵抗はなかった。治安の悪い地域だったら、ためらっていたが、この辺りはそうでもない。コンビニも多いし、灯りも多いところだった。


 夜見る異世界キッチンは、蛍光ネオンの看板が映えていた。落ち着いた蛍光カラーなので派手ではないが、そこを見ていると、ワクワクしてくる。確かにここだけ見ていたら、本当に異世界に行けるようなワクワク感が胸をしめる。もちろん、アニメと現実の区別はついているけれど。


「いらっしゃいませ。皐月さんじゃないですか。夜ははじめてですね!」


 すっかり顔馴染みになったルイスに笑顔で出迎えられた。皐月はカウンター席に座り、メニューと水を受けとった。今日は朝と違い、他に客はいないようだった。


 ここからだと厨房の様子もよくみえる。若干ルイスには狭そうだが、自分の庭のように動きまわっていた。厨房の棚には、見た事もないお酒や調味料も詰め込まれていた。一度聞いた事があるが、お酒は実際飲んでみるよう勧められた。今は医者に酒は止められていたので、呑む気にはなれないが。


「ルイス、この油っこい鍋とかなんなの?」

「教えません」


 そう言われると、余計に気になってしまう。異世界アニメではベチョベチョの油で煮込められた魚が出てきて、とても不味そうだったが。皐月の中でこの鍋へのハードルが上がっていた。おそらく不味い。


「そう言われると気になってしまう」

「じゃあ、もう作ります!」

「えー?」


 皐月が止めるのも無視し、ルイスは鍋を作り始めてしまった。コンロに小さな鉄鍋をおき、切った材料をオリーブオイルと煮詰め初めてしまった。


 ニンニクの良い香りが広がる。


 うん? これって脂っこい鍋というよりは、アヒージョでは?


 皐月の中で疑問が広がるが、なんとルイスはアヒージョという料理を知らなかったようだ。


「うちの国では油っこい鍋っていう名前なんです」


 ルイスはそう言いながら出来上がったアヒージョを皐月の目の前に置く。どう見てもアヒージョ。確かに油で煮込んだ料理だから、「油っこい鍋」でも間違いではないが。


「どうぞ、召し上がれ!」


 ルイスにこう言われてしまうと、断る理由もない。


「いただきます」


 皐月は、フォークをつかみ、油に浸ったブロッコリーを口にいれる。このアヒージョは野菜が多めでブロッコリー、プチトマトがいっぱい入っていた。鶏の胸肉もあり、見た目より脂っこくはない。


 オリーブオイルも澄んだ色で、キラキラと光に反射していた。どうもこのオリーブオイルは、日本のものとは違うようだった。色も綺麗だったし、ベトベトしていない。自分で野菜を食べるのは憂鬱だったが、油のおかげでするっと口に入る。まりで潤滑油みたいだった。


 それにメニューの名前の印象から、勝手に不味いだろうと決めつけていたが、蓋を開けてみるとアヒージョ。それも想像以上に美味しいアヒージョだった。


「ねえ、ルイス。相談してもいい?」


 油で自分の口も滑らかになっていたのだろうか。気づきと離婚も傷や自炊が出来ない事を相談していた。


 ルイスは意外と聞き上手で、最後まで話を聞いてくれた。ルイス自身が潤滑油みたいだ。スルスルと自分の気持ちが素直に出てしまう。


「まあ、自炊は大変だからね。ハードル上げないほうがいいですよ」

「ハードル?」

「例えばご飯だけ作れたら、自分を褒めてあげましょう。いや、ご飯は作るじゃなくて炊くって言うんだ。日本語難しいです」


 ルイスにはにかんだ笑顔を見てたら、ちょっと笑ってしまった。確かに夫と暮らしていた時のように三食きっちり自炊しないと義務感を持っていた。今の状況ではご飯を炊けたら、立派な第一歩かもしれない。


「料理なんて失敗してもいいんですよ。この脂っこい鍋も、うちの地元では油炒めの失敗作から生まれてますし」

「そうなの?」


 脂っこい鍋は、アヒージョとは違う背景で出来た料理のようだが、そんな話を聞いていると、気が抜けてきた。


「ええ。日本の高野豆腐も失敗から生まれた料理ですよ。あのお豆腐は美味しいです」

「そっか……」


 現状、自分の結婚の失敗は良いものに変わりそうな雰囲気はなかったが、気が抜けてきた。


 失敗しても良いのかもしれない。問題はその後かもしれない。


「このアヒージョじゃなかった、脂っこい鍋美味しいね。いくらでも食べられそう」

「でしょう。いい油は健康に悪くないですからね」


 皐月は頷き、鍋に残った油をスプーンですくって口に入れた。最後までニンニクの良い香りと味が残っていた。


「まあ、そんなに自炊しなきゃって義務感持たないで。どうしても出来なかったら、うちで美味しいご飯を食べたらいいですよ。その為に営業してるんですから。頼ってね」


 そんな事を言われてしまうと、もっと気が抜けてきた。


 とりあえず、ご飯ぐらいは炊こうか。出来たら自分を褒めよう。出来なかったら、またここで美味しい油っこい鍋でも食べれば良いかもしれない。

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