星つむぎ
お母さんは星が好きだ。それはもう、大好きと言ってもいい。
ねるへやの天井には光る緑の星があるし、お母さんの仕事鞄には和紙で作った星がぶら下がっている。ちなみにそれは、お父さんが作ったものだ。
「やっぱりちょっと形が悪いかな?」と恥ずかしそうに告げるお父さんを、私は必死になだめた。ぶかっこうだったけど、愛がこもっていると思った。そんなことを告げれば、やっぱりお父さんは恥ずかしそうに体を小さく揺らしながら笑った。
そんな私たちを見ながら、お母さんはうれしそうに鞄の星を見るのだ。
「星が好きなの?」と聞くとお母さんはいつもはぐらかす。困ったように笑いながら、お星さまはお星さまよ、なんてそんな当たり前のことを言う。
私にはお母さんが分からない。けれどやっぱり、お母さんは星が好きだ。だから、私はお母さんに星をプレゼントしようと思った。
けれど本物の星をプレゼントすることはできない。星はとんでもなくおっきいんだってタカくんが言っていた。本当のことかどうかは知らない。そもそもどれだけ私が手を伸ばしたって、お空にある星には手が届かない。
一度せがんでお母さんに肩車してもらったけれど、やっぱりお空に光る星には手がとどかなかった。
「星は見て楽しむだけでいいのよ?」なんて、星をつかまえようとする私を見ながらお母さんは笑っていた。お父さんも、どこか楽しそうにほほえんでいた。
本物の星は手に入らない。だったら、本物じゃなくたっていい。お父さんがお母さんのために作った紙の星みたいに、私もお母さんに星をプレゼントするんだ。
「ねぇ、ユリちゃん。何か、星のお話を知らない?」
小学校で同じクラスのユリちゃんはかわいいうえに物知りだ。私が知らないたくさんのうわさを知っている。あと、知っていることをすんなり教えてくれるから好きだ。タカくんは知っていることを中々教えてくれないから嫌いだ。
「星?そうだねぇ、新月の夜に、海にしずんでいる星くずの話なんてどうかな?」
「海?夜の海はあぶないから行っちゃだめってお母さんに言われてるの」
「うん。だからたぶん、大人の人が見たんじゃないかな。あのね、月がかけて消えてしまった夜の日に砂浜に行くと、白くて光る星の欠片みたいな砂が海の中に見えるんだって」
「……砂浜がキラキラしてるってこと?」
「そうなんじゃないかな。きっとイルミネーションみたいにきれいなんだと思うよ」
そう話すユリちゃんは女の顔をしていた。私は知っている。ユリちゃんはクラスメイトのタクミくんが好きだ。それはもう、大好きだ。多分お母さんの星好きよりも好きだと思う。ま、まあ?タクミくんが格好いいかどうかって言われたら確かに格好いい気もする。でもそのくらいだ。タクミくんを好きにならないから、私はユリちゃんの友人でいられる。
いつもユリちゃんはタクミくんのことを熱い視線で見ている。そんな時、ユリちゃんの頬は真っ赤で、目はうるんでいて、涙を流しそうだった。
そんなユリちゃんを見て、男子たちがぼうっとしているのも私は知っている。
お父さんに話したら、「最近の小学生はませてるなぁ」と言っていた。でも普通だ。小学二年生だって、恋くらいするんだ。だって人間だもの。
「怖がりだな、お前」
とつぜん私とユリちゃんの話に割り込んできたのは、タカくん。いつもこうしてやって来ては、私たちの話のじゃまをするんだ。うるさいしガサツだし、嫌いだ。でもそれを言うと、顔を真っ赤にしてさらにうるさくなるから私はもう言わない。
私は学習できるのだ。
「あら、板垣くんだって夜の海には行っちゃだめだって言われているでしょ?」
「ふん。だからって別にこわくはねぇよ!セナはおくびょうだもんな!」
ユリちゃんと話していたタカは私をちらちら見ながら胸を張る。何が言いたいんだろう。私は別におくびょうじゃないし、そもそも怖がりなのはタカくんの方だ。前に近くで雷が鳴った時、タカくんは頭を覆って震えていた。
「雷が怖いビビりなくせに」
「な!?雷が鳴った時におへそを出してると取られちゃうんだぞ!?」
「そんなのめいしんだよ。ほら、怖いんでしょ」
「な、こ、こわくなんてねぇし!」
顔を真っ赤にしてどなるタカくんはやっぱりうるさい。私が両手で耳を隠せば、タカくんは私の腕をつかんで耳から手を放そうとして来る。痛い。本当に嫌いだ。
助けを求めるようにユリを見れば、ユリちゃんはなぜだかのほほんと私とタカくんを見ていた。
「……ユリちゃん?」
「ん?うん、そろそろやめようか、板垣くん。セナちゃんが痛がってるから、ね?」
ユリちゃんに言われれば、タカくんは「しかたねぇな」なんて言いながら私から手を離した。私がどれだけ言っても聞いてくれやしないのにユリちゃんが言うとすぐにこれだ。
つまりかわいいは正義、ってやつだろう。男子はかわいい子の言うことは何でも聞いちゃうんだ。
でも私は別にユリちゃんにしっとしない。だって男子から熱い視線を向けられる生活なんてしんどい。そんなの私にはたえられない。
だから私はユリちゃんをそんけいしているんだ。
結局、タカくんが話に乱入してきたせいで、ユリちゃんから星の話はほとんど聞けなかった。小学生のお小遣いで手に入れられる星なんてほとんどない。
やっぱり紙で星を作ろうかな。でもお父さんみたいな立体の星は作れる気がしない。何度も失敗して苦戦していたお父さんを見ていただけに、同じものを作る気にはなれなかった。まあ目が見えないお父さんより私の方が簡単に作れる気はするけど。
膨らみ始めた庭のロウバイの黄色いつぼみを見ながら家に飛び込む。
「ただいま!」
「お帰り、セナ。学校はどうだった」
「今日もタカくんがうるさかったよ」
手を洗いながら、遠くから聞こえるお父さんに言葉を返す。目が見えないお父さんのために、この家にはたくさんの手すりがある。後、段差がほとんどない。玄関だって、スロープになっている。
前に遊びに来たユリちゃんは「バリアフリー」だって言っていた。ユリちゃんは物知りなのだ。
「お父さん、お母さんは今日もお仕事遅いの?」
「ん?今日は早いよ」
片耳にイヤホンをさしてラジオを聞いていたお父さんが、イヤホンを外して答える。私は嬉しくてつい飛び跳ねた。
「やった。じゃあ今日のご飯はお母さんが作るの!?」
「そうだねぇ。……ちょっと聞いてみる?」
「うん」
お父さんのスマホを使って、私はお母さんにメッセージを送る。すぐには既読はつかなかった。多分お仕事で忙しいんだ。でもそういえば、最近お母さんは早く帰って来ることが増えた気がする。あと、お父さんがお母さんといちゃいちゃしているのを見る機会が増えた気もする。
「……ねぇ、お母さん、最近お仕事忙しくないの?」
「ああ、最近は早くに帰れるようにしているからね。……セナ、今日はお父さんとお母さんから大事な話があるんだ。後で聞いてくれるかな」
「うん!何かな……魔法少女ムーンレクイエムの映画に行けるとか!?」
「うーん、どうだろうなぁ。それはお母さんのお仕事次第かな?」
「えー……じゃあ何だろう」
他に大事な話は思いつかない。お仕事が忙しくないなら映画に一緒に行けると思ったんだけと、違うみたいだ。うーん、やっぱりユリちゃんのお母さんと一緒に行こうかな。でもユリちゃん、映画好きじゃないんだよね。そもそもあんまりテレビも見ないって言っていたし。誘ってくれるのはうれしいけど、あんまり気を使われるのも嫌だからなぁ。
だとするとタカくんのお父さんといっしょに行くとか?保育園の頃に会ったのが最後だからあんまり覚えていないけど、前にもタカくんのお父さんに映画に連れて行ってもらったことがある。お父さんよりもすごく大きな人で、肩車してもらうと視界がすごく開けて楽しかった。まあ、その後タカくんに付き合ってなんちゃら戦隊っていうつまんない映画を見ることになったから疲れたんだよね。
「……セナ?」
「ん?あ、私宿題があった!音読聞いてくれる?」
「良いよ。それじゃあ教科書を持っておいで」
はーい、と返事をして、私は教科書を取りに部屋に戻る。いつも家にいるから、お父さんが好きだ。一杯甘えさせてくれるし。でもやっぱり、時々他の子のお父さんみたいに、私のお父さんももっといろんな場所に私を連れて行ってくれたらなって思う。
でもユリちゃんが言うには、ぜいたくらしい。この世の中にはお父さんがいない人もいるんだからって。私のお友だちにはお父さんがいない子はいないけど、お母さんがいない子はいる。タカくんのおうちがそうだ。確か、病気で死んじゃったんだ。
お母さんがいないタカくんがかわいそうだと思うから、私はタカくんを突きはなせないんだ。すごくうるさいし、しょっちゅうユリちゃんとの話をじゃましてくるから、本当はお話だってしたくもないんだけど。
そういえば、今日もお話のじゃまをされたんだ。ユリちゃんと話していれば星のプレゼントの良い案が見つかると思ったのに。
リビングに戻ってお父さんに音読を聞かせながら、私は星のことを考える。お母さんにプレゼンとする星のこと。
お母さんの誕生日まで、後一か月ほどある。今から準備して間に合うか、少しだけ不安だった。
……来年でも、いいかな?
今日も早く帰って来たお母さんが晩ご飯を作ってくれた。お母さんが夜勤の日にはコンビニのお弁当を買いに行かないといけないから大変なんだ。昔は、タカくんのお母さんが料理をおすそわけしてくれたこともあった。タカくんのお母さんのご飯はすっごく美味しかった……気がする。
もう昔のこと過ぎてあんまり覚えていないけど。
今日の晩御飯は、私の好きなオムライスだった。いつもはニンニクを入れているのに今日は入っていなくて、今日はなんだかトマト味が薄く感じた。
「セナ、今いいかしら」
気づけば食べ終わっていたお母さんが、真剣な顔で私を見ていた。なんだかすごく背筋が伸びて、私はスプーンを置いて真っすぐお母さんを見た。
お母さんもきれいな人だ。ユリちゃんの「かわいい」よりは、かっこよくて美人な人。こう、凛としている、っていう言葉がふさわしいと思う。長い黒髪がきれいな人。
その真っ黒な瞳が、じっと私を見ていた。
真剣な顔は、けれどすぐにふにゃりと崩れ、すっと手を動かしたお母さんが口を開く。どうでもいいけれど、ことあるごとにお父さんと手を握る癖は何とかした方がいいと思う。まあ?目の見えないお父さんを日々サポートしているから習慣になっているのかな?なんて思わなくもないけれど。
そんな私の思いは、けれど続く言葉に吹き飛んだ。
「セナ、あのね。あなたに弟か妹ができるわ」
「……本当!?」
「こんな嘘はつかないわよ」
目尻を下げて笑うお母さんが、お父さんと手を握っていない方の手で軽くお腹に触れる。私の視線も、つられてお母さんのお腹に向く。まだ大きくはなっていない。でも、そこに確かに、子どもがいる。お父さんとお母さんの子ども。私の弟か妹。
「どっちなの!?弟?妹?」
「まだわからないわ。でもこれで、あなたはお姉さんになるのよ」
お姉さん……お姉ちゃんだろうか。いいひびきだと思う。小さな弟か妹が、私の裾をちょいちょいと引きながら告げるんだ。「お姉ちゃん」と。
なんだか頭のてっぺんから足先まで、ぞわりと何かが走り抜けた。たぶん、私は感動していた。
「やっったぁ!」
うれしくて、思わずたちあがった私はお母さんに走り寄る。けれどそこで、足が止まる。お腹の中にいる赤ちゃんのことを考えると、そのまま抱き着いていいかわからなくて足を止めた私を、お母さんはそっと抱きしめてくれた。
手を引かれて、お父さんもまた私を抱きしめてくれた。
私に、弟か妹ができる。
無事に生まれてくるように、祈らないといけない。
プレゼントが必要だ。やっぱり、星だろうか。
お母さんの腕の中で、私は赤ちゃんが生まれてくるまでには必ず星を用意しようと決意した。
「……この辺にあったと思ったんだけどなぁ」
興奮したまま、私は家の本棚をあさっていた。もう夜も遅くて、お母さんはお父さんを連れて寝てしまった。私は二人を見送って、以前お父さんが用意した本を探していた。
あの和紙で作る星の作り方を書いた本は、けれど中々見つからなかった。
ひょっとしたら、捨ててしまったのだろうか。いいや、あれだけお母さんも気に入っていたし、多分どこかに紛れ込んでしまっているのだと思う。だとすると、大掃除の時だろうか。あまり使わないものを押し入れにしまった気がする。
私は勇み足で廊下を歩き、和室の押入れを開いた。布団や冬のお洋服なんかがしまってある一角、段ボール箱を取り出しては中を確認する。懐かしい洋服やおもちゃを見つけては、昔を思い出した。まあ、昔というほどの昔ではないのだけれど。
けれどやっぱり、見つからない。一通り取り出した段ボールのせいで、きれいだったはずの和室は歩く場所もないような状態になってしまっていた。それになんだかほこりっぽい。小さく咳き込みながら、私は外れかなと思って段ボールをしまおうとして。
ふと、押し入れの一番奥の暗がりに何かを見つけた。それは本のように見えて、私は探しているものかもしれないと押し入れに体を入れた。
隠すように布団の下からわずかにのぞくそれを手に取って引っ張り出す。
舞い上がったほこりに咳き込みながら、私は達成感と共にそれを電球の下にて両手で持ち上げて。
「……こんなん、だっけ?」
ビーズストラップと書かれたそれは、明らかに探しているものではなかった。和紙の星の説明なんてあるようには見えなかった。ふぁ、とあくびがもれた。
がっくりとうなだれた私は、改めて散らかった部屋を見る。今から、片づけをしないといけない。
探し物は見つからず、ただ片付けだけが残った。
疲労感に包まれながら、私は慌てて掃除を始めた。
「おはよう……あれ、ねむそうね?」
「あ、おはようユリちゃん。うん、実は夜さがしものをしてたら片づけに時間がかかっちゃって」
ねぶそくはお肌の敵よ、なんて話すユリちゃんにあいづちを打ちながら、私は昨日の失敗を思い出した。目的のものではない本しか見つからず、あれからさらに三十分近く片付けに時間がかかって、しかも埃だらけで気持ちが悪かったからもう一度お風呂に入っていたら、もう日付が変わってしまっていた。
おかげですごく眠くて、あんまりユリちゃんの話が頭に入らなかった。
「なんでそんな眠そうなんだよ」
「……うるさい。あっち行ってて」
タカくんの声が聞こえた気がしたけれど、私はそれどころではなかった。ユリちゃんと話しながら、私の頭は星のことでいっぱいだった。折り紙でもいいだろうか。でも、どうせならお父さんが作ったものと同じように、持ち歩くことができるものがいい。アクセサリー……はお金がかかるから、こう、紙で……
……アクセサリー?
何かが引っかかった気がしたけれど、眠気でうまく働かない私の頭は答えをみちびくことができなかった。
ふぁ、と小さくあくびをして、私は目を閉じた。
朝の会までおやすみなさい。
お昼のお休み時間にねたおかげで目がさえていた。
おかげで午後は体調が良くて、朝に話せなかったぶんを取り戻すようにユリちゃんとたくさん話をした。今日は珍しくタカくんが静かだったおかげでじゃまされることもなかった。
家に帰って、机の上にランドセルを置こうとして、じゃまなものが目に入った。古い手芸の本。すこし黄ばんだそれは、昨日押し入れの奥から見つけたビーズストラップの本だった。
キラキラしたその表紙に、何よりいくつか載っていた写真の一つに星があって、私は食いつくように本を開いた。
ランドセルを投げ出して、私はページをめくる。目次から星を探す。
……「願いが叶う星」、あった。
早速そのページを開こうとして。けれど、ページ数を確認するまでもなく、そのページが私の前に現れた。折り目が付いたページから、ひらりと一枚のふせんが落ちた。色あせたそれには、「こうほ」と書かれていた。お父さんの字だろうか。
私の視界に、赤と金の星が目に飛び込んで来た。一部に細長い変わった形のビーズを使った、星。願いが叶う星ってどういうことだろうと、私は説明文を読み込んでいく。
思いを込めて作った星は、きっとその願いを空に運んでくれる――そんなことが書いてあった。まあ、子どもだましだと思う。でも、それは目的に合致していた。
願いが叶う星。お母さんが無事に赤ちゃんを産めますように――そんな願いを、かなえてもらうんだ。
私は勇み足でお父さんの下へと走り寄り、星を作るためのビーズのお金をおねだりした。
予想通り、お母さんへのプレゼントだと言うと、お父さんはすぐにお金をくれた。
次の日には、私はランドセルを置いてすぐに家を飛び出し、近所の手芸用品店に買い物に行ってビーズを購入した。小さな丸いビーズと、細長いビーズ。それから、立体のビーズの星の内側の空間に入れて形を保つための、大きな球体。そしてテグスと糸が付いた金具。
本に載っている手順通りに、私は少しずつビーズを作っていった。途中でテグスが絡まって切らないといけなくなった時には絶望したけれど、幸い時間はあった。
お母さんが無事に赤ちゃんを産めますように。弟か妹が、無事に生まれますように。
願いながら、私はビーズの穴にテグスを通して、星を作っていく。お母さんが好きな青色と、白のビーズを使って。
海の色だった。お母さんと、多分お父さんも好きな海。時々三人で行く海を想像しながら、私は星をつむいだ。
つむぐ――なんとなくその言葉を使ったのは、ユリちゃんが話していたからだ。つむぐとは、糸を作ることだという。蚕の糸を取って、よって、糸にする。その音の響きが、綺麗だと思った。
私は、テグスという糸にビーズを通し、星をつむいでいった。
祈りながら、願いながら。
お母さんの誕生日には間に合わなかったけれど、無事に星はできた。
私はプレゼントした時のお母さんの反応を思いながら、それをそっと勉強机の引き出しにしまった。
お腹が大きくなってきたからか、お母さんはお仕事を休むようになった。
毎日帰るとお母さんがいて、私はお母さんと一緒に料理をしたり、お勉強を教えてもらったりした。
中々タイミングがつかめなかったけれど、ある日の夜。お母さんがお父さんと一緒に食卓でのんびりお茶を飲んでいるところで、私は完成させたプレゼントをお母さんに渡すことにした。
「お母さん、あのね。……プレゼントがあるの」
何かな?と少しだけわくわくした目で私を見るお母さんに、私はお辞儀するように背中を折って、両手に持った作品を突き出した。
青と白の星。海をイメージした色合いのそれが、お母さんの手に渡る。
「……セナ、これ、どうしたの?」
なんだかふしぎな声だった。もっと感動した声が聞こえるかと思った。あるいは、泣きそうな声が聞こえるかもしれないとも思っていた。そのどれとも違う声を聞きながら、私はそっと顔を上げた。
「あのね、私が作ったの。願いが叶う星だって。お母さんが好きな海の色のお星さま。どう?きれい?」
「……きれいね?」
その声は、私の知らない声だった。嬉しくて、けれどどこか困ったようで、同時になぜだか悲しそうで、けれど泣きそうなほどに嬉しい。そんな声。
万感のこもった声とは、こんな感じなのかもしれないと思った。
ぎゅっと両手で胸に抱くようにビーズのストラップを握りしめたお母さんが、私を真っすぐ見て笑った。
「ありがとう」
その顔を見ることができただけで、私はこれまでのすべての苦労が吹き飛んだ気がした。
冬の寒い日に、お母さんは赤ちゃんを産んだ。
男の子だった。つまり、私の弟。
病院から帰って来たお母さんが抱いていた小さな子供は、文字通り肌がやけに赤く見える子どもだった。
ちっちゃなその手に指を近づけるときゅっと握ってくれる。手よりも足の方が、きゅっと握り返してくれてうれしくなった。
弟の誕生に興奮していた私だったけれど、その小さな命を見ていると不安に駆られた。
弟は小さくて、弱そうだった。
弟が無事でありますように、と私は祈った。願って、そして星のことを思い出した。
それから私は、三色の星を紡いだ。
お父さんが元気でいますようにと祈った、黄色の星。
小さな弟、陸音が健康でありますようにと祈った、緑色の星。
そして、私がいつまでも家族と一緒にいられますようにと祈った、赤色の星。
「おはよう、セナ」
「おはよう、ユリちゃん」
私より早く教室に来ていたユリちゃんに朝のあいさつをしながら、私はランドセルを机の上に置く。
真っ赤なランドセルの端で、ちゃり、と音を立てて、今日も小さな赤い星が輝いていた。
私たち家族の絆、願いが叶う星が。