異世界料理人の事情
地面が割れるような音がする。
「ぎゃああああ!」
店の外からは悲鳴も聞こえていた。食器棚からは皿やグラスが落ち、音を立てて割れている。その音も響き、この店は、カオスだった。
ルイス・クールソンも一瞬何が起こったのかわからなかったが、とりあえず身を守り、地震が治るのを待った。ルイスは三十歳の男で、日に焼けた肌や筋肉がついた逞しい腕が印象的な男だった。店の仕事や両親の農作業を手伝ううちに、体格がよくなってしまった。
ルイスが住むザーレナ国は滅多に地震などはない。魔力もなく、国は常に貧乏状態だったが、その分、農業や酪農も発達していた。小さな国ながら料理は美味しい方だとルイスは自負していた。噛みごたえのある黒パンや野菜スープ、ミルク粥がこの国の食民食だ。確かに農業や酪農は発達していたが、貧富の差はあるので、ルイスが作る料理はこんな質素なものが多い。その分、健康には良いので、ルイスも滅多に風邪を引かないし、村人も病気になる事は少なかった。魔力の加護が無い割には、長寿大国でもあった。
確かにこんな格差社会は厳しいが、ルイスのような庶民でもダイナーを開業し、村人に愛されていた。今日も村の皆んなに美味しい料理を振る舞い、満足していた所で、この地震がおきた。
「ま、大丈夫か」
割れた食器を踏まないよう気をつけながら厨房に向かう。調理用具や調味料も縁に落ち、こちらもグチャグチャだった。
「やれやれ困ってね」
ルイスは肩をすくめながら、裏口の扉を開ける。隣に住んでる両親や近所の人の様子も気になっていた。
「あ?」
しかし、裏口の扉を開けると、見たこ事も無い光景が広がっていた。
道では鉄の塊のような車(?)が走り、道行く人も小型の何かを弄っていた。家も天に届くほど高い。本当に家???
人もおかしい。皆んな背が高く、健康そうだった。髪の色は人によって違うが、顔半分は白い布で隠しているものが多いようだった。
目元も堀が薄く、小さい。ルイスは見た事もない人種で目を瞬かせていた。
明らかにこの国では無い。なぜ道の裏口から別の世界に繋がっているのだろうか。ルイスは一旦裏口の扉閉めると、厨房から店に戻り、表から外に出る。
しかし、そこから見える風景はいつもの村だった。どうも裏口だけ別の世界と繋がってしまったらしい。「別世界転移」かもしれない。この国は、時々、そう言う事が起きた。地震の後にどこか別の世界に繋がり、行き来出来る事をさす。「別世界転移」という概念は、劇や物語で多くテーマにされ、胸踊るファンタジーも人気だったりした。実際、「別世界転移」した者の証言も多く残っていたりするので、ルイスはこの現象を普通に受け入れていた。
確か十年ぐらい前に「別世界転移」が起きていたはずだ。その時は、日本という国から、この国に何人か人が来ていた。彼らは「異世界転移した」と言っていたが、日本からは、そういう言葉で表現されているようだった。この国の地震学者などは、地震で磁場が歪むと、「別世界転移」が出来ると言っていたが、本当のところはよくわからない。店の裏口だけ別世界に繋がったというケースは聞いた事は無く、どうしたものかと考えた。
あれから何日かたち、地震の影響は驚くひどほど少ないので、その点はホッとしていたが。
とりあえず、ルイスは「別世界転移」について調べる事にした。村の図書館の行ったり、噂を聞いたり。
調べた事を総合すると、裏口から繋がっている世界は日本らしい。どうもこの国は日本としか繋がらないようだった。
過去の日本かたらやってきた人間は、食べ物に文句を言うものが多かったらしい。そのせいで人間関係が悪化し、自殺してしまったらしい。どうも日本という国は、自殺者が多いらい。聞くところによると、貧富の差がなく、各種の技術が発達し、料理も美味しい国らしいが。
ルイスはさらに調査を続け、日本にも遊びに行く事が増えた。言葉は通じないが、時々迷って入ってくる日本人を保護していたら、普通に遊ぶようになってしまった。助けた人の一人は金持ちで、お礼としてお金も貰い、言語も教えて貰っていた。
日本語は難しいが、音や発音は意外と簡単で、ルイスもマスターしてしまった。
それに日本は、食べ物が美味しかった。お寿司、ラーメン、カレー、パン、ピザ……。ダイナーの経営者としても日本料理は興味があり、店でそれらを出すと評判は良かったりもした。
逆にルイスは、「自分達の料理を日本人に食べたら、どうなんだろう?」とも考えていた。店に迷い子み、助けた日本人には「不味い」と言われる事が多かったが、こちらもプライドはある。何とかして日本人に受けるようなメニューを開発出来ないかと考えていた。
そんな折、再び店に迷い混んできた日本人を助けた。長谷川という男で、各種事業を展開すている金持ちだった。この事を相談したら、長谷川はノリノリだった。
「だったら、日本で異世界料理屋をやればいいさ」
そんな事まで言っていた。
そんな事出来るか?
この国の料理は日本人受けしない事は知っていたので、躊躇する。しかし、長谷川がノリノリで話をすすめ、日本でもダイナーを開く事になってしまった。といっても本業はあるので、深夜に不定期営業という形になったが、採算は取れる?
「まあ、人間の好みっていうのは、案外ニッチなんだよな。万人受けするのもいいが、ニッチ受けするものをお客さんに提供するのも悪くない」
長谷川の熱意に押され、本当に日本でダイナーを開く事になった。元々アメリカという国の料理を出していたダイナーを改装し、「異世界ダイナー」という店になった。
本当に日本人に受けるのか不安だったルイスは、他に無い特徴もつける事にした。この国と違い、日本は疫病の影響があり、孤立化している人が多いらしい。そんな事を聞くと、悩み相談のように店主が話を聞くのも悪く無いんじゃないかと思い始めていた。
そういえば、ルイスは村で相談ばかりのっていた。人の話を聞くのは、嫌いではない。日本は環境は良い国なのに自殺者が多いのもルイスは胸を痛めていた。ただ、相談に乗るというよりは、食べ物の相談のも良いかもしれない。生きる事と食べる事は密接に繋がっている。食べ物のお悩みを聞く事で、人生の壁も壊せたりしないだろうか。壊せなくてもヒビを入れるぐらいは出来るかもしれない。
道行く日本人の顔が頭に浮かぶ。この人達が笑顔になったら嬉しいと思う。
ルイスは希望を胸に抱えながら、新しい店を作る準備を進めていた。